第36話 初めてのイベント


 相川悠里あいかわゆうりはゲームをしていた。ヴィーナス リトル シスターズという妹ゲーだ。


 個性的というか、「そこまでやるか」と思うほど癖の強い妹女神がワラワラ出てくる。4章では、そんな女神たちが肖像権を無視して『お兄ちゃんグッズ』を作った。


 普通のアクリルスタンドやキーホルダーはまだマシだった。問題が、普通じゃないグッズ。

 ピー音や文字化けで何を作ったのか分からなかったが、雰囲気や勢いで笑ってしまった。


「面白かったですが、何を作ったのか気になりますね……」


 読める部分は、アクリルスタンドやキーホルダー、抱き枕、ドールだった。やばそうには思えない。いったい、何を伏せたのだろう?気になる。すごく気になる。


「尾田さんに電話して聞いてみますか。……あっ、でも、電話したら怒られるんでしたね。では、チャットで……文章に起こすのは少し面倒ですね」


 何をどう説明したらいいか分からない。なんせ、よく分からないものだから説明が難しい。


「明日、直接会って聞いてみましょう」


 問題のシーンを見せながら質問するのが楽だ。


 なお、学校でピー音や文字化けの解読をするリスクを、相川はまだ知らない。


「そろそろ、ご飯の時間ですかね?リビングに行きましょうか」



 …………………………………………………………



 晩御飯の時も、妹の優璃ゆりと弟のゆうは部屋から出てこなかった。冷戦継続中だ。


 それに対して、母は我関せず、父はおろおろ。相変わらず、親は頼りにできない。 

 でも、いいのだ。相川には平井という心強い味方がいるのだから!尚、平井は相川の味方になりたくない様子……。

 しかし、それを知らない相川は、両親の前で気丈に振る舞う。いつも通りに、ご飯を食べながら学校での出来事を話した。 


 友達ができたこと。コスプレする約束をしたこと。休みの日に打ち合わせで家に呼ぶこと。日向に料理の盛りつけを見せてあげて欲しいこと。あとついでに、友情で独占欲が芽生えるのを初めて知ったことも話した。


 母は平井との友情を聞きたがっていたが、食べ盛りの妹弟にご飯を我慢させるのは可哀想なので、話を切りあげてリビングを後にした。


 妹弟の部屋に「お先にご飯食べました!」と声をかけて自室に戻る。


 扉を閉めて、ふと妄想が頭を駆け抜ける。

 

 もしも、部屋の扉の前で息を潜めていたなら、妹弟が部屋の前を通るのが分かるだろう。

 相川の部屋は、階段に一番近い部屋だ。妹弟が部屋を通り過ぎた所で飛び出せば、部屋に戻れない。

 そして、突然飛び出した音に驚いた妹弟の隙をついて、飛びつく。嫌がる妹弟を力ずくで押さえ込み、頬をスリスリするのだ。


「ああ、いけない、いけない……!いけないことを考えてました。ブイリトのやりすぎですね。禁断症状が出る前に、再開しましょうか」


 ブイリトのやりすぎと言いながら、ブイリトを起動する相川。言動がおかしい。


 ちなみに、ブイリトはヴィーナス リトル シスターズの略称である。ヴィリトではないかと思うが、アイコン下の略称がブイリトだからブイリトだ。公式だから異論は認められない。


「メインクエストは全部終わったので、イベントをやってみますか」


 メインクエストは4章までしか公開されていなかった。5章の公開が楽しみである。


 それはそうと、イベントだ。こっちも、なかなか面白そうなのだ。


 タイトルは『お兄ちゃんは中学生?高校生?仁義なき決定戦!〜お兄ちゃんの意見は聞きません〜』。

 

 安定のお兄ちゃん不遇ぶり。大空ぐらい広い心と、大自然ぐらい強大な『お兄ちゃん力』がなければ、お兄ちゃんできないだろう。それぐらい、妹女神たちのワガママが強い。主張が激しい。お兄ちゃんは大変である。


「イベントって、どんな機能なんでしょうか?」


 相川はスマホゲー初心者だ。ギルドやイベントが何を意味するのか分からなかった。


 イベントをタップすると、説明文が表示された。

 

 ・ノーマルモードをクリアして、ストーリーを解放する。

 ・イベント専用アイテムを集める。

 ・クエストの難易度が高いほど、手に入るイベント専用アイテムが増える。

 ・集めたイベント専用アイテムは、アイテムと交換出来る。

 ・イベント専用アイテムを集めて、限定スキルを手に入れよう!


