第26話 平井は予言者


 相川との通話を終えた後、尾田は平井に愚痴っていた。


「平井氏〜。ワイはもうダメでやんす〜」


『ふふふ。ざまあw』


「他人事だからって笑いやがって!キィィィィィ!」


『ふふふふ』


 奇声を上げる尾田を笑う平井。これが、二人の関係。


 誰にも頼られる風紀委員、平井は、尾田にも頼られる。尾田が愚痴る相手と言えば平井だった。相槌が上手くて話していて楽しいのだ。

 そして、平井は尾田には取り繕う必要がなく、普通に煽る。尾田は煽られるのもマウント取られるのも楽しむイジられ系オタク。だから、なんでも言える。言いたいことを言えない日々の鬱憤を晴らすように、煽ってマウントを取る。


『尾田さんの話を聞く限り、明日、相川さんはかなり早く登校しそうですね』


「そんなの、どうでもいいでやんす」


『そうですか?今日、気力を失った尾田さんがフテ寝するでしょ?』


 コミュ強な平井の理解力は、相手の行動をかなり正確に予測できる。予言と言ってもいい。


「待つでやんす。なんか嫌な予感がするでやんす」


 取るに足らないことなら、予言する必要が無い。あえて予言するのだから、尾田にとって嫌なことがあるのだろう。


『尾田さんは明日の朝早くに起きてしまい、とっても暇です』


「そんなことないでやんす。ゲームしたり、ラノベ読んだりするでやんす」


 オタクは忙しいのだ。時間なんていくらあっても足りない。


『そうやって、遅く登校しようと思うほど、早く登校してしまいます』


「止めるでやんす。聞きたくないでやんす」


 テンションが上がらなければ、ゲームもラノベも味気ない。そして、時間稼ぎしている時も味気ないものになる。結局、何もしないのだ。

 更に、学校に行く準備も、不思議と早く終わるのだ。遅く行きたいと思う時に限って!

 そして、想像できてしまう。学校に行く準備ができたなら登校しようと思う自分が!


『そして、尾田さんは、落ち込んでいる相川さんに捕まるのです』


「イヤああああああああ!絶対ウザ絡みされるでやんすーーー!」


『そして、相川さんは、心の傷を癒すため、尾田さんを慰め者に――』


「唐突なBL路線止めろやああああああ!」


『ふふふふっ♪私は最初からBLの話をしていましたが、何か?』

 

