第5話 人肌は最強


 怖い夢を見た。

 怖いと言っても、そんなに大したものじゃない。雰囲気が怖い夢。


 なんというか、夢の中の僕が、ずっと怖いと思っていた。怖いと感じていた。そんな夢。


 夢は催眠のようなものだと思うことがある。こんな夢を見た時がまさしくそれ。

 目が覚め夢だと安心したのに、恐怖が抜けない。


 僕の経験では、目を開ける、何かしら活動する、そういったことで、催眠が解けるように恐怖が薄れていく。


 まあ、例外もあるが。

 目を開けても、活動しても、怖いまま。結局、朝の5時をすぎてようやく安心したり、空が白んで安心したり。時間経過でしか解決しないこともある。

 対策はあるが、確実ではないのだ。


 この部屋には護衛も奴隷もいる。安心していい。

 しかし、恐怖が根付いて消えてくれない。

 

 目を開ければ和らぐこともあるが、何か居たら恐い。何かに見られているんじゃないか?

 そんな恐怖で目を開けることが出来ない。


 恐怖を強い感情で塗りつぶす方法もあるが、強い感情といえば、怒りか性欲。


 怒りは怒る材料がないと怒れない。無理。


 性欲は、熱を出している今はほぼない。そっちのエネルギーは免疫にまわされている。

 そもそも、性欲で誤魔化したところで、再び寝れば悪夢で目が覚める。そういう経験が多い。


 そもそも、恐怖というのも強い感情だ。そう簡単に塗りつぶせない。


 こういう時こそ、人肌だが……奴隷を起こしたくないし、目を開けるの怖いし、まあ、無理。


 今できるのは腕組み。

 腕を組むのは、リラックス効果があるとかないとか。

 落ち着かない時や、緊張しているとき、自然と手が体の前に出るようになる。これは、無意識に急所である心臓を守っているとか。

 あとは、子供の時の記憶だろう。

 腕組みはハグの形に似ている。ハグして安心した記憶を体が思い出すのかもしれない。


 結局、ハグか。人肌か。


 ハグと言えばオキシトシン。

 幸福ホルモンで、強いリラックス効果がある。

 強いリラックス効果があるから、質のいい睡眠には必須とも言える。


 オキシトシンを出すには、好きな人と話す、触れ合うなどがある。

 好きなら、人じゃなくてもいい。ペットでもいいし、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめるだけでも効果がある。


 まあ、パートナーいなし、ペットいないし、お気に入りのぬいぐるみないし、無理だけど。


 体の一部をいじればオキシトシン出るけど……実感が無いんだよな。

 強いリラックス効果といっても、分泌量で効き目が変わるのだ。


 あとは、なにがあったかな……?


 そうだ、子供をあやす方法。

 ぽんぽんと叩いて擬似的な心音を作り出し、リラックスさせると、アニメでやっていた。


 前世では、心理学と健康法を中心的に調べていたけれど、子育ても調べるべきだった。

 まあ、育てる子供がいなかったのだから、仕方ないのだが。


 とりあえず、出来そうなことをやってみよう。


 まず、ぬいぐるみに近づく。

 お気に入りでは無いが、抱きつくことに意味があるだろう。

 右腕でぬいぐるみの腕を抱き、左腕で胸を叩く。


 これを、眠れるまで続ける。


「ご主人様……?」


 奴隷の声がする。それにほっとした。


「ごめん。起こしちゃったね」


「いえ、眠れなかっただけですので……」


「そうか。呼吸を整えるといいよ。三秒で息を吸って、六秒息を止める。三秒で息を吐く。それを繰り返せば寝れると思うよ」


 これには、深呼吸によるリラックス効果がある。

 あと、羊を数えるかわりに、時間を数える。それが、昔ながらの睡眠導入に重なる部分がある。


「ご主人様はそうなされないのですか?」


「うん。僕には効かなかった。たぶん、昼に沢山眠ったから、効かないんだね」


「そうですか……」


 そこで、会話が途切れる。

 会話したおかげか、恐怖心がかなり和らいだ。また、悪夢を見なければいいが……。


 ぽん、ぽん、と胸を叩きながら願う。


「あの、ご主人様。お傍に寄ってもよろしいですか?」


「いいよ。何かあった?」


 不安でもあるのだろうか?奴隷だし、不安だらけだろうけど、少しカウンセリングした方がいいかな?


