第7話 快復


 メイドさんと話した後、僕は医師の診察を受けていた。


 僕とサラが話している間に、控えていた別のメイドさんが呼んだらしい。


「異常はありませんね。もう大丈夫でしょう」


 医師の言葉にホッとする。


 この世界に体温計は無い。

 体調が良くなったのはわかっていたが、体が重いし、まだ熱があるんじゃないかと思っていたのだ。


「回復が早くなりましたね。坊ちゃまの努力が実ったのでしょう」


 僕は毎日、疲れた体を無理に動かして、剣の稽古をしていた。


 剣の稽古は打ち合いもあるが、基本は指南役の人を木刀で叩くだけだ。


 魔力のあるものを攻撃することで、レベルが上がる。

 だから、稽古と言えば自分より強いひとを攻撃する。その攻撃の善し悪しを評価して指南する。というのが、この世界では一般的だ。……おそらく。


「引き続き、頑張ってください。では、私はこれで」


「待ってください」


「はい。なんでしょうか?」


「もし可能なら、奴隷の様子も見て欲しいです」


「かしこまりました」


 奴隷は今もぐっすり眠っている。余程、眠れていなかったのか、疲れていたのか、安心したのか。

 ……安心してくれているのなら良いが。


「異常はありません。至って健康でしょう」


「そうですか。よかったです。ありがとうございました」


「いえ、かまいませんよ。それでは、私はこれで」


 お医者さんが部屋から出ていく。


「体調が戻られたのなら、普段の食事にしますか?」


「うん。そうだね」


 麦がゆは食べ飽きるんだよね。正直、あまり食べたくない。


 メイドが食事を用意するため部屋から出ていった。


 ご飯が運ばれてくるまで暇だ。少し考え事をする。

 

 サラは、僕に依存していた。


 僕を好きになったきっかけは、頑張っている姿に元気づけられたから。


 前世の僕も、サラと同じだった。……いや、同じではないか。


 ストレスと疲労で死んだような毎日。

 心の支えは、アニメや漫画、ラノベ、アイドル。

 投稿サイトで、ヤンデレのイラストに癒しを認めたこともあった。疲れた心身には過剰な愛が心地よかった。


 似ていると思ったのは、元気いっぱいポジティブなアイドルが好きだったこと。


 あのアイドルは希望だった。彼女を見ると元気づけられた。生きようと思った。


 おそらく、サラもそんな感じ。


 僕が希望で、僕が全てなんだろう。


 見習いメイドが母上に直談判するのは、無礼にも程がある。それだけの身分差がある。

 良くて追放、悪くて処刑。

 それを理解した上での行動なら、追放や処刑が怖くないほど苦しんでいた可能性がある。


「ご主人様?」


 奴隷が目覚めたようだ。

 

 声につられてベットに目を向けると、奴隷がキョロキョロしていた。

 これはあれだ。ベットに寝ていると思って、ベットしか見ないやつだ。


 時折、顔が部屋に向くが、僕に気づけない。僕を認識しづらいようだ。 


「おはよう」


「あ、ご主人様!」


 バッと立ち上がり、尻尾をパタパタさせながら、駆け寄ってくる。


 尻尾っていいね。気持ちがわかりやすい。

 犬猫の場合、話ができないから尻尾があっても微妙なんだけど、獣人は話が出来る上に尻尾から感情を読み取れる。

 獣人っていいね。


「おはようございます!もう起きて大丈夫なんですか?」


「うん。大丈夫。昨日は助かったよ。ありがとう」


「いえ!お役に立てて嬉しいです!」


 尻尾をパタパタ。本当に嬉しいってわかる。獣人っていいね。

 まあ、それは置いといて、彼女に言うことがある。


「なんで、役に立てて嬉しいの?」


「え?それは……」


 考え込んでいる。

 

 たぶん、嬉しいっていう気持ちだけがある。どうしてって理由がない。皆そうだ。僕もそうだ。

 

 語彙力がある人は言語化できるだろうが、それも的確かは……どうだろう?

