第28話 仲間です


「恋は、フラれて終わりではありません。フラれて始まるのです」


「勝手にフラれたことにしないでください!というか、尾田さんのことなんて好きじゃありません!」


「はいはい。ツンデレ、ツンデレ〜」


「ふんッ!」


っったぁああ!」


 平井は尾田の足を踏みつけた。


「とにかく!私は尾田さんと付き合っていません!好きでもありません!」


「ええ。そういうことにしておきます」


「そういうことも何も全部本当なんです!」


 下手な否定は恋バナの燃料を投下するだけ。平井と相川の会話は平行線のまま動かない。


 面倒になった尾田が話に割って入る。


「もう、正直に言ったらどうでやんすか?」


「正直も何も、本当のことしか話してませんがあ!?それは尾田さんが一番わかっているでしょう!?」


「言ってないことを話すでやんす。美少女ゲーを始めた相川氏はオタクこっち側の人間。事情を説明すれば分かってもらえるでやんす」


 オタク側と言っても、片足を突っ込んだばかり。平井腐女子の事情が分かるとは思えないが、隠すか隠さないかで説明の幅が大きく変わる。平井は尾田の提案を飲まざるをえない。


「…………わかりました。場所を移動しましょう」


 移動といっても、教室の奥。

 廊下から会話が聞こえなくて、誰かが教室に入ってきても大丈夫なように、窓側に陣取る。


 ここからは、腐女子の戦い。

 口封しつつ、相川を協力者にする。布教もして、あわよくば仲間に取り込む。


 歴戦の腐女子である平井は、女子をBL沼に落としたことが何度かある。しかし、男子は一人も落とせていない。

 

 緊張と、不安がつのる。それを押し殺して、平井は語り出す。


「実は私、オタクなんです……」


「なるほど。それで、同じオタクの尾田さんを好きになったのですか」


「違います!」


 訂正するが、それで間違いを正せるわけが無い。今までの訂正が全て裏目に出ているのだから、これで済むなら苦労しない。


 平井は深く反論せず、再び語り出す。


「私は、オタクの中でも最大派閥に属しています」


「それは違うと思うでやんす」


「いいえ、最大派閥です。腐女子がオタクの大半を占めていると言っても過言ではありません」


「過言でやんす」


「BLはあらゆるジャンルに適応可能で、幅広い人々に愛されています」


「それは百合にも当てはまるでやんす」


「そうだとしても、腐女子の勢力が強いです。腐女子にも百合好きはいますからね。私のように!」


「胸を張ることじゃないでやんすよ……」


 ワイワイ話す二人を相川は微笑ましげに見ていた。本当に、お似合いだと。


「ところで、『ふじょし』とは、なんですか?」


「BLが好きな女性のことです」


「『びーえる』とは、なんですか?」


「ボーイズラブのことです」


「ふむ……」


 相川は脳内の整理をする。

 BOYSをLove。つまり、複数の男性が好き。複数の男性が好きな女子を腐女子と呼ぶ。


「ハーレム願望のある女子を腐女子と言うんですね?」


「違う!」


「それは、ヤリマ〇でやんす!」


「やりま〇……?」


「知らなくていいでやんす」


 相川は意外と純粋だった。


「えーっと、ハーレム願望のある女子じゃないとすると……男子が好きな女子?」


「ノーマル……!!」


「普通の女の子……!」


 あえてジャンル分けする必要が無い!


