第6話 サラ


「坊ちゃま。おはようございます」


「おはよう」


 猫なで声のサラに挨拶を返す。

 それと同時に、魔法を使って自分と奴隷、それとベットを綺麗にする。


 さすがに人肌は暑かったらしい。体も服もベットも汗でベトベト。すごく気持ち悪かった。


「ベットを半分こして寝るのではありませんでしたか?」


 猫なで声のサラは怒っているらしい。笑顔だが、目がピクピクして手はキツく握られている。


 怒っている相手には、少しゆっくり喋るといい。


「うん。半分こして寝たよ」


 遅すぎると、かえってイライラさせるから、早口にならない程度の速さで返した。


「半分こしていたのなら……どうしてピッタリくっついて寝ていたんですか?」


 猫なで声が、低い声に変わった。

 顔は笑顔で取り繕っているが、怒りを隠す気がないのか、隠すのを忘れたのか。

 とにかく、誤魔化そう。


「ダメなの?」


 逆に質問して、相手の考えを整理させる。

 

 ダメじゃなかったら、理不尽な返答をするだろう。まあ、何も考えずに理不尽な返答をするかもしれないが、その時は「なんで?」と質問攻めにすればいいだろう。


 ちゃんとした理由があるのなら、謝って、状況を説明して、これからどうすればいいか相談すればいい。

 どうするか決めたら、相手に「これでいいですか?」と聞いて言質をとるまでが重要。


 決定通りにしたら、失敗しても責めにくいのだ。自分を責めるようなものだから。

 そんな訳で、言質をとるのはパワハラ対策に有効なのだ。あれ?モラハラだっけ?

 そもそも、今はハラスメント関係ないか。


「………………」


 メイドは何も言わず、笑顔のまま固まっている。


 これは、ちゃんとした理由がないのかな?

 このままだとサラは、自身の言葉を正当化しようとするかもしれない。

 無理な正当化は不毛な話し合いにもつれ込みやすい。適当な理由をつけて話を切り上げる方がいいかもしれない。


 一応、僕の方が身分高いし、勝手に切り上げてもなんとかなる。


 奴隷に掛け布団を被せ、ベットを降りる。


「奴隷の分際で……坊っちゃまが起きても寝ているなんて」


「眠れていなかったみたいだから、まだ寝かせておこう」


「坊っちゃまは奴隷に優しすぎるのではありませんか?」


「まあ、教育を任されているからね。大切に育てたいんだ」


「ぐぅ……」


 反論なし?論破かな?かな?


「私も坊っちゃまの奴隷になりたい……!」


 そうきたか。予想外だよ。


 まあ、いい機会だし、一度話し合いをしよう。

 体が重いだけで、調子は戻ったから、さっさとカウンセリングを済ませてしまいたい。


 前世は料理人だったけど、自分でメンタルケアをやっていたから、それなりにできると思う。


「椅子に座って。君の話を聞きたい」


「私の話を……」


 メイドさんは、じんわりと自然な笑顔になっていく。

 

 照れ笑いかな?視線があまり僕を見ない。


「あっ、坊ちゃま。お体はもういいのですか?」


「うん。大丈夫そう。君が看病してくれたから。ありがとう」


「い、いえ!そんな!坊っちゃまが健やかで居てくれることが、私の喜びです!」


「ふふふ。なにそれ」


 メイドの様子を見た感じ、好意を抱いていることは確かだろう。

 しかし、このメイドは出会ってあまり時間が経っていない。なのに、ここまで好意を持たれるのは疑問だ。


「あっ。坊ちゃま、食欲はありますか?ご用意いたしますよ」


「それよりも、君の話を聞きたいな」


「うはああ……」


 顔を覆って座り込んでしまった。


 話を聞く時、知りたいっていう気持ちを伝えることが重要だ。

 人には承認欲求がある。自分を知って欲しい、理解して欲しいって思っている。

 その気持ちを利用すれば、いろいろ教えてくれるのだ。


 しかし、知りたいっていう気持ちを率直に伝えすぎたかもしれない。

 メイドさんが復活しない。口説くような言い方になってたかな?


