第4話 無駄な労力


「美味しかったですか?」


「はい!とっても美味しかったです!」


 奴隷と思えないほど明るい返事。

 身分を忘れていると考えるべきか、現実が見えていないと考えるべきか。

 まあ、どっちでもいいか。明るいに越したことはない。


「坊ちゃまに仕えるなら、毎食、このレベルの食事を提供すると約束いたしましょう」


「毎食……」


 食事で勧誘しているよ。悪い人だな。


 奴隷は、仲間意識の強い犬獣人。たとえ僕が横暴を働いたとしても、仲間内だからと我慢するだろう。


 ここで、拒絶できなければ地獄の始まりだ。

 しかし、美味しい料理を餌にされれば、食べ盛りであろう少女は断りずらい。

 というか、断らないよう丁寧に接して、綺麗な服を着せて、美味しい食事を与えたな。悪い人だ。


「坊ちゃまの言うことを聞けますか?」


「はい!聞きます!」


 聞いちゃいますか。受け入れちゃったか。これで、僕の言うことには逆らえない。不満があっても口にしないだろう。

 極力丁寧に接しなければ。


「坊ちゃま。お母君からの伝言です。お父君のようになりたいならば、人を使う練習をしないさい。だそうです。奴隷に何をしてもいいですが、お父君ならばどうするか、考えてみるのも良いかと」


「あ、はい」


 要するに、使い捨ての教材。


 上手く育てれば優秀な部下になる。失敗したら処分すればいい。そういう扱い。


 僕は、彼女の育成という課題を出された。

 いずれ領主になるのならば、このくらい出来なければ話にならないということだろう。


 領主になんてなれるわけないのに、なんで期待しているんだろう?


「奴隷のお世話は、すべて坊ちゃまがしてください」


「すべて、というと?」


「寝室の手配、寝床の準備、洋服の準備、彼女は魔法が使えないので、体も洗ってあげてください」


「体を……」


 浄化魔法をかけるだけなのだが、前世の知識がピンク色のイメージを主張してくる。


「食事はこちらで準備いたします。お金は渡しません。必要なものは坊っちゃま1人のお力で準備してください」


「はあ……」


 よくわからない。お金は渡さい。僕の力だけで何とかする。……イメージができない。


「坊ちゃまの体調が良くなるまでは、こちらで最低限のお世話をします。とりあえず、今日はこの部屋で寝かせれば良いでしょう」


 明日は別の部屋を用意しないといけないの?いけないか。彼女、女の子だもん。男と同じ部屋は問題あるか。プライベートも欲しいよね。僕は常に護衛がいて、プライベートがないけれど。ハハハハハ……。


