第37話 初めての聖戦


 聖戦は、思っていたより静かだった。というか、誰も居ない。


 臨場感のある聖戦画面。しかし、それに変化は無く、闘技場のようなフィールドが映し出されているだけで、寂しさを感じる。


 ゲーム初心者の相川は、「こんなものか……」と思いながら、聖戦のリュートリアルを思い出す。


「たしか、出撃ポイントを使って出撃するんでしたよね?」


 あらかじめ編成しておいた十人の女神から、最大五人を選んで出撃できる。ちなみに、ギルド戦の編成は聖戦30分前から聖戦終了までできない。


 とりあえず、比較的レベルの高いキャラを適当に五人選んで出撃させた。


「あ……。負けてしまいました」


 メインクエストを四章までクリアしたとはいえ、まだまだ弱い。

 ストーリーを進めることしか考えて無かったから、ノーマルモードをクリアできるぐらいのレベルしかないのだ。


「どうしましょう……あとは、レベル1桁の女神しか居ません……」


 序盤の仲間で、メインクエストのクリアEXPで少しレベルが上がっただけの女神たち。数合わせで編成したのだが、居なくても変わらなかったと思う相川だった。


「えっと、たしか復活できましたよね?これでしょうか?」


 回復のボタンを押す。


 回復には、出撃ポイントの回復と、HP全回復がある。復活は無い。


「あれ?復活はこれじゃないんですか?えっと……たしかチュートリアルは、クエッションマーク……」


 画面上のクエッションマークを押して、チュートリアルを開く。


「復活は獣神の効果でしたか……」


 獣神。強大な力を持つため、外界から隔離されている存在。

 獣神は戦闘中に呼び出すことができる切り札だ。その力や呼び出す条件は、聖戦とそれ以外で大きく違う。

 

 通常の戦闘では、召喚ゲージが溜まれば呼び出せて、強力な属性ダメージを与える。

 一方、聖戦では召喚ゲージは使わない。代わりに、召喚制限があり、消費・クールタイム無しで三回まで呼び出せる。効果は支援のみ。攻撃はしない。


「今編成しているのは……バハムート……三回の出撃の間、攻撃力アップですか……」


 レベル1桁女神の攻撃力を上げても意味ないじゃん。微妙な気持ちになった。


「明日は、復活効果を持つ獣神を仲間にしましょう」


 獣神は、リゾートで仲間にできる。会話をしたり、アイテムをあげたりして、好感度を上げて仲間にするのだ。


「今は……全滅しないと……」


 女神の復活方法。それは全滅することだった。全滅して3分のクールタイムを経て復活するのだ。


「死ぬと分かってて行かせたくないのですが……」


 このままでは何も出来ない。


「せめて、獣神のスキルを……」


 レベル1桁女神の攻撃力を上げて、出撃させる。当然、全滅した。

 

 負けるとわかっていて出撃させた。その罪悪感が、全滅という事実でより膨れ上がる。


「うわああああ!!お兄ちゃんは悪い子です!!ごめんなさああああい!!」


(可愛い大切な妹を、死ぬと分かってて出撃させる兄がどこにいる!兄は妹を守るものだ!死なせるなんてありえない!)


 相川は、自分を責め続けた。言葉の限り罵倒した。ひとしきり罵倒して、ゆらりと立ち上がる。


「もう無理。風呂入って寝る」


 丁寧語を止めて、素で呟く。こんな姿を妹弟に見られたく無いが、妹弟は相川を見ようとすらしないから今更だ。取り繕う必要も無い。


 とぼとぼ歩いて風呂場に向かい、シャワーを浴びる。


(まさか、私が優璃 以外を妹と思うとは……)


 さっきの聖戦で全滅した時、確かにゲームのキャラを妹だと思った。ハッキリと。

 そして、妹が死んだことを悔いたのだ。それだけ、深く感情移入している。


(これは、完全に浮気ですね……)


 実妹以外を妹と言ってるのだ。浮気以外の何物でもない。


(お兄ちゃん、元の関係に戻れそうにありません……!ごめん!祐、優璃……!)


