第30話 お悩み相談


「第一回!相川氏、お悩み相談〜!」


「「「「…………………………」」」」


「ノリ悪いでやんすね……」


 そもそも、相川の相談にノリ気な人はいない。


「まあ、いいでやんす。相川氏、事情を話すでやんす」


 相川は話した。妹弟まいていと喧嘩したこと。尾田から紹介されたゲームで拗れたこと。妹と付き合っていること。全部話した。


 全部聞いた獅童が一言。


「付き合ってられるか」


「そんなこと言わないでくださいよー!」


 相川は泣いた。


 親身になって悩みを聞いてくれると思ったのに、突き放された。期待していた分、ショックが大きい。


「兄弟の恋愛は法律的にアウトだろ。家庭の問題に首を突っ込むつもりは無い」


「ううう……」


 全くもってその通りで何も言えない。


「まあまあ。待ってください。兄弟の結婚が認められてないだけで、交際はできます。結婚せずに付き合う。そんな落とし所を見つけるのが、重要ではないでしょうか?」


「でもそれ、アイちゃんが意気地無しってことでしょ?妹と付き合いたいけど、付き合わないって、そんな優柔不断でどうにかなると思っているの?恋愛舐めてる?」


「ぐうッ!」


「女はね、ハッキリ、お前が好きだって言って欲しいの!お前を離さないって言って欲しいの!不安にさせて欲しく無いの!なのに、なんで、『いつか嫌いになると思ってるのか』って質問に即答しないかな!?」


「だって、みんな兄弟仲悪いし……」


「自分と他人を比べてどうするの!?アイちゃん兄弟は異常なんだから、他人の常識に当てはまるわけないじゃん!」


「い、異常……」


 心無い言葉に相川が打ちひしがれていると、パン!と手を鳴らす音が響いた。


「つまり、相川さん個人がどうしたいかが重要。と、言うことですね?」


 平井が深山に確認する。


「うん。そうだけど、ちゃんと相手の気持ちも大事にしないとダメだよ」


「それは、勿論です。相川さんも、妹さんの気持ちは大事にしたいですよね?」


「ええ。勿論です」


 むしろ、妹の気持ちを大切に思いすぎてすれ違ったまである。


「相川さんはどうしたいですか?」


「仲直りしたいです」


「それは分かってます」


 仲直りのためのお悩み相談だから聞くまでもない。


「妹さんと、どのような関係でいたいですか?」


「仲睦まじい兄弟関係がいいです」


「それは分かってます」


 仲睦まじい関係でいたいから仲直りしたいのだ。聞くまでもない。


「もっと、具体的なことを教えてください。一日に何時間一緒にいたいかとか…………いや、もっと将来的なものが良いですね……高校を卒業したら一人暮らしたいか、ご兄弟と暮らしたいか」


 今回の問題は長期戦になりそうだ。

 恋愛絡みなのだから、今を乗り越えても次がある。相川兄弟は青春真っ最中で、妹は多感な時期。今までよりも、人間関係のトラブルで衝突するだろう。


「相川さんが結婚したいかどうかも決めておくべきでしょうか?相川さんに好きな人ができたらまた揉めるでしょうし……」


「結婚ですか……」


「どうなんですか?妹さん意外と結婚したいですか?」


「それは、考えたこともありません。クラスメイトや友達として好きな人はいますが、女性としては見ていませんでした。彼女ができて兄弟の時間が減るのも嫌ですし、作る気にもなれず……」


「では、結婚願望は無いのですか?」


「それはあります。いつか、好きな人と結婚して、妹の旦那さんとか、弟の奥さんとか、家族同士のお付き合いをして、私たちの子供同士も仲良しになったら素敵だと思います」


「なるほど……」


 彼女は作りたくないけど、結婚願望はあるし、明確なビジョンもある。チグハグな現状。

 

