第34話 自習の時間


 この学校には、六限目に自習の時間がある。

 この時間は、バイトや部活をしてもいい。なので、早退する人がいる。


 そして、とある二年の教室の担任は、早退する人を控えていた。


「せんせーい。バイト行ってきまーす」


「はーい。気をつけてねー」


「せんせーい!部活行ってきまーす!」


「はーい。がんばってねー」


「せんせーい!マコちゃんの所に行ってきまーす!」


「はーい。ダメでーす」


「なんで!?」


 早退する人に混ざって、ちゃっかり教室を出ようとした深山深夜ふかやまみやが止められていた。


「一年生は、しばらく自習の指導があるから、教室への立ち入り禁止です」


「そんなあ〜〜!?」



 ………………………………………………………………



 深山が叫んでいた頃、獅童のクラスでは説明が行われていた。


「この時間は、皆さんがやりたいことをしてもらいますが、一応ルールがあります」


 担任の藤本が、黒板にルールを書いていく。


「六限目の前に帰りのHRホームルームがあります。このHRには必ず参加してもらいます。そして、HRの後、勝手に帰らないでください。バイトに行く、部活に行くなど、担任に報告してから教室を出てください」


 誰が帰ったのか把握しておかないと、何かあった時に困るのだ。


「ですが、トイレに行くだけなら報告しなくていいので、ご自由に。部活の人と、学校を出る人のみ、報告してください」

 

 トイレ報告は毎年ある。一応、授業の時間だし、誰も教室を出ないと「本当にいいのかな?」と不安になって報告してしまう。

 あらかじめ伝えていても、無くなることはない。


「次に、自習の内容と記録を、毎回提出してもらいます。提出は、専用アプリか紙で提出してもらいます。まあ、こちらの説明は後ほど……」


 専用アプリは、この学校独自のもので、少し説明がややこしい。


「スマホを持ってない人も居るかと思います。知らないアプリをダウンロードしたくない人も居ると思います。その人は、適当な紙に書いて提出になりますが、返却に時間がかかる場合があるので、ノートに書いて提出することはオススメ出来ません」


 自習の時間に書いたものを、そのまま提出することが多い。だから、ノートの返却が間に合わないと、自習の時間に記録を取れないし、書き写すという手間が増えることもありえる。


「アプリの場合は、ノートに書いたものを写真に撮って送ればいいので、どうするかはお任せします」


 そこら辺の選択も含めて自習……ということでは無いが、できることが違うため、電子か紙か好みが別れる。


「成長してください。例えば、ゲーム。集中力、空間把握能力、演算能力、精神力、戦略、何か自分を高めるものをしてください。そして、その記録と反省、改善案を書いて貰います」


 まあ、本当にゲームをしたら文句を言うが、プロゲーマーという職業がある以上、反対は出来ない。


「えー……とりあえず、来週までは自習の指導がありますので、自由にはできません。そのつもりでお願いします。ちなみに、今日は将来の夢をテーマにしようと思います」


 一日で終わるとは思わないから、次回も同じテーマになるだろうが、それは横に置いておく。


「最後に、授業終わりの挨拶はありません。六限目の終了のチャイムがなったら自由に帰ってもらって大丈夫です」


 そもそも、調べ物や他クラスの人への相談などで教室にいるとは限らない。だから、挨拶が出来ないことがある。


「それでは、アプリに関するプリントを配ります」


 アプリダウンロードのQRコードと、ダウンロードの手順。それと、アプリの使い方が書いてある。

 それを使い、何とか説明を終えた。


「それじゃあ、早速将来の夢を考えてください。席を立っても、友達と話しても構いません。それと、出席番号順に指導するので……相川さん、前に来てください」


「はい」


「他の人は自習に取り掛かってくれ」


 こうして、自習の時間が始まった。


 教卓に座り、目の前に立つ相川に問う。


「周りの耳もあるし、言いたくないなら言わなくてもいいが……将来の夢はあるか?」


「それなんですけど、実は今朝、ちょうど考えていたんですよ」


 そう言って、将来の兄弟関係を書いたメモ用紙を見せる。


「平井さんに言われて、一昨日先生に言われた通りにしてみました。まだ書きかけですが……」


「全然大丈夫ですよ。100個もかける人はいませんので」


 むしろ、アドバイス通りに実践してくれた方が嬉しい。

 

