第8話 奴隷の過去


 貴族とはいえ、朝食はシンプルだ。


 パン、スープ、サラダ、ベーコン、ゆで卵。


 シンプルとは言っても、美味しいし盛り付けも綺麗。


 奴隷は、しょんぼりしながら食べている。


 豪華な料理じゃなくてガッカリしたのかな。それとも、僕が言ったことを気にしているのか……。

 まあ、様子見でいいかな。


 


 ご飯を食べ終わって一休み。


「坊ちゃま、本日の稽古はどうなされますか?」


「しばらく、剣の稽古は休むよ」


「では、座学を増やします」


「それも、しばらく休みたいかな」


「なりません。貴族としての教養は身につけてもらいます」


「次期当主は兄上に任せればいいし、政治も兄上と姉上がすると言っていた。僕は、庶民に紛れて街の様子を見て回る方がいいんじゃないかな?」


「……それでよろしいのですか?坊ちゃまは、お父君のようになりたいのでしょう?」


 父上は領主。いくつもの街をおさめ、戦や防衛戦では先陣を切って戦い、多くの人から慕われる自慢の父親だ。


 男として、そんな父上に憧れている。


「父上のようになりたいけど、兄上や姉上の力になれば、それでいいと思っていたんだ。もう、八歳になったし、どうやって力になるか、一度考えてみたいんだ」


「承知いたしました。お母君に伝えておきます」


 バネッサは部屋を出ていった。


 少し体を動かしたいけど、もうちょっとゆっくりしていたい。


 奴隷と少し話そう。教育方針も決めたいし。


「ねえ、君の好きなことは何?」


「好きなこと……」


 なかなか答えない。

 考えすぎて頭の中がゴチャゴチャしているのかもしれない。適当に例をあげた方がいいかな?。


「お絵描き?人形遊び?追いかけっこ?」


「やったことないです」


「奴隷になる前は何をしていたの?」


「畑仕事をしていました」


「畑仕事かー。偉いね」


「いえ……そんな……」


「何して遊んでいたの?」


「遊んでいませんでした。ずっと働いていて……」


「そうなんだ。偉いね」


「いえ、働かないとご飯が貰えなくて、働くしかなくて、遊んだらダメでした」


「そうか、大変だったね」


 のほほんと暮らしてきたから、想像もしていなかった。

 奴隷に落ちるくらいだし、重い事情はあるよね。


「私、こんなに綺麗な服を着たことがありませんでした。ご飯も硬いパンだけで、柔らかいパンも、美味しい料理も食べたことがありませんでした。ベットに寝たこともありませんでした。自由にしていいと言われたこともありませんでした。私は、ご主人様の奴隷になれて嬉しいです」


 重い。奴隷の過去が酷すぎて、受け止めきれない。

 まさか、ここまで酷いとは思わなかった。

 ああでも、奴隷落ちするぐらい貧しかったのか。むしろパンが食えるだけ上等?


「あの、本当は何が嬉しいか考えて欲しいと、言われたことの答え……」


 奴隷は、僕の役に立てて嬉しいと言った。

 それは、本当のことだと思うと同時に、奴隷の勘違いだとも思った。

 奴隷の本心を知るために、理由を聞いたのだ。

 食事中もずっと考えている様子だったけど、答えが出たようだ。


「やっぱり、ご主人様のお役に立てたのが嬉しいです。私に優しくしてくれて、気遣ってくれて、嬉しかったです。だから、少しでもご主人様のお役に立ちたかったんです」


 確かに、奴隷になる前よりも、後の方が待遇が良すぎる。それだけ違うと、恩を感じて何かしら返したくなるかな。


「それと、ご主人様に捨てられるのが怖いです。また、あんな暮らしに戻るのは、絶対に嫌です」


 昔の環境かなり酷いもんね。貴族の暮らしを知っちゃったら戻れないよね。そうだよね。


「大丈夫。無難に大人しくしていれば、ずっとこのままだから」


「無難に大人しくですか?」


「そう。無礼なことをしたら、不敬罪で打首も有り得るから。今度、礼儀作法を教わろう?」


「はい!」


 覚悟を決めた顔でとっても凛々しい。

  

