第35話 ヴィーナス リトル シスターズ


(できる事じゃなくて、やりたいこと……)


 相川はずっと考えていた。自習の時間が終わっても分からず、下校中に考えても分からず、とうとう玄関の前だ。


 妹弟たちは既に帰っているだろう。

 

 未だに喧嘩中。この玄関を開けたらどうなるだろうか?また、いつも通り出迎えてくれるだろうか?それとも、石を投げられるだろうか?


(いや、優璃ゆりゆうはそんな子じゃない。石なんて投げない。ネガティブになりすぎ)


 思わず、想像の中で妹弟の人格を歪めてしまった。嫌な傾向だ。想像だとしても、そんな妹弟だと思いたくない。妹弟はいい子なのだ。


 考えていても仕方ない。相川は玄関を開ける。


「ただいまー!」


 返事は無い。玄関に妹弟の靴はあるから、帰ってきているはずなのに……。


「はあ……。仕方ありませんか……。喧嘩中ですし……」


 相川はトボトボと自室に向かって歩く。そして、自室の隣の妹弟の部屋の扉が目に入る。


(妹と弟に会いたい……)


 それが相川の、〝できる事じゃなくて、やりたいこと〟。


(でも、鍵がかかってますし、勝手に入ったら怒られますし……)


 できないことは練習すればいい。そう、先生は言っていたが、練習時間が惜しい。今すぐ会いたいのだ。


(平井さんも、すぐに仲直りできると思ってないようですし……)


 というか、思いっきり喧嘩しろと言われた。


(勝手に部屋に入って、嫌がる妹たちを捕まえて頬ずりする訳にはいきませんよね……)


 確実に喧嘩になるが、平井の言う喧嘩とは方向性が違う。

 そもそも、鍵を開けられないから実行できないが……。


(ピッキングの練習……いや、それはダメです。犯罪です)


 会えないのが寂しすぎてイケナイことを考えてしまった。


(こういう時こそゲームです!このために教えてもらったんですから!)


 気を取り直して、着替えなどを済ませ、スマホにイヤホンを装着してゲームを起動した。


 ヴィーナス リトル シスターズ。略称はブイリト。女神が妹になって登場するゲーム。

 妹と言っても、見た目の年齢には大きな幅がある。下は中学生ぐらい、上は三十歳ぐらい。正直、「妹?」と首を傾げてしまうキャラがいる。

 そもそも、人(主人公)よりも遥かに歳上な女神が妹な時点でおかしいのだが……それを言ったらゲームが破綻してしまう。


 設定としては、『ストレス社会で奮闘する女神には癒しが必要。彼女たちを癒せるのは「お兄ちゃんりょく」が強いあなただけ!大きな包容力で女神を助けましょう!』だ。

 主人公の年齢はわからないが、自分より年上に見えたとしても「妹?」とツッコミを入れずに、大きな包容力で癒さないといけないのだろう。


 ストレスが溜まりすぎた女神は、闇堕ちして暴れ回る。そんな闇堕ちした女神を癒すのも、お兄ちゃんの使命だ。


 基本的なストーリーは、兄ちゃんを誘拐しようとする闇堕ち女神から逃げたり、捕まって勝手に癒しに使われたり、逆に闇堕ち女神を誘拐して癒したり……コメディ要素が強い作品になっている。


 そんなコメディ要素の強いゲームの、コメディ全開な一コマ漫画のロード画面を見ながら、ふと思った。


(もしかしたら、妹弟あの子たちは闇落ちしているのでは?お兄ちゃんの癒しが必要なのでは?)


 部屋に籠っているのも、相川を無視するのも、ストレスによる闇堕ちが原因なのではないか?