 アドバイスをしても、それをするかは本人次第。自分の意思で決めるものだ。

 だから、アドバイスが役に立たないことが多い。アドバイスが役に立てたのなら、教師として嬉しい。


 少しホッコリしながらメモ用紙に視線を落とし、赤丸が付けられた『日向さんと結婚』が目に入る。


「……将来の夢はお嫁さんですか?」


「……?いえ、私は男なのでお婿さんです」


「あ、うん。そうでしたね……」


 まあ、そこはどうでもいいのだが……。


 高校生にもなると、就職を考えるものだ。寿退社で専業主婦を考える人も多いだろうが、とりあえず就職を考えるものだ。結婚するまで、働かなければ生きていけないのだから。

 よって、将来の夢は『お嫁さん』でも『お婿さん』でもなく、職種になるのだが……これはどうしたらいいのだろうか?


 藤本が固まっていると、相川が口を開く。


「今まで通りの兄弟関係ではダメなので、いろいろ考えて見ました。妹は日向さんのような人と結婚して欲しいですし、弟は平井さんのような人と結婚して欲しいです。そして、子供は二人づつ。休日に集まって、子供たちが遊んでいるのを眺めながら、ママ会というか……親会をするんです。素敵ですよね?」


「あー……。そうですね……」


 たしかに素敵だろうが、ここで言う将来の夢は職業だ。


(というか、日向と結婚するのは妹なんだな……)


 普通に勘違いしていた。相川の夢で、妹が主語になるとは思わなかった。


(よく見たら、相川の将来の夢じゃないな……)


 タイトルは『将来、兄弟でやりたいこと』。相川の将来やりたい職業では無かった。赤丸に目を奪われて気づけなかった。


(よく見ると、相川主体のやりたいことがあまりない。ほとんど主語が抜けているから、予想でしかないが……)


 相川が主語だと思われるものは『時間に都合が利く仕事』ぐらいしかない。あまり、というか一つだけ。


「えっと、相川は時間に都合が利く仕事をしたいのか?」


「はい。兄弟の時間は大切にしたいですから」


「具体的には何をしたいんだ?」


「う〜ん……芸術家でしょうか?父にはそう言われていますし、それしか思いつきません」


「相川がやりたいことでは無いのか?」


「はい。そもそも、兄弟のことしか興味がありません」


 メモ用紙には兄弟のことしか書かれていなかった。それを考えると、相川は自分に興味が無いとも言える。


「ちなみに、友達やクラスメイトには興味あるか?自分から積極的に声をかけているように見えるが……」


 本当に兄弟以外に興味が無いなら、友達やクラスメイトには話しかけないはず。拡大解釈だが、相川は底が知れないから怖い。


「う〜ん…………興味ありますけど、無いです。一緒にいて楽しいですけど、やっぱり兄弟が一番なので、微妙な感じになります」


「そうか……まあ、一緒にいて楽しいなら良かったな」


「はい。友達は友達で大切に思ってます」


 友達への興味はよく分からなかったが、それは棚に上げておく。大切に思ってるなら問題ない。そういうことにした。


「とりあえず、将来の夢に関してはやり直しだ。やりたい職業を考えてくれ」


「芸術家じゃダメですか?それなりにできると思いますけど……」


「できることより、やりたいことだ。やりたくも無いことをやって、評価されても虚しいだけだぞ」


「仕事ってそんなものだと思うんですけど……?できないことをやっても仕方ありませんし……」


「この学校で、できるようになればいいさ。三年間は練習し放題だからな」


「そういうものですか……」


「まあ、とりあえず考えておいてくれ。できなかったら、できることをすれば良いだけだしな」

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