 という内容だ。


 ちなみに、『スキル』は女神に装着することで使える技のことだ。女神には、スキルを装着できるスロットが二つある。

 このゲームは、『通常攻撃』『スキル』『必殺技』から行動を選択して攻撃する、タイムラインコマンドバトルだ。


「ふむ。よくわからないけど、おもしろそうです」


 よくわからないけど、プレイしてみた。

 

 クエストをクリアしてストーリーを解放するのはメインクエストと変わらなかった。

 違うとすれば、イベント専用アイテムが手に入ること、イベント専用アイテムを交換出来ること、ぐらいだ。


 イベント専用アイテムを無視して、イベントストーリーを楽しんだ相川には、いまいち違いを実感できなかった。


 ちなみに、期間限定のプレイというのもメインクエストとの違いだが、相川はそれに気づいていない。


「ふう〜……。イベントもおもしろかったです」

 

 四月は入学式シーズン。「お兄ちゃんが入学したなら」と思いを馳せる女神たち。

 そんなある日、「お兄ちゃんと学校に通いたい!」中学生女神達が集団で直談判してきた。それに待ったをかけたのが高校生女神。

 直談判を偶然聞いた高校生女神が、他の高校生女神を緊急招集して、中学生女神に対抗してきた。

 

 そうして始まった『お兄ちゃん争奪戦』。

 

 お兄ちゃんのプライベートをガン無視した問題だらけの、赤裸々な早押しクイズバトル。

 料理できない女神が足を引っ張りまくる、料理対決。

 青春と言えば、告白!ということで始まった、癖が強い女神たちの、癖が強い理想の告白シュチュエーション対決。

 結果は引き分けとなり、実力行使になった。殴り合う女神たちを、社会人女神が鎮圧。

 主人公は学校に通うことなく、ただ子供女神が騒いだだけ。という出来事だった。

 

 どれも酷い内容だったが、特に料理対決は酷かった。

 

 お題はオムライス。

 塩と砂糖を間違えたり、ケチャプと何故か置いてあったデスソースを間違えたり、「甘いものは美味しい」と言う甘味至上主義女神がチョコをかけたり、「いやいや、辛いものこそ至高です!」と言う激辛至上主義女神がハバネロパウダーをかけたり、「薬で虜にすればイチコロ♡」と言って惚れ薬を入れたり、「美味しくなる魔法♡」と言って食べたものを傀儡にする魔法をかけたり……酷かった。


 ちなみに、惚れ薬と傀儡にする魔法は問題視され、料理対決は両陣営失格となった。


「これだけ賑やかだと、寂しさが和らぎますね」


 ゲームの中とはいえ、バカ騒ぎは楽しいものだ。

 ゲームに集中しすぎて、作品に入ってしまったような没入感。一言も喋らずゲームをしていたのに、大声で騒いでいた余韻がある。


 あんなに馬鹿騒ぎしていたゲームとは打って変わって、この部屋は静かだ。

 ゲームの中にはたくさん人が居たのに、この部屋には相川1人しかいない。


「現実とは、こうも寂しいものなのですか……」


 つい三日前までは、寂しいなんて思わなかった。妹弟と楽しい時間を過ごしていた。


「ふう……なんだか疲れました。そろそろ、止めましょうかね……」


 ログアウトする前に、ミッションの報酬を確認しようとホーム画面に戻ると、聖戦のアイコンに燃えるエフェクトがついていた。


「んん?これは、21時に開放されるはずですが……?」


 聖戦というのは、ギルド戦のことだ。解放されるのは、昼の12時と夜の21時。

 

 まだ、21時になっていないはず。なのに、なんで今、解放されていると主張するようなエフェクトがあるのだろう?


「あっ……!もう21時なんですね」


 相川は、まだ20時だと思っていた。しかし、時計の短針は9時を指していた。ゲームに夢中で時間を忘れていたようだ。


「急いで寝る準備をしないと……」


 相川は、妹弟のお手本になるように早寝早起きを心がけている。いい子な相川は寝る時間だ。


 急いでログアウトしようとして、動きを止める。


「せっかくですし、もう少しやりましょう。お風呂もまだですし、今から急いでも手遅れです。あの子たちも私を見てないですし、お手本の意味はありませんよね……」


 寂しい気持ちを誤魔化すように、賑やかそうに燃える聖戦のアイコンを押した。

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