第29話 獅童の受難


 獅童しどうの家、まことの部屋にて、深山深夜ふかやまみやは獅童誠に迫っていた。


「自分で脱ぐ?それとも、私に脱がせてもらいたい?」


「私は脱がん!諦めろ!」


 深山が一歩近づけば、獅童が一歩後退る。


「恥ずかしいの?じゃあ、私も脱ぐから。マコちゃんも脱いで!」


「脱がんわ!なんだその理屈!おかしいだろ!なんで、私が恥ずかしいと、ミヤも脱ぐことになるんだ!?」


「え?興奮して羞恥心なんて無くなるでしょ?」


「無くなるか!余計、恥ずかしいわ!だいたい、誰かに見られたらどうするんだ!?」 


「え?どうもしないけど?」


 何言ってんの?みたいな顔で返された。


「そもそも、私たちの関係は家族公認だから、部屋に二人っきりにしてくれるよ」


「例え、そうだとしても、私は脱がん!」


「強情だな〜……」


「そもそも、どうしてスカートなど履かなければならんのだ!」


 深山が持っているスカートを指さしながら訴える。


「だって、アイちゃんにスカート履かされるんでしょ?」


 それは、昨日の朝、生徒指導室から戻った相川が獅童にウザ絡みした時の話。「無視するならスカート履かせる」という相川の脅しをスルーして、無視を決め込んでいたのだ。


「アイツが本気でやるわけないだろ!」


「甘いな、マコちゃんは〜」


 深山が、やれやれと首を振る。


「アイちゃんは、やる時はやる奴だよ」


「だとしても、ミヤがやることはないだろ!」


「私、思うんだ……」


 深山の瞳から、ハイライトが消える。


「アイちゃんにヤラれるくらいなら、私がヤリたい」


 深山が異様な圧を発しながら、獅童に問いかける。


「脱ぎたくないなら、脱がなくてもいいよ?どうする?ズボンの上から履く?」


「ぐうッ……!?」


 有無を言わせない圧に押され、獅童はスカートを履いた。




 ………………………………………………………………




「ふっふふーん♪スケバンスタイルのマコちゃんサイコー♪」


「…………………………」


 獅童は、ズボンの上からロングスカートを履いて、白いマスクで口元を隠していた。


「はああああ♡可愛いし、カッコイイし、無敵じゃん♪何この生物♡」


「…………………………」


 本日何度目かになる独り言を、獅童は聞き流す。

 

 深山は獅童の腕に頬擦りしながら、学校への道を歩く。


「学校着いたら、いっぱいイチャイチャしようね〜♪」


「…………………………」


 獅童は、無言でひたすら歩く。


 女装して登校。すっごく恥ずかしいし、バレる前に学校に着きたい。

 幸い、ズボンを履いてるから、スカートを脱ぐだけで女装は解ける。さっさと登校して、ミヤの言う通りにして、クラスメイトが来る前にスカートを脱ぐ許可を取りたい。


「ふふふ♪」


 女装しての登校は嫌だが、彼女がご機嫌なのは嬉しい。マスクの下に隠れた頬は、僅かに緩んでいた。




 ……………………………………………………




 部活やボランティア活動で、朝早くに登校する生徒はそれなりにいる。


 女装している獅童は、それなりの生徒の注目を浴びながら、自身のクラスに向かう。


「さすがに、誰も居ないよね?」


「知らん」


 深山のクラスは、朝早でも教室に人がいる。部活とかの仕事を教室でしているのだ。

 

 二人っきりでイチャイチャしたい。だから、部活がなくて遅く登校しそうな、一年生の教室でイチャイチャする、というのが深山の計画だった。


「昨日はどうだった?早く登校している人いた?」


「それなりにいた」


「そうか……やっぱり、もっと早く来るべきだったかな?」


 バスの時間によっては、やたらと早く登校する人がいる。一年にそんな人いないだろと思うが、断言はできない。


「教室がダメなら、どこに行けばいいかな……?」


「私としては、スカートを脱げるならどうでも良いんだが?」


「スカートを脱ぐだなんて……♡私に何するつもりなの?それとも、私にナニかさせるの?」


「はあ……何を言ってるんだミヤは……」


 深山の監視が厳しく、隠れて大人な本は読めない。獅童には、深山が何を言っているのか分からなかった。


 そうこうしているうちに、教室に到着。扉を開けると、相川悠里あいかわゆうり平井百合ひらいゆり尾田おだの三人の姿があった。


「あれ?三人もいるんだ」


 早く登校するのは、多くても1人だと思っていたのに三人居て、しかも話し込んでいる。部活も委員会もないのに、なんでわざわざ朝早くに集まっているのか謎である。


「朝早くに何やってるの?」


 深山の質問に答えず、逆に平山が質問する。


「おはようございます。先輩方も朝早いですね」


「うん。家での思い出はいくらでも作れるけど、学校での思い出は今だけだからね。少しでも多く学校に居たいんだ〜」


 言いながら、獅童を抱き寄せる。

 