 

 急速なオタク化によって、相川は厨二脳になっていた。


「いや、そんなわけないですよねー」

 

 まあ、完全に厨二化してないから、すぐに正気に戻るのだが――。


「闇落ちしたした妹はお兄ちゃんを誘拐しようとするのに、むしろ妹弟あの子たちは私を遠ざけているんです。癒しは必要無いのでしょう」


 ――やっぱり、厨二脳が残っていた。


「むしろ、癒しが必要なのは私…………ぐすん」


 そして、自爆した。


「……お兄ちゃんは闇堕ちしました。女神(妹弟)を誘拐して勝手に癒されます」


 なんて冗談を言うが、反応してくれる人はこの部屋に居ない。

 強いて言うならば、一コマ漫画が『目出し帽を被った仲間女神が、主人公を簀巻きにして闇堕ち女神に差し出す』闇取引画像に変わった。それがまるで、優璃が悠里に祐を差し出しているように見えた。


「私の味方は、ブイリトあなただけです」


 1人で勝手に一喜一憂するという、オタクあるあるを終えて、ようやくゲームを始める。


 ゲーム開始二日目で何をするかは人それぞれだろうが、オタク初心者の相川は無難にメインストーリーを進める。


 1章では、闇堕ち女神から逃げ回るという内容だった。

 逃げを選択する仲間に「助けるんじゃないの?」と尋ねる主人公。「じゃあ、後は任せた!」と言って、颯爽と逃げる仲間女神達。

 一人取り残された主人公は勇気を振り絞り、闇堕ち女神と向き合うが、狂気的で鬼気迫る目と目が会った瞬間に逃走。やっぱり怖かった。そんな内容。


 2章目は、敵に捕まった主人公の救出作戦。

 癒しであるお兄ちゃんを失った仲間女神は発狂した。それぞれが性癖全開で好き勝手に騒いで、チームワークも作戦も無いただの特攻を仕掛ける。

 狂気的で鬼気迫る仲間女神を前に、闇堕ち女神が作り出した子分たちは逃げ回る。逃げ回る子分を追いかけ回しながら、敵の拠点を制圧していく仲間女神。一体どっちが悪なのだろう?

 仲間女神が、敵の拠点を完全制圧してついにボス戦!しかし、ボス部屋に闇堕ち女神は居なかった!お兄ちゃんに一方的に話しかけ、体をベタベタ触りまくった結果、浄化され仲間に寝返ったのである!

 じゃあ、ボス戦で誰と戦うかと言うと……救出作戦で特攻してきた仲間女神です!仲間とは……?


 3章では、闇堕ち女神の誘拐が行われた。

 やけに手際よく誘拐計画を練る仲間女神に、主人公が「この女神たちヤバい」と戦慄。やけに手際よく誘拐する女神たちに、主人公は「この女神たち、絶対、犯罪集団だ」と絶望する。

 女神不信におちいる主人公を無視して、オタクな女神のセト監修『〇〇〇しないと出られない部屋』に主人公と闇堕ち女神を放り込む。

 主人公は、恐怖で泣きじゃくる闇堕ち女神をなだめ、脱出計画をくわだてる。

 脱出計画は順調に進み、最後の難関『最強の用心棒』と対峙するのだ!……はい、3章のボスは仲間女神です。仲間とは……?


 4章では、女神不信になった主人公が、真っ当な生き方を訴える。

 熱く語りかけ説得する主人公に、女神たちは心打たれた。

 

 ――もう闇堕ち女神の誘拐はしない。

 ――もうお兄ちゃんの部屋の天井裏に潜まない(初耳)。

 ――もうお兄ちゃんの部屋を盗撮しない(初耳)。

 ――もう寝ているお兄ちゃんのベットに全裸で潜り込んで既成事実写真を撮らない(初耳)。

 

 誓いを立てる女神たちに、なんとも言えなくなる主人公。

 そんな主人公に追い打ちをかけるように、『お兄ちゃんグッズ』作成案が出され、即可決。主人公は遠い目になった。


「この後どうなるんでしょう?ろくな事にならないでしょうけど、気になるんですよね〜」


 怖いもの見たさというか、仲間がボスになるオチが癖になるというか、普通に笑っちゃうから続きを見てしまうというか…………純粋におもしろい。

 

 相川がやるゲームと言えば、兄弟で遊べるファミリーゲームだ。ストーリーなんて、ほとんど無い。というか、あっても見ない。兄弟で一緒に遊ぶことしか頭にないのだ。


 ストーリーを楽しむのは初めての経験。ひとりで遊ぶのも悪くないと思えた。このゲームを教えてくれた尾田に、心の中で感謝するのだった。

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