「そういえば、奴隷ってどんな扱いなの?」

 

 屋敷で奴隷は見るけど、どんな扱いを受けているか知らないんだよね。


 サラに聞いてみた。


「一般的には、労働者として扱います」


「まあ、奴隷を買う理由はそれだもんね」


 座学の授業で、奴隷は労働源として、なくてはならない存在だと教えられた。

 今思うと、酷いな。奴隷が必要って……こんな社会イヤだ。


「他には?奴隷の振る舞いとか」


「坊ちゃまが気にすることではありません」


「そうなの?」


「はい。奥方様は、人を使う練習を望んでおられます。奴隷と区切る必要はないかと思います」


 それもそうか。奴隷の扱いかたを練習しても、奴隷より階級が上の人に通用しない。

 奴隷と意識するべきでは無い。


「目上の人と扱うべきかな?」


「目上の人に指示を出したいのなら、そうするべきかと思います」


「同格……いや、目下として扱おう」


「それは良かったです。奴隷ごときが坊ちゃまを下に見るのは耐え難いので」


「ああ、そうなるのか……」


「私も、ご主人様を下に見たくありません……」


 三人で遠い目になった。


 目上の人を使うわけないって少し考えればわかるのに……頭が回らなくなってきた。考えるのやめよう。


 壁に飾られている剣を取る。


「今日は休むと仰てませんでしたか?」


「少し動くだけだよ」


 ゆっくりと振り上げ、ゆっくりと振り下ろす。


 イメージは太極拳。

 ゆっくりと、型をなぞるように、重心も意識して動く。


 太極拳は健康にいい。

 ゆっくり動くから、自然と呼吸がゆっくりになって、リラックスできる。

 それと、運動になる。ゆっくり動くのは意外と筋肉を使うのだ。


 動きすぎてもダメだし、僕にはこのぐらいが丁度良いと思う。


「あの、ご主人様。私も戦えるようになれば、お役に立てますか?」


「君が好きなことをしてくれれば、自然と僕の力になるよ」


「私の好きなこと……」


 まあ、わからないか。仕事詰めの毎日だったもんね。

 仕事漬けになると趣味を楽しめなくなる。そして、趣味じゃなくなって、生きる屍になるのだ。

 前世の自分がそうだったんだよなぁ。


「君も、やってみる?」


 やってみればハマることもあるだろう。片っ端からどんどん勧めるのもいいかもしれない。


「やってみます」


「じゃあ、とりあえず持ってみて」


 刀身を持って奴隷に差し出す。

 刃を潰してあるから、刀身を持っても怪我しない。


「意外と軽い……」


 八歳の子供には重いと思うんだけど、けっこう力が強いのかな?


「ゆっくり、素振りしてみて」


「こうですか?」


 腕だけで振っているだけだが、剣にブレがない。

 体幹が良いのかな?


「けっこう上手いね」


「本当ですか?」


「うん。綺麗だった」


「きれい……」


 褒められて嬉しいのかな?照れながも笑顔で尻尾を揺らしている。

 過酷な環境で褒められること自体なかったんだろうな。


「そういえば、奴隷になる前、近くの獣人の人は助けてくれなかったの?君の居た村自体が貧しかったの?」


 犬獣人は仲間意識が強い。貧しくても、助け合って生きていると思うんだけど……。

 そもそも、村に居た犬獣人が、奴隷の家族だけだったのかな?


「お姉ちゃんは助けてくれましたけど、すぐに売られちゃいました」


「売られる?」


「私にご飯を分けてくれたお姉ちゃんは、次の日ご飯抜きになりました。そして、奴隷商人が来て売られました。誰かを助けるやつは要らないって。見せしめだって」


 どういう教育方針なんだ?話が見えない。


「坊っちゃま。これ以上辛い記憶を思い出させるのは、可哀想かと思います」


「あ、うん。そうだね。ごめん」


「い、いえ。ご主人様が謝ることでは……」


 微妙な空気になった。


 奴隷の過去は気になるけど、これ以上は聞けない。

 今は、奴隷を幸せにする方法を考えようと思った。

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