 気持ちには波があるから、少し待てば復活するはずだけど……声をかけないと、動けないのかな?

 頭の中がごちゃついてて、どうすればいいか分からないみたいな。


「椅子に座って。話をしよう」


 メイドを促し、椅子に座らせる。

 未だにソワソワしていて、視線が定まらない。


 一度、落ち着かせようか。

 落ち着かせるには…………何も思い出せない。


 とりあえず、上手に会話する方法の、会話の入り方をやってみよう。


 前世は人見知りで、人と距離を置いてた。

 だから、実践したことないけど、今世の僕は人見知りしないし、コミュ力がある。きっと大丈夫だ。


 まず、YESで答えられる質問をする。

 いい天気ですねとか、少し寒いですねとか。


 YESで答えさせるのは、肯定させることで味方だと錯覚させる効果がある。

 敵と同じ気持ちだと思いたくない、同じ気持ちは味方だ、みたいな。だれだって、嫌いな人と一緒にされるのはイヤだよね。

 

 これは、共通認識を作ることで、知っている関係と思い込ませる。そして、警戒心を薄れさせるのが目的だ。

 三つぐらいYESで答えられる質問をするのがいいらしい。


 営業部のある会社の社員研修でやるらしいけど、僕は料理人だったから知らない。


 僕は窓の外を見る。


 晴れだった。青い空がとても綺麗。


「晴れてるね」


「そうですね。気持ちのいい晴れ模様です」


「そうだね。青い空が綺麗」


「そうですね。綺麗ですね」


「気温も、丁度いいね」


「そうですね。ですが、昼と夜の気温差があるので、体調には気をつけてくださいね」


「うん。気をつける」


 注意されてしまった。全部YESで答えさせるのは失敗かな?

 まあ、いいや。次は……どうすればいいんだろう?忘れた。


 とにかく、否定しないことが大事。否定すると、敵認定されかねない。

 自分を否定されるとイラッとするし、イラッとする相手は嫌いになりやすい。


 質問は、好きなことが良かったはず。

 好きなことになると、テンションが上がる。興奮状態とも言えるかな。

 

 興奮状態になると、理性が緩む。だから、聞かなくても話してくれるようになるんだ。


「ところで、君の好きなことは何?」


「私は坊ちゃまが好きです」


「そうなんだね」


 聞きたいことはそれじゃないんだけどなあ。

 好きな人じゃなくて、趣味を聞きたかったなあ。


「坊ちゃまはいつも頑張っておられて、そのお姿を見ると、私も頑張ろうって思うんです!」


「そうなんだ」


「私、坊ちゃまの専属メイドになりたくて、思い切って奥方様に頼んだんです」


「本当に思い切ったね」


 このメイドは新人だったはず。

 新入社員が直属の上司を飛ばして、課長も飛ばして、部長に直談判した感じ?

 でも、お母様は社長夫人みたいなものだし、ちょっと違うか?


「それだけ、私の思いは本気です」


「ははは。うれしいよ」


 嬉しいけど、ちょっと引く。


「私、坊ちゃまの為ならなんだって出来ます。奥方様に相談した時も、見習いでは話にならないと言われて……」


 そりゃそうだろう。見習いメイドに貴族の子供を任せるわけが無い。


「なので、一日で仕事を全部覚えて、奥方様にもメイド長にも一人前と認めてもらったんです!」


「すごいね」


 一日で一人前になれるわけが無い。

 知識も経験も重要だし、技術はすぐには身につかない。


 たぶん、妥協したんだろうな。専属メイドは1人じゃないし、何か考えがあるんだろう。

 背面教師とか?いや、違うか。


「坊ちゃまの為ならなんだって出来ます!坊ちゃまのお役に立ちたいです!何でも申し付けてください!」


 何でもねぇ。本当に何でもするのは良くない。

 僕はなるべく自分のことは自分でしたいし。

 

 ドギツイお願いして、少し押さえ込もうかな?うーん……何も思いつかない。

 何もお願いしなければ良いだけか。


 お礼だけ言っておこう。


「ありがとう。その時はよろしくね」


「はい!」


 結局、カウンセリングはできなかった。素人には難しい。


 でも、仲は深まったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る