第2話 僕のメイドがうざい


「特に、異常はないですね。かなり体力が消耗していますが、大事ないでしょう」


 この世界の診察は手をかざして行われる。

 それで何となくわかるらしい。


「息を止めていたそうですが、どうしてですかな?」


 この世界で、健康呼吸法あるかな?

 呼吸法と言えば、武術なんだよね。

 

 この世界の治療で、呼吸を指導されたことはない。……いや、それは前世でもなかった。


 なんて答えよう?考えるの面倒だし、呼吸法でいいや。


「こきゅうほう……」


「呼吸法……。武術ですかな?努力されるのは素晴らしいですが、それは元気な時にしましょうね。今は、安静にしていてください」


「はい……」


 呼吸で治療はできないのか……。どうしたものか……。


「頻繁にお水を飲まれるようですが、いつもより喉が乾くのですかな?」


「いいえ……」


「では、どうして頻繁に水を飲まれるのですかな?」


 説明が面倒だな。考えるのも面倒だ。有耶無耶にしてやろう。


「だめ、ですか……?」


「ダメではありません。いつもと違うことがないか、知りたいのです」


「あたまが、いたいです……」


「他には?」


「からだが、だるいです……」


「他には?」


「のどに、いわかんがあります……」


「他には?」


「せきが、すこしでます……」


「他には?」


「ひじと、ひざが、いたいです……」


「他には?」


「ありません……」


「今朝と変わらないようですね。安静にして、何かあればすぐに呼んでください。必ず駆けつけますので」


 そう言って、お医者さんは出ていった。


「何かあればすぐに言ってくださいね!さっきみたいなのは、もう無しですよ!」


 うるさいな。余計なお世話だ。放って置いて欲しい。


 心配してくれて、ありがたくはあるのだが。


 気が立つのは熱があるせいか、精神が未熟なのか、心に余裕が無いのか、思い通りにいかないせいか。


 はあ……。ため息が出る。


「大丈夫ですか?苦しくないですか?」


「だいじょうぶ……」


 本当に鬱陶しいな。喋るのも辛いのに、質問しないで欲しい。

 まあ、それを知らないのだからしょうがないけども。はあぁ……。


 あ、そうだ。ため息。

 ため息は、吸う時間よりも、吐く時間が長いから、深呼吸と同じような効果がある。

 お手軽、健康呼吸法……というにはリズムが早すぎるか。少し加減して、ひっそりとため息をつこう。

 

 でも、口を開けるのはあまりやりたくない。口内と喉が乾燥しやすい。

 炎症を起こしている時に喉を乾燥させたら炎症が酷くなりそうだ。


 鼻呼吸が理想だが、口を開かないのも難しいだろう。


 まあ、とにかくやってみるか。


「すぅ……ふうぅぅ……すぅ……ふうぅぅ……」


 ちょっと体が楽になった気がする。

 リラックスできたからかな?それとも、健康呼吸法の効果があるのかな?いや、プラシーボ?思い込み?


「すぅ……ふうぅぅ……すぅ……ふうぅぅ」


「お医者さんを呼んでください!呼吸が苦しそうです!」


 めんどくさいな!!!



 …………………………………………………………



 過剰に心配するメイドが医者を召喚。

 そして、メイドを落ち着かせるために、医者が常駐することになった。


 僕は今、ストレスで気が荒れている。


 下手に深呼吸すればメイドが騒ぐ。それで、ストレスが溜まる。

 深呼吸できなければ、リラックスできずにストレスが溜まる。

 あと、医者に見られているプレッシャーでリラックスできない。ストレスが溜まる。


 やばい、イライラでやばい。イライラがやばい。


 もう、メイドを無視しようか?医者もいる訳だし、お構いなくとでも言って、医者すらも無視しようか?

 そうしようか。うん。そうしよう。


 健康呼吸法をする。


「先生!息が!」


 メイドの声。先生が何か言う前に僕が言う。

 

「おかまいなく」


 呼吸が整ったからか、それなりに話したからか、さっきより喋りやすくなった。


 もしかしたら、イライラで声がイラついているだけかもしれないが……。


「心配させないでと言ったではありませんか!」


「おかまいなく」


「お構いなくではあません!どれだけ私が心配していると思っているのですか!」


「できれば、しゃべらずに、体を休めたいです」


「うう……。私はこんなに心配しているのに……」


「落ち着いてください。あなたが病人に同情を求めてどうするのですか。坊ちゃんを元気づけるのが、あなたのするべきことではないですかな?」


「…………すいません。頭を冷やしてきます」


 メイドさんが出ていった。


 そして、入れ替わるように母が部屋に入ってきた。


「具合はどう?」


「今朝と余り変わらないようですが、喋らずに体を休めたいそうです」


「そう……」


 声から、感情が読み取れない。

 そもそも、声から感情を読み取るのは苦手だが、貴族で腹芸ができる母の感情はあまりわからない。


 そういえば、母に褒められたのが嬉しくて、褒めて欲しくて勉強も剣術も頑張っていたんだよな。


 いつから、褒められなくなったんだろう?


