第3話 望んでいたもの……?


「奥方様、お願いがあります」


「言ってみなさい」


「坊ちゃまに、ぬいぐるみを献上する許可をください」


「なりません」


「ですよね」


 自ら墓穴を掘って逃げ出し 、そのまま奥方様の部屋に突撃し、直談判した。そして、予想通りの返事が帰ってきた。


「どうして、そのような要求を?」


「坊ちゃまが、ぬいぐるみが欲しいと仰りました。できれば坊ちゃまと同じぐらいのサイズが良いそうです」


「でしたら、奴隷を買いましょう。今から見繕ってきます」


「お待ちください!奴隷ではなく、私でいいのではないでしょうか!?」


「なりません。あなたは、メイドの仕事があるでしょう?」


「でしたら、奴隷に落としてください!そして、坊ちゃまの性奴隷として買ってください!」


 奥方様は引いた。坊っちゃまを溺愛しているのは知っているが、性奴隷に願い出るほどとは思わなかった。


「……我が家のメイドから奴隷落ちした者がいると、家の尊厳に関わります。奴隷落ちは許しません」


「でしたら、坊っちゃまの初めてを私にください!」


「いっそ、清々しいわね……」


 もう、呆れた。下心しかないのか、と。


「あの子はまだ八歳。初めてができる歳ではないでしょう。私は出かけます。あなたは仕事に戻りなさい」


「あの!せめて、ぬいぐるみだけでも!」


「奴隷にぬいぐるみを与えます。それでいいでしょう?」


「え?えっと……?」


 戸惑うメイド――サラに、部屋に控えていた先輩メイドが耳打ちをする。


「奴隷の持ち物を、主がどう扱ってもいいでしょう?」


 困惑するサラに、先輩メイドが耳打ちした。


「そうですね。それで?」


「はあ……。坊ちゃまはぬいぐるみが使える。でも、ぬいぐるみは坊ちゃまの物ではくて、奴隷の物。そういう、体面を保つの!」


「ああ!なるほど!奥方様!……あれ?」


「もう行ったわよ。あなたは、坊っちゃまへの愛情はあるけれど、それだけね。坊っちゃまの為を思うなら、賢くなりなさい」


「はい!頑張ります!」



 …………………………………………………………



「坊ちゃま。夕食をお持ちしました」


 母のメイドさんが部屋に入ってくる。

 それと、料理の乗ったワゴンと、着飾った少女、大きなぬいぐるみを持った使用人も入ってくる。


「坊ちゃま。こちら、ご要望のぬいぐるみと奴隷です」


「え?……え?」


 混乱する僕に、使用人がぬいぐるみを渡す。クマのぬいぐるみだ。


「あ、ありがとう」


 とりあえず、ぬいぐるみを抱きしめてみた。

 うん、安心する。


「くぅ……!ぬいぐるみと変わりたい……!」


「はしたないですよ」


 あのメイドさん、顔はいいけど残念というか、ちょっと近づき難い。身に危険を感じる。


 現実逃避で少し落ち着いたけど、未だに混乱している。 


 要望が通ったんだ、という驚き。

 奴隷は頼んでないのに、という困惑。

 2つの感情が同時に来ると、混乱する。

 