「違うんですか?」


「違うでやんす!」


「はあ……もう、見せた方が早い……」


 そう言って、平井はBLを画像検索して相川に見せる。


「これは……」


 相川が画像を見入る。眉を寄せて、手を顎に当て、ムムムと唸りながら、脳内を整理する。


「……女装した男子が男子に迫られている?」


「違うでやんす!」


「でも、近い!」


「ふむ」


 再び脳内を整理する。


「男装した女子が男子に迫られている?」


「さっきの方が近かった……!」


「むしろ、さっきの方が正解でやんす……!」


 相川は眉を寄せる。


「じゃあ、なんで違うと言ったんですか?」


「合ってるけど、違ったでやんす」


「はあ……?」


 合ってるけど、違う。要領を得ない言葉に眉間のシワが深くなる。


「男同士で恋愛するのが、BLなのです」


「男同士で……」


 改めて画像を見れば、確かに男同士で恋愛しているように見える。


「…………最初からそういえば良かったのでは?」


「普通はボーイズラブで分かるんです……」


 ヤレヤレと首を振る平井と尾田。


 自分が知らないことを、二人は知っている。やっぱり二人は付き合っているな。

 熟練夫婦じみた親しさを感じて、相川は誤解を深めた。


 ちゃっかり、平井のスマホを奪っていた相川が、スクロールして他の画像を見る。そして、とあるものを見つけた。


「兄弟……!?兄と、弟……!?」


 目を見開き、呼吸が早くなる。


「おや?興味がありますか?」


「いや、その……兄と弟がお付き合いするという発想がなかったので……」


「そうでしたか……。それで、どうですか?」


「正直、ゆう以外の有象無象に興味はありませんが、私と祐がお付き合いすと考えると……そそります」


「うほおおおおおおおおおおおおお!」


「いやあああああああああああああ!」


 平井は歓喜する!新たな同士、そして、リアルBLの誕生に!


 尾田は悲哀する!新たな腐り者、そして、裏切り者の存在に!


 二人の悲鳴が教室に響いた。


「相川氏は妹好きで、BLには興味を持たないと思ったのに!裏切りでやんす!」


「ふっ!何を言ってるのですか!妹好きだからって理由で、相川さんが腐らないとは限らないわ!ざまあw」


「キイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


「オーホッホッホッホ!オーホッホッホッホ!」


 尾田は奇声を上げ、平井が高笑いをする。


 ひとしきり笑って、貴腐人様モードの平井が口を開く。


「ところで、相川さん。話に出た……ユウさんでしたっけ?弟さんですか?」


「はい。そうです。目に入れても痛くない、可愛い弟です」


「目に入れるのと、ケツに入れるのは別でやんすよ……」


「はあ?何を言っているんですか?可愛い弟を、汚らわしいケツに入れるわけないじゃなですか。張り倒しますよ」


 的外れな怒声を受けて、平井と尾田は顔を見合わせる。


「まあ、BLを知らなかったくらいですし……」


「知らなくて当然でやんすね……」


「何を言っているのですか?」


 何も知らない相川は眉を寄せる。ケツに入れるとか言われ、弟を汚された気がして不機嫌なのだ。


「男同士の愛の育み方ですが……」


 平井は、男同士のスキンシップを説明する。ついでに、オタク用語も覚えさせる。

 相川は学習しないが、単純な暗記は超得意。BLのアレコレも専門用語もあっという間に覚えて、立派な腐男子になった。


「BL……素晴らしいです……」


「ようこそ、こちら側へ。歓迎いたしましわ」


「ああ……相川氏が腐ってしまったでやんす……」


「それにしても、やおい穴ですか……それなら、妹とでも……」


「おいコラ!ロリに手を出すな!ぶっ〇すぞ!」


 尾田が相川の胸ぐらを掴んで怒鳴る。


「ハッ……!私は一体何を……妹に手を出そうと考えるなんて……そんなバカな……」


「正気に戻ったでやんすか?気をつけるでやんすよー」


「はい。気をつけます」


 反省する相川を、平井がそそのかす。


「弟なら問題ありませんわ。両思いなら犯罪になりませんし、男同士なら危険もないですから……」


「なるほど……祐になら……」


「…………まあ、ショタはどうでもいいでやんす」


 尾田に、YESショタ・NOタッチの精神はなかった。


 そんな尾田を気にせず、相川は一頻り妄想して、ふと我に返る。


「今、弟たちと喧嘩中です……」


「「あ……」」


 相川の地雷を踏み抜いた。

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