 誰かが僕の額に手を当てる。柔らかくて冷たい手。

 熱を持った額に、冷たい手が心地いい。


 なんだろう。心地良さの奥に、安心感もある。


 懐かしいような、心が温まるような


 ぽん、ぽん。と頭を撫でられる。


 心地いい。安心する。その、安らぎに身を任せ、僕は意識を手放した。




 目を覚ますと、部屋が薄暗かった。


 カーテンが閉まっているようだ。隙間から光が漏れているから、まだ外は明るいだろう。

 

「おはようございます」

 

 メイドさんが声をかけてくる。笑顔で爽やかな挨拶だ。

 最後に見た時はお互い荒れていたから、笑顔を向けられると、ちょっと戸惑う。

 

「お加減はどうですか?」


「だいぶ良くなったよ」


 頭痛も倦怠感も喉の違和感もあるけど、少し体が楽になった。体を動かしたいくらいだ。


「それは、よかったです。食欲はありますか?ご用意致しますよ」


 食欲はあるが、時間が気になる。寝る直前にお腹が減って眠れなくなったら困る。

 いや、困らないか。明日、起きる時間が決まっているわけではないし。

 でも、夜中に夜食を用意してもらうのは、従業員の負担が大きいか。


「少しだけでも食べませんか?」


「そうだね」


 少しだけだったら、夜ご飯も食べれるだろう。夜中にお腹が減らないなら、それでいいかな。


 メイドさんが、部屋から出ていった。


 なんか、無性に寂しい。


 寝る前までイライラしていた相手なのに、いなくなると寂しい。なんか、すごくモヤモヤする。


 掛け布団を寄せて抱きしめる。


 なんか、すごく甘えたい。

 

 体力が戻って有り余った元気と、湧き上がってくる寂しさの行き場がない。

 行き場のない元気と寂しさが合わさって、甘えたい欲求になっている感じ。

 なんか、違う理由もありそうだけど、わからない。

 人肌が恋しい。


 ぬいぐるみあるかな?あるよね。こっちの世界で、ぬいぐるみという言葉を聞いたことがある。というか、妹が持っていたな。


「坊っちゃま。お待たせしました。……どうされました?布団を手繰り寄せて……」


 ちょっとお願いしてみよう。


「ぬいぐるみって手に入る?」


「ぬいぐるみですか……坊っちゃまが使われるのですか?」


 まあ、気になるよね。男がぬいぐるみ欲しがるとは思わないしね。


「うん。できれば、僕の身長ぐらいのサイズ」


 メイドさんは俯いてしまった。

 どんな反応だコレ。

  

「…………奥方様に相談いたしますが、お許しにならないかと……」


「ダメか」


「ッ!で、できる限り、全力を尽くして入手致します!奥方様も私が説得いたします!お任せ下さい!」


 母上に説得ね。たぶん、僕がやった方がいいだろうね。身分差的に、下手にメイドが説得すると反感を買って処分されかねない。


「ちなみに、なんで母上は許可しないの?」


「ぬいぐるみは女児の玩具ですから、坊っちゃまには相応しくないかと」


「なるほど。貴族の男児となると……ぬいぐるみより女を抱けみたいな?」


「え……?」


「あ……」


 意識してなかったけど、メイドさんは女性だ。

 女性に言う内容じゃなかった。セクハラだセクハラ。

 いや、ユーモアを入れただけで……なんて言い訳はできないな。日本じゃこのタイプのユーモアはハラスメントだ。


 じゃあ、この世界だとどうだろう?まだ、八歳だし、その辺の経験も事情も知らないんだよなあ。


「……誰が、坊っちゃまに、そのようなことを教えたのですか?」


 あ、これ、やばいかも。事案かも。説教コースかな?ごまかさないと……。


「前、僕が犬を抱いた時、犬じゃなくて私を抱いてって声が――」


「――ぬいぐるみの件!承りました!さっそく奥方様に相談して参ります!」


 チョロい。さっきの話、あのメイドさんのことだから、僕の発言はもみ消されるだろう。


 問題は、部屋の中にいる護衛だ。彼は、告げ口するかもしれない。


 体を起こし、彼に視線を向ける。


「起き上がって大丈夫なのですか?」


「うん。大丈夫」


「それは何よりでございます」


「あの、さっきの話なんですけど……」


「貴族男子たるもの、剣を振ってこそです。それに、ぬいぐるみを所持していると、女性から引かれます。私は賛同しかねます」


「ああ、うん」


 セクハラの件は問題視されていないのかな?よかった。


 護衛が、ご飯をサイドテーブルに置いてくれる。


「おひとりで、食べられますか?」


「うん。大丈夫」


 ご飯は麦がゆ。それをすくって口に運ぶ。


「ぬいぐるみではなく、女を抱くべきです」


「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」


 これは、暗に咎めているのか?賛同しているのか?どっちなんだ?

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