 恋愛感情がなければ、恋心ひよこは産まれないし、夫婦に育つこともない。

 先ずは、卵を形作るか、鶏をもっと具体的に思い描くかしないと、この話は進まないだろう。


「一昨日、藤本先生が言った、夢を見つける方法、覚えていますか?」


「一昨日……入学式の日ですか?そんな話、ありましたっけ?」


「やりたいことを紙に100個書く、という方法をおっしゃってました」


「正直、日向さんと葉月さんの印象しかありません」


 なんせ、チャラ男な葉月が、親とクラスメイトの前で公開告白したのだ。そして、告白した美少女が実は男。先生の話なんて覚えられないほど、衝撃的な出来事だった。


「日向さんが仮装ライダーになりたいと言ったのは覚えているんですが……」


「まあ、そこまで深く思い出さなくていいです。とりあえず、紙に100個書いてください。私たちがそれを見ることは無いので、何を書いても大丈夫ですよ」


 そういって、平井はメモ用紙とボールペンを渡し、獅童たちを引き連れ相川から離れる。


「なんで、何を書いたか見ないでやんすか?」


「人に見られると思うと、書けないこともあるんです。人の心の内は、他人が見るものではありません」


「あー……なるほど……」


 平井の心の内は、見てはいけないほど腐っているのが、容易に想像出来る。

 そして、異常な兄弟愛を持つ相川も、見てはいけないほど爛れているのが想像出来る。見てと言われても見たくない。


「ちなみに、平井氏はやったでやんすか?」


「やりましたよ。私はクリエイターになりたいです」


「うわあー。絶対ろくな物作らないでやんす」


「失礼ですね。私は、尾田さんよりマシなものを作る自信がありますよ」


「あー、うん。そうでやんすねー」


「絶対信じてないでしょ?」


「ソンナ コト ナイデ ヤンスー」


「あからさまな片言やめなさい」


 平井と尾田が戯れる。それを見て、平井がポツリ。


「二人って仲良いね」


 それを聞いて、平井と尾田の肩が、ビクリと跳ねる。しかし、今回は取り乱さなかった。


「尾田さんは気さくで、意外と話しやすいんです」


「平井氏も、異性とは思えないぐらい話しやすいでやんす」


「それ、私が男だっていってます?」


「ソンナ コト ナイデ ヤンスー」


「あからさまな片言やめなさい!」


 再び戯れ出すが、その会話が気さくで異性の壁を感じさせることが無く、二人の主張を証明していた。


「たしかに、二人とも話しやすそうだねー。ところでさ、私たち、もう抜けていいかな?全然相談に乗れてなかったし」


「そんなことないですよ!先輩のおかげで解決の糸口が見つかりました!ありがとうございました!」


「えへへー。それほどでもあるけどー、面と向かって言われると照れるなー」


「ふふふ。お淑やかなんですね。先輩のおかげでもう大丈夫そうです。本日はありがとうございました。彼氏さんとごゆっくり」


「うん。また何かあったら、遠慮なく言ってね。また力を貸すから」


「はい。その時は是非」


 深山は、「じゃあねー」と言って歩き出したが、不意に振り返る。


「さっきみたいなお世辞は2・3年生の反感買うかもしれないから、気をつけてね。じゃあ、またねー!」


 今度こそ、深山は教室を後にした。


「…………あからさま過ぎましたか」


 平井の経験上、感情的な人は言われたことをそのまま飲み込む。情報の整理をしないから感情的なのだ。あからさまに褒めても疑わずに飲み込む。


「まあ、ほとんど話してないのに先輩のおかげって、無理があるでやんすから……」


「でも、先輩のおかげで解決の糸口を見つけたのは本当なんですよねー」


 深山が「意気地無し」「相川兄弟は異常」「他人の常識に当てはまらない」と言ったから、相川の気持ちを固めれば良いと閃いたのだ。


「先輩は感情的な人だと思ったんですが、意外と理性的なんですね……」


「獅童氏に絡む姿は、とても理性的には見えないでやんすがね……」


 深山はギャップが激しかった。

 例えば、普通の人が磁石のS極かN極の片方しか持ってないとすると、深山はS極とN極を両方合わせ持っている。極端な二面性を持っているのは脅威に思えた。


「尾田さんも見習ったらどうですか?」


「ワイは理性的でやんすよ。たとえ、感情的になっても、すぐ元通りでやんす。平井氏こそ、見習ったらどうでやんすか?」


「私は理性的ですよ。なんせ、非オタに紛れてもオタバレしないですから」


 案外、S極とN極を合わせ持っている人は多いかもしれない。ただし、深山は自己主張が激しすぎて、一方的に引き寄せられるか、一方的に弾き飛ばされるかのどちらかだろう。


「そんなことより……そろそろ相川さんを呼びましょう」


「早いでやんすね。まだそんなに時間たってないでやんすよ?」


「いいんです。どうせ、100個も書けないんですから」


 平井は相川を呼んだ。


「あの、まだあまり書けてないんですが……」


 案の定、相川はあまり書いていなかった。

 相川がそれを見せるように差し出し、平井が目を瞑って手で制する。


「見せなくて結構です。ポケットに閉まってください」


 変態の心の内とか知りたくなかった。


「大事なのは、相川さんがどうしたいか、将来を思い描くことです。例えば、私の将来の夢はお花屋さんでした」


「ふッ。似合わないでやんす」


「失礼ですね。私だって女の子らしい夢はあります」


「でも、平井氏はBLを描いているイメージ強いでやんす。売るとしても、薔薇と百合を…………もしかして、そっちのお花屋さんでやんすか?」


 薔薇BL百合GLの作品を売る、比喩的なお花屋さん。


「そんなわけないでしょう。普通のお花屋さんですよ。失礼ですね…………しかし、そっちのお花屋さんもありですね。一緒にサークル作りますか?」


「嫌でやんす!」


 きっと、資料だとか言って尾田のあられも無い姿を撮るに違いない。


「そんなことより、将来の話です。私は、お花屋さんの他にも、ファッションデザイナーや画家など、美術的なものが多かったので、クリエイターになろうと思ったんです。相川さんはどうですか?そういった共通点はありましたか?」


「そうですね……」


 相川が、メモした紙を見て共通点を探す。


「誰が誰と結婚して欲しいか、というものが多いです」


「では、相川さんは妹さんと結婚しない、ということになりますね」


「そうですね……。かなり寂しい気持ちはありますが、不思議と妹と結婚しない覚悟ができました」


「普通、覚悟するほどのことじゃないでやんすけどねー」


「それは置いといて……相川さんの気持ちが固まればどうにかなります。将来のためにも、派手に兄弟喧嘩してください」


「え?仲直りするんじゃ……」


「どうせ、今仲直りしても、将来喧嘩するでしょう?今のままだと、相川さんの望みは叶いませんよ」


「そうですが……」


 未だに煮え切らない。もっと、意志を強くする必要がありそうだ。


「…………まあ、直ぐに喧嘩する必要もありませんし、もう少し将来のことを紙に書いてください。家庭の問題ですし、これ以上はご協力できません。頑張ってください。」


 そう言って、平井が去り、尾田は無言で逃げた。相川は再び一人ぼっち。


 寂しいが、自分の問題である以上、あまり文句も言えない。


 手には書きかけのメモ用紙。それを完成させるために、再びペンを取るのだった。

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