 僕は語彙力があるが優れて無い。だから、それを知ることができない。

 

 人は感情を疑わない。

 だって、本当にそう思うんだもん。疑いようもない。


 そして、感情に振り回される。

 疑わないから、冷静な判断が難しい。売り言葉に買い言葉ってやつかな。一時の感情が過ぎさって残るものは……虚しさか、悲しさか。それこそ言語化できないか。


「本当は、嬉しくないはずだ。君がここにいるのは、買われたからだ。自分の意思ではない。本当は、何が嬉しいのか、考えて欲しい」


 奴隷は叱られた子犬のように俯いている。尻尾に元気がない。


「坊っちゃま、お食事をお持ちしました」


「ありがとう」


 サラとバネッサが部屋に入る。


「おはようございます、坊ちゃま」


「おはよう」


「坊ちゃま。奴隷を起こさないよう、指示したそうですね?」


「うん。寝不足だと使い物にならないだろうからね」


「そうだとしても、奴隷がご主人様より遅く起きるのは感心いたしません」


 ようするに、気に食わないってことかな?

 教育は僕に任せられているはずだから、口出しは止めて欲しいな。


 なんか怒っている感じするし、一度落ち着かせたいな。


 ちょっとカウンセラーの話術を使ってみよう。さっきは使いどころがなかったんだよね。


「自分は主より早く起きているのに、自分より身分の低い奴隷が遅くに起きて、ずるいと思ったのかな?」


 どうしてそう思ったのか、理由を言葉にして伝えることで、自分の感情を客観的に見させる。

 自分のことなのに、客観的に見れば他人事に感じる。他人事だから、落ち着いて自分と向きあえる。

 

 これで、バネッサの怒りは収まったはずだ。


「私は坊ちゃんの教育をしました。メイドの教育も任されています。その経験から申し上げているのです。私情を言っている訳ではありません」


 むしろ、怒らせちゃった感じがする。カウンセリングって難しいね。

 

 次は相手の言葉を繰り返す方法をやってみよう。

 これは、繰り返すことで再び考えさせる効果が有る。

 パワハラみたいな無茶苦茶な言葉によく効く。

 

「教育をした経験?」


「何かおかしいですか?」


 うん。パワハラじゃないから、効果がなかった。


 ただ、これに関しては切り札がある。


「僕、あんまり寝れてなかったんだよ」


「ええ。部屋に控えていた者から聞いています」


 聞いていたのか。それなら、しっかり休ませてくれてもいいのに……。


「あんまり寝れていないのに、時間通りに起きて、稽古して、すっごく疲れて、夜はすぐに眠れるけど、すぐに目が覚める。そして眠れなかった。今思えば、それの繰り返しで体調を崩していたんだと思う。僕の経験からすると、眠い時は寝た方がいい」


「ですが、仕事は待ってくれませんよ。疲れても眠くても、やるべき事はやるべきです。お父君のようになりたいのであれば、考えを改めていただきます」


 僕は父上のようになりたい。でも、マネをするつもりは無い。


「僕は、僕のやり方でやってみる」


 他人に無茶をさせるのは我慢ならない。


「…………そうですか。その奴隷にだけは、坊ちゃまのやり方を許しましょう」


「ありがとう」


 母のメイドは、一礼して食事の準備をする。


「坊ちゃま。先輩に言い返す堂々としたお姿、素敵でしたよ」


「ははは……」


 その先輩の前で言う度胸が凄い。

 

 また怒られるんじゃないかな?

 そう思ったけど、叱責が飛んでこない。バネッサは、すまし顔で料理を並べている。


 普通、メイドは影に徹する。不必要に話しかけない。

 さっきのは、不必要な言葉。教育を任されているメイドが咎め無いのはおかしい。


 さっきのが、僕の専属メイドにした理由かな?


 目的は……いろいろありそうだね。

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