 いろいろと罪悪感を抱えて、相川は一日を終えた。



 …………………………………………………………………………………………




 翌日。相川は、尾田にブイリトの四章の伏字をいていた。


「なんだと思います?」


「相川氏は知らないでいいでやんす」


 ここまでピュアだと思っていなかった尾田。子供の性教育に悩む親のような心境だった。


「そんなこと言わないで、教えてくださいよ〜」


「大人になったら、教えてあげるでやんす」


 もう子供扱いだ。子供扱いしかできない。


「尾田さんがダメなら……平井さんは分かりますかね?」


 踵を返して平井の元に行こうとする相川の肩を、尾田は掴んだ。ガッシリと。


「やめろ、それはやめろ。本当にやめろ!」


 割とガチの制止に、相川は少し引いた。


「ど、どうしたんですか?口調が普通ですよ。まるで、普通の人じゃないですか」


「おい、まるで、俺が普通じゃない人だと言ってるように聞こえるんだが?」


「その通りですが?」


「おう、いいだろう!その喧嘩買った!体育倉庫裏に来いや!」


 尾田は有無を言わさず引きずって行こうとするが、相川はビクともしない。


「尾田さんは知らないと思いますけど、私、武闘家の獅童さんに武術を習っているんです。なので、尾田さんに勝ち目はありません」


「…………ふん!今日の所は見逃してやる!命拾いしたな!」


「命拾いしたのは尾田さんですよ。命を取る気はありませんが……」


 尾田の方こそ命を取る気は無い。


 そもそも、体育館裏に連れていこうとしたのもフリだ。本気じゃない。本気じゃないが、ビクともしなかったのにはビビった尾田だった。


「でも、まあ、ワイが紹介したゲームを楽しんでくれたみたいで良かったでやんす」


「ええ。すごく面白いです。紹介してくれてありがとうございます。おかげで、ゲームをしている間は楽しいです。ゲームをしている間は…………中止した時に現実に帰ってきたような虚無感は何なんでしょう?」


「わかる。わかるでやんすよ、相川氏。神作ほど作品に感情移入して、現実と作品の境目が分からなくなるでやんす」


「そうなんです!自分がゲームの中に居るはず無いのに、ゲームの中に居たと錯覚するんです!」


「そして、現実に戻った時に『ここはどこ?私は誰?』って」


「なります!一瞬!ほんの一瞬ですが、自分がゲームの中の主人公だと思い込んでて戸惑うんです!そして、すぐに、『あっ。アレはゲームなんだ』って!」


「わかるでやんす!最近ゲームを始めたにしては、立派なオタクでやんすな!」


 腐男子になった事に目を瞑れば立派なオタクと言えるだろう。せっかくだし、深夜アニメも教えて完全なオタクにしようか?もっとBLにのめり込むかもしれないが……。


 BLアンチな尾田が悩んでいると、相川が苦悩に満ちた声を上げる。


「まだ……まだ、オタクとは言えないんです……!」


 重課金勢ならともかく、ひとつのスマホゲームにハマったくらいならオタクと呼ぶには弱いかもしれない。尾田はそう解釈した。


「そうでやんすな。オタクなら、たくさんのゲームとアニメとラノベとマンガを修めないとダメでやんすな」


「違うんです……!」


 違うのか。ゲーム1つでオタクと思ってるのか?やはり、まだオタクの感性を持ってないのかもしれない。


 尾田は、オタクと非オタの壁を感じた。


「ブイリトの伏字を理解できずに、何がオタクですか!私は、必ず解読してみせる!」


「あ、うん。がんばって……」


 まさか、エロ文章の解読に、ここまで熱意を見せるとは思わなかった。

 相川は、確かにオタクだ。オタクが引くレベルのオタクだ。ドン引きしながら、尾田は確信した。


「尾田さん、手伝ってください!」


「えっと……」


 尾田は、周りを見渡す。ドン引きした拍子に冷静になって、教室の空気の違いを感じ取ったのだ。


 相川が大声で話していたから、クラスメイトの注目を集めている。そして、女子の視線は心なしか冷ややかだ。


(あ、あれ?詰んだ?)


 受けても断っても尾田の評価は最低レベルまで落ちる気がする。


 尾田は慎重に言葉を選ぶのだった。

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