 脳は、2つ同時に考えるようにできていないのだ。段階をおって伝えて欲しい。


 しかし、これ以上の説明は無いようで、夕食の準備が進められる。


 テーブルをベットの前に置き、料理を並べる。


 僕の前に置かれたのは麦がゆ。

 向かいに置かれたのは、フルコース料理の前菜。


「座りなさい」


 母のメイドさん――バネッサが椅子を引き、奴隷に座るよう促す。


 奴隷にテーブルマナーを教えるようだ。奴隷が困惑しながら聴いている。


「坊っちゃま。後ろ失礼します」


 この変態メイドに背後とられるの嫌だな。身の危険を感じる。

 まあ、美女から淫らなことされるのは望むことだから、拒否はしないで受け入れるけども。


 背中に温もりを感じる。あと、柔らかさ。

 この人、なんで密着してくるんだろう。身の危険を感じる。


 美女に密着されるとドキドキする。このドキドキは身の危険を感じているせいかもしれないが、胸の高鳴りがあるのは間違いない。


「坊っちゃま。お口を開けてください」


 あーん、させるようだ。人前で。


「自分で食べれるから大丈夫」


 今は体力が戻って、羞恥を感じるほど心の余裕がある。

 美女に食べさせてもらいたいけども、羞恥の方が強い。


「かしこまりました。辛くなったらすぐに仰ってください。それと、私を背もたれだと思って、楽にしてください。ハア、ハア……」


 身の危険を感じる。


「ハア、ハア……器は私がお持ちしますね。デーブルだと思ってください。ハア、ハア……」


 メイドさんは僕の胸に手を回して、メイドさんにもたれかからせる。そのまま、片腕でホールドし拘束。

 身の危険を感じる。


 麦がゆを食べながら正面を見ると、奴隷の子が固まっていた。


「あ、あの。私がこれを食べていいんでしょうか?」


「かまいません。食べなさい」


「は、はい!」


 恐る恐る食器に手を伸ばす。

 きっとメイドの高圧的な口調にビビっているのだろう。バネッサは怖いから。

 僕も、ビビりながらテーブルマナーを教わった。

 

 奴隷はナイフとフォークを使ったことが無いようで、苦戦している。


「落ち着いて。片手づつ動かして……そう。いい調子です」


 なんとか、フォークの上に料理を乗せた。お皿から持ち上げようとして……落としてしまった。惜しい。

 食べようとして失敗するの、地味にキツイんだよな。


 フォークで刺せる料理なら落としにくいんだけど……あれ美味しそうだから真っ先に選ぶよね。


 ほろほろ崩れる料理。それを食べようと触る度に、グチャグチャになって皿を汚していく。


 奴隷は苦い顔で料理を睨みつけている。


 わかる。食べにくい料理は悪だ。なかなか食べられないストレスで泣きたくなるよね。わかる。


「貸しなさい」


 見かねた母のメイドさんが、奴隷に料理を食べさせる。


「おいしい……!」


 思わずこぼれた声と笑顔に、僕も母のメイドさんも、思わず微笑む。


 美少女の笑顔で麦がゆ3杯食べれそう。


 母のメイドさんの指導を受けながら、奴隷は食事をする。


 僕もあのメイドさんにテーブルマナーを教わった。

 最初は上手くいかなかった。悪戦苦闘している奴隷に自分の姿が重なる。


 懐かしいな。随分遠くまで来たものだ。……まだ八歳だけど。


 前世の記憶もあるし、介護されるみたいにメイドから世話焼かれているし、なんだか僕がおじいちゃんで、奴隷が孫に思えてくる。


 前菜を食べ終わると、次はスープ。


 スープはスプーンで掬えるから楽だ。スプーンの握り方、スープの吸い方に指導は入ったが、苦戦せずに食べている。


 奴隷はずっと笑顔で、見ているこっちも嬉しくなる。


 美味しそうに食べる人を見ながらの食事は最高だ。


 前世では、飯テロアニメを見ながらご飯を食べるのが好きだった。

 同じ料理は食べられないけれど、幸せな時間だった。


 麦がゆだけの僕はすぐに食べ終わった。

 あとは、テーブルマナー見学だ。


 こうして見ていると、自分の改善点も見えてくる。

 そんなのもあったなとか、ソレできてなかったなとか、意外と学べる。


 できるからといって、練習や勉強を疎かにしたら、足元を救われるかもしれない。

 でも、何ができていないか、気づく機会はあまりない。気づけなければ、練習や勉強してても、効果は少ないだろう。


 気づきを大事にしたいものだ。


 奴隷は、耳をピクピク、尻尾をブンブン動かしている。


 犬っていいよね。あの感じはゴールデンレトリバーかな。垂れ耳とフサフサの尻尾が可愛い。


 犬の獣人は仲間意識が強く、大切にしていればあまり裏切られることがない。

 ゴールデンレトリバー系の犬獣人は温厚で、優しくしてやればすぐに仲間意識が芽生えるとか。


 貴族が奴隷を持つことは珍しくないが、僕は持っていなかった。

 彼女が初めての奴隷である。


 ブロンドの髪に黒い瞳、細い輪郭。目、鼻、口のバランスがいい。将来はきっと美人さんになるだろう。痩せ気味で華奢な印象がある。


 ところで……奴隷をどう扱えばいいんだろう?別に欲しくなかったから、扱いに困るな……。

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