 奴隷は、ぬいぐるみを足元に移動させ、添い寝してくる。肌が触れ合うほど近い。


「胸を叩いてましたよね?私がやります」


 気を使わせたらしい。仲間意識の強い犬獣人だから、放っておけなかったんだろう。


「ありがとう」


「いえ、私はご主人様の奴隷ですから。当然のことです」


 当然か。

 奴隷は、人としての尊厳が奪われた状態なんだけど、認識していないのか、とっくに壊れているのか。

 体調が戻ったらカウンセリングしないといけないな。


「ご主人様。体勢を変えますね」


 二人で横向きになって、奴隷は僕を後ろから抱きしめるように腕を回した。

 そして、抱きしめながら胸を叩く。


 初めて会った彼女に恋愛感情はない。そういう好きじゃないけど、嫌悪感は無い。

 

 肌の触れ合いにオキシトシンが出たのだろう。

 安心して、すぐ眠りについた。



 ……………………………………………………



「おはようございます。坊ちゃまの様子はどうですか?」


「声はかかってない」


 何も無かったということだろう。

 この屋敷の人は変な言い回しをする。

 サラはその言い回しにようやく慣れてきた。


 部屋の前に立つ護衛を労って、小さくノックする。扉の奥に経つ護衛にだけ聞こえるように。


 普段ならば、坊っちゃまに聞こえるようノックして、声をかけるべきだ。

 でも今は、体調を崩している。眠りの邪魔になることはしたくない。


 扉が開く。護衛が開けてくれたようだ。


「坊ちゃまの様子は?」


「夜中に一度目を覚まされたが、それからずっと眠っている」


 メイドは坊ちゃまの様子を見ながら、話を聞く。


 部屋は暗く、目が慣れるまで少し時間がかかる。

 ただ、ぼんやりと見える。昨日坊っちゃまが寝ていた場所に、膨らみが無いのが。


「んんん……?」


 気のせいだろうか?目を凝らす。


 徐々に慣れていく目は、昨日寝ていた場所に坊っちゃまが居ないことを確信させる。


 少し近づくと、中央に置かれていたクマのぬいぐるみが移動してるのがわかった。


 メイドはさらにベットに近づく。一緒に護衛も近づく。


 ぬいぐるみが足元に投げ捨てられ、掛け布団は乱れ、奴隷と坊っちゃまが重なるように寝ている。

 奴隷と坊っちゃまの髪は汗で濡れて顔に引っ付いている。

 服にも少し乱れが確認できる。


 奴隷がナニかやりやがった。問い詰めなくては。


 メイドがベットに上がろうとした。しかし、護衛に肩を掴まれる。

 

「放してください」


「坊ちゃんが起きるかもしれません。そっとしてあげてください」


「奴隷を起こすだけです」


「あれだけ近いのですから、坊ちゃんも起きてしまいます」


 話し合いは出来ないようだ。実力行使あるのみ!


「ふぅっ!」


 護衛の顎を狙って拳を放つ。


 ゴッ!


 鈍い音がした。決まった!

 護衛が倒れた音で坊ちゃまが目を覚まさないように、体を支えて……倒れる気配がない。


「むぐぅ!」


 メイドの肩に置かれていた手が、一瞬で口を塞ぐ。そこを起点に護衛がメイドの後ろに周り拘束。

 そまま部屋の外に連れ出される。


 実力行使で、メイドが護衛に勝てるわけなかった。

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