 抱き寄せられた獅童は、身を強ばらせる。

 クラスメイトに女装を見られた。しかも、女子。普段 関わらない分、何を思われているか分からず、汚名返上が難しい相手。


 獅童は一言も喋らずに、ただただバレないことを祈った。


「それで、三人は……」


 深山が再び質問しようとして、言葉を止めた。相川のハイライトが消えた瞳と、目が合ったから。


「……私達、場所を変えるから、ごゆっくり……」


「待ってください先輩!」


 逃げようとする深山を、相川が呼び止める。


「お願いです!助けてください!」


「いや、私は力になれないから、藤本先生に相談して。担任だし、きっとなんとかしてくれるよ」


 深山は目を逸らして逃げる。いろんな意味で早く逃げたい獅童も一緒に逃げる。


「待ってください!先輩がダメなら、せめて獅童さんだけでも!」


 相川が獅童の足に縋り付く。


「あ!ちょっと!マコちゃんに触らないでよ!」


「後生ですから〜!助けてください〜!」


「…………ッ!!」


 獅童は「離せ!」と怒鳴りたかった。でも、女子に女装がバレたくなくて、声が出せない。敵意の無い相手に武力行使は、武道家としての精神に反する。されるがままだった。


 しかし、そんな獅童の苦悩は無駄だった。


「あ!もしかして、獅童誠さんですか?わかりませんでした!」


 普通にバレた。相川が名前を呼んだし、深山も愛称で読んでいた。オマケに、深山のせいで悪目立ちしている。

 むしろ、今気づくのは遅い。


「まさか、女装の趣味があるとは……」


「ち、違う!これは、事情があって、仕方なく……」


「そうですか。仕方なく、ですか……」


「な、なんだ?」


 含みのある言い方に、獅童がたじろく。


「仕方が無いとは言っても、女装しているのは事実です」


「…………………」


 その通り過ぎて何も言えない。


「このまま騒ぎ続ければ、誰か来そうですね。そして、獅童さんの女装がバレるでしょう……」


「ぐう……ッ!」


 本当に、その通り。反論ができない。しかも、獅童にとって非常に都合が悪い。


 相川と深山は、平井の話なんて微塵も聞かずに騒いでいた。今もギャーギャー騒いでいる。


「今なら、私と尾田さんが黙るだけでいいですが…………まだ抵抗しますか?」


「…………話を聞けばいいのだろう」


 獅童は平井の脅しに屈した。相川に協力を約束して、騒ぎを収める。


「獅童さんありがとうございます!」


 相川が元気にお礼を言った。


「ふんっ。私が力になれると思わないことだ」


「はい!それは、もちろん分かっています!」


 相川が元気に返事をした。


「こ、こいつ……!!」


 助けを求めておいて、最初から戦力に数えていない!


 あんまりな発言にイラッとした。

 そんな獅童の横で、深山が大袈裟にやれやれと首を振る。


「はあ……私はマコちゃんと二人になりたいんだけど、夫に付き合うのが妻の役目だし、しょうがないから私も協力するよ」


「あっ、先輩の協力はちょっと怖いです」


「ああ?」


「ひぃッ!」


 深山は協力しなくても怖かった。


 そして、静かに様子を見ていた尾田が、静かに逃げようとして、獅童に捕まる。


「離せ獅童!俺にはやらないといけないことがあるんだ!」


「どうせ暇だろ。付き合え」


「暇では無い!俺には!大事な使命があるんだ!」


「じゃあ、その使命とやらを言ってみろ」


「………………地球の防衛」


「ゲームだな?ならば、逃がさん」


「いやあああああああああ!」


 尾田が悲鳴を上げた。もう、相川の相談に乗りたくない。

 

 そんな尾田を助けるべく、平井が声を上げる。


「獅童さん、尾田さんを離してあげてください。今の状況は、尾田さんが相川さんの相談に乗った結果なので、正直、彼は要りません。足手まといです」


 尾田は、「喧嘩売ってんのかゴラァ!」と叫びたくなったが、ぐっと堪える。尊厳よりも、相川の相談に乗りたくない気持ちが強い。


「そいつは、事情を知っているのだな?ならば参加だ」


「事情は私が聞いているので、問題ありません。それに、彼の不興を買うと口が軽くなるかもしれません」


 平井が、獅童のスカートに視線を向け、女装していたことをクラスに広めると、暗に伝える。


「わかった。おまえが事情を知っているなら大丈夫だ」


 尾田は開放された。


「ヒャッハー!自由でやんす!何をしようかなー♪」


 今朝は何もオタ活できていない。やることは山ほどある。あるのだが……やる気が起きない。


「…………ワイはここで観戦しているでやんす」


「じゃあ、お前も参加しろよ」


 尾田も参加した。

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