 とりあえず、横になろう。今は回復が優先だ。


 メイドから離れ……離さないなコイツ。


「離して」


「横になりたいのですか?添い寝をして差し上げます」


 どうしよう。提案に乗ろうかな。ストレスの減少、質のいい睡眠に繋がるかもしれないし。


「あまりサボるようならば、奥方様に異動を提案しますよ」


「さ、サボっていませんよ。冷えますので、湯たんぽ代わりなろうかと。あ、先輩手伝います」


 夕食の片付けに行ってしまった。

 ……鬱陶しいけど、離れたら寂しい。

 僕は猫かな?構ってくれる時に逃げて、仕事中に邪魔してくる猫かな。

 常に猫を被っているけど、アレは借りてきた猫の皮だから、逃げないし追いかけないんだよな。


 横になって一息つくと、奴隷の声が聞こえた。


「あ、あの、私はどうしたらいいですか?」


「私ではなく、坊っちゃまに訊きなさい」


 あ、指示出さないといけないのか。どうしよう。


「あ、あの、坊ちゃま……」


「ご主人様と呼びなさい。奴隷が呼んでいい呼称ではありません」


「は、はい。すいません……」


 うわあ、めんどくさいな。呼び方とかどうでもいいんだけど。前世では、「うん〇」とか「ち〇こ」とか呼ばれていたし。……あれは、小学生男子が言いたがる呼び名だったな。


「あ、あの、ご主人様……」


「部屋の中で自由にしてていいよ」


「じ、自由に……」


 まあ、自由と言われも困るか。娯楽もないし。

 そもそも彼女は私物を持ってなかったな。奴隷だもんね。


 あ、そうだ。寝るとこ指示しないといけないかな?この部屋で寝かせろって言ってたし。

 確認しておこう。


「その子は、この部屋に寝かせるんだっけ?」


「ええ、そうです。明日以降も、部屋が用意できないのならば、この部屋に寝ていただくことになります」


「それでしたら、奴隷は私の使用人部屋に寝てもらって、私が坊っちゃまの部屋で寝ましょう。そうしましょう」


「メイドが勝手に決めるんじゃありません。異動させますよ」


「じょ、冗談です。坊っちゃまに笑っていただくための冗談です」


 むしろ、なんでこの人が僕に付けられたんだろう?メイドとしては、あまり質が良くないように思う。


 まあ、それはともかく。


「奴隷の君は、ベットの半分から向こう側に寝るといいよ」


 ぬいぐるみをベットの真ん中に置く。

 いい感じに大きくて、寝た時の仕切りとして悪くないと思う。


「それでしたら、私が――」


「――異動」


 低い声に、僕もサラも体が固まる。

 バネッサは、僕の教育係だったから怒られたことも多い。その恐怖が蘇って来るようだ。

 死んだフリしておこう。


「わ、私のベットを半分こするのはどうでしょう?女性同士の方が、彼女も安心するかと思います」


「そうだね。そっちの方がいいかも」


 意外と優秀かもしれない。気が利くメイドさんだ。


「坊ちゃま。使用人部屋のベットは小さいので、二人で寝るのは厳しいかと」


「じゃあ、ここで寝てもらった方がいいかな」


 僕の我儘で、サラに迷惑をかけるのは良心が痛む。


「あ、あの、その、そう!彼女はまだ子供です。熱が移るといけません。私が坊っちゃまの部屋で寝るべきかと、思います!」


「なるほど……」


 あのメイドがここで寝るのか……。

 身の危険を感じてワクワク……身の危険を感じるな。


 この屋敷のメイドは、病気への耐性が高い。

 メイドに限らず、執事も使用人も護衛も料理人も庭師も病気への耐性が高い。


 この世界では、魔力の高いものを攻撃することで、自身の魔力が増え、レベルが上がる。

 レベルが上がれば体が丈夫になり、病気になりにくくなるのだ。


 護衛……というか領軍はレベルが高く、魔力も多い。

 領軍を攻撃することで、メイドたち領主に仕える者のレベルも上げているのだ。


 あのメイドが、いつから働いているのかはわからない。しかし、奴隷よりもレベルは高いだろう。


 奴隷よりも、あのメイドを選ぶのは自然なことだろう。

 下心など微塵も感じ取れないだろう。大丈夫だろう。大丈夫だよな?よし!提案を受け入れよう!


「それじゃあ、メイドさんがここで寝てもらおうかな」


「おし!」


 メイドさんがガッツポーズした。ゴールを決めたサッカー選手ぐらいの、力強さを感じさせるガッツポーズだった。


「はしたないですよ。……坊ちゃま。言い忘れていましたが、坊ちゃまがぬいぐるみを所有する許可は降りていません。よって、奴隷がこの部屋を使わない場合は、奴隷が使う部屋にぬいぐるみを移すことになります」


 ……ぬいぐるみを所有する許可降りてなかったんだ。


「あっ……忘れてました。申し訳ありません。坊ちゃま」


 サラは事情を知っていたみたいだ。


 サラが部屋に戻った時は瞑想中で、報告を受けなかったからな。まあ、僕が悪いね。


「奥方様は、ぬいぐるみの代わりに、奴隷を与えると仰りました。そして、奴隷にぬいぐるみを与えると。奴隷の持ち物を、主である坊ちゃまが勝手に使うことは問題ないのですが、坊ちゃまがぬいぐるみを所有することは許可されていないので、奴隷に返却する必要があります」


「うーん?なるほど……?」


 わかるような、わからないような。

 説明が長いと最初の方を忘れちゃうから、理解が追いつきにくいんだよな。


「奥方様が与えた物を、主だからといって取り上げることは許されません。奴隷が手放すことも許されていません。それはわかりますか?」


「うん。わかる」


 社長から貰ったものを部長が奪ったと知れたら、社長は気分を害するだろう。みたいなことだよね?


「奴隷の部屋にあるはずのものが、坊っちゃまの部屋にあれば、奴隷から奪ったと思われるでしょう」


 うん。そうだね。バレるね。やばいね。

 じゃあ、なんで僕にぬいぐるみを渡したんだ。許可がでたと思うじゃん。

 ああ、でも、奴隷の持ち物は使っていいって話だったね。僕がぬいぐるみを使えるように、お母様が考えてくれたということか。嬉しいな。


 でも、僕が奴隷の部屋を準備しなくてはいけないって条件要らなくないか?

 初めから、この部屋で寝させるつもりだったでしょ。

 どうして、あんな条件を……僕が、この部屋で寝るように命令させるのが目的かな?

 主としての教育……違うか。


 部屋を与えたら、その部屋にぬいぐるみを置くことになるから……うん。これだ。

 お金を支給しない。自力で準備しろっていうのは、準備させないための口実。

 準備できないなら、僕の部屋しかないよね。ぬいぐるみが僕の部屋にあるのも当然だねってことか。


 寝具も準備しろっていうのは、僕のベットにぬいぐるみがあってもおかしくないようにするためか。

 奴隷の寝具が準備できないから、僕のベットで寝ても仕方ないよね。僕のベットにぬいぐるみがあってもおかしくないよねって。


 僕のわがまま聞くために無駄な知恵を働かせてしまったかな。悪いというか、ありがたいというか。

 久々に母上の温もりを感じた気分だ。


 ああ、人肌が恋しい!寂しくなってきた!

 なんで温もりを感じた後は、こうも寂しくなるんだろう!?


 はあ。ここは母上の優しさに甘えよう。むしろ、拒否したくない。後悔で泣く自信がある。


「やっぱり、その子はこの部屋で寝てもらうよ」


「そんなぁ!?」


 メイドは納得できない様子だったが、バネッサに耳打ちされ、渋々引き下がった。

 


 はあ……メイドに添い寝して欲しかったなぁ。

 

 後悔で泣きそうになったのは秘密である。

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