「何かじゃねぇわボケエエエエエエ!電話でナマモノ聞かせるんじゃねえぇぇええええ!」


『アッハハハハハハハ!ハハハハハハハ!』


「面白がってんじゃねええええ!」


 相当ツボに入ったのか、平井の笑いが止まらない。スマホから、机を叩くバン!バン!という音が聞こえてくる。


「くそがっ。そのまま笑い氏ねっ」


 悪態を吐くが、笑っている相手に効く言葉では無い。大人しく、笑いが収まるのを待つ。


『はあ、はあ、もう、笑わせないで下さいよ』


「平井氏がワイを笑いものにしたんだろぉ」


 ドスのきいた声で言うが、平井は動じない。楽しそうな声で『すいません』と謝罪した。


『お詫びと言ってはなんですが、もし明日、朝早くに相川さんが登校するなら、愚痴を聞くの、代わってあげてもいいですよ』


「本当でやんすか?」


『はい。ただ、条件がありまして……』


「詫びで条件はないだろ。無条件にしろや」


『そこをなんとか……。朝早くに相川さんが来るならっていう条件を飲んだじゃないですか』


「ああ!本当でやんす!ちゃっかり条件つけてるでやんすよこの人!キイイイイイイイ!」


『ふふふ。ざまあw』


「アアアアアアアアアアアアアア!!」


 尾田は発狂した。


『それで、どうしますか?おそらく、相川さんは尾田さんに無茶な相談をすると思いますよ』


「面倒でやんすな……」


『条件付きで、私が引き受けますよ』


「その条件が怖いでやんすよ。何を頼むつもりでやんすか?」


 平井のことだ。BLの教材になれと言われてもおかしくない。尾田は身構える。


『明日の朝、一緒に登校しましょう』


「えっ。嫌でやんす。BLの教材になりたくないでやんす」


『登校途中のご休憩を描く訳ないじゃないですか。野外は萌えません』


「ちゃっかりヤること前提になっているでやんす……」


『今更、それくらいで動じないでください』


「いやいやいや。さっきのは同性同士でやる話でやんすよ」


 メガネ萌えとかのレベルじゃないのだ。さすがに動じる。


『そんなことより、明日の話です。一緒に登校しましょう』


「ワイに何もしないでやんすか?」


『尾田さんには、何かする価値も無いんですから、疑わないでください』


「喧嘩売ってるなら買うでやんすよ?」


 尾田の牽制を無視して、平井は話を進める。


『私が尾田さんと二人っきりで登校したいんです』


「ワイと二人っきりでってもしかして……」


 デート!?

 尾田の心臓が跳ね上がる。


『あれ?私が尾田さんに気があると思ってます?尾田さんにナニかする価値ないんですから――』


「――喧嘩売ってるなら買うぞゴラァ」


『ふふふふ♪』


 遊ばれてばかりで話が進まない。もうツッコミを入れないと、尾田は決意した。


「それで、ワイが平井氏と登校するのになんの意味があるでやんす?」


『相川さんが早く登校したとしても、それを尾田さんが確認できなければ、証明できないじゃないですか』


「証明のために一緒に登校するでやんすか?」


『はい。その通りです。私が一目見て、面倒そうだから普通の時間に来たことにしよう、と思えば、早く来てなかったことにできます』


「それなら、ワイが早く登校すれば良いだけでやんす。一緒に登校する必要がないでやんす」


『私が尾田さんと登校したいからじゃ、ダメですか?』


 ここで、「自分に気があるのか?」という反応をすればまた遊ばれるだろう。


「はあ……喧嘩売っているなら買うでやんすよ?」


『じゃあ、買ってください』


「え?」


 冗談で言ってるのだろうが、冗談でも喧嘩を買えと言われれば戸惑う。

 これは、どういう風の吹き回しだ?平井の考えていることが分からない。


『代金は《現役JKと登校》で帳消しでお願いしますね』


 何故かは分からないが、一緒に登校したいようだ。

 困り事だろうか?尾田は少し心配になった。


「平井氏。何かあったなら相談に乗るでやんすよ」


 BLという相容れない部分はあるが、同士だ。困っているなら助けたい。


『はあー……そうですか……』


 呆れたような声で相槌を打たれてしまった。


「どうして、そこでため息をつくでやんすか?まるで、鈍感ラノベ主人公に困っているヒロインでやんすよ」


『はあああああ……』


 今度は大きなため息をつかれてしまった。


「本当に、何でやんすか?」


 なんで、心配したら呆れられて、ため息までつかれるんだ?意味がわからない。


『明日の朝、私は偶然、尾田さんと会いました。そこで、昨日の話を聞かされたので、相川さんの事情を知っています。という感じの設定でお願いします』


「それはいいでやんすけど、平井氏は大丈夫でやんすか?」


『大丈夫です。オタクの話に付き合う《オタクに優しいJK》設定にしますから』


「オタバレのことでやんすか?確かにそれならバレにくいでやんすけど、オタバレの心配じゃなくて、ワイは、平井氏が何か悩んでいないか心配しているでやんす」


『悩みの一つや二つぐらいありますよ。尾田さんは攻めも受けもこなしそうですし、誰とかけても相性が――』


「――もういいでやんす!折角心配したのに、ナマモノの話なんて……心配して損したでやんす!」


 尾田は電話を切った。



 

 ……………………………………………………………




 翌日、尾田と平井は朝早くに学校に来ていた。

 喧嘩するように電話を切った尾田だが、何事も無かったように、平井と仲良くしている。歴戦のオタクは切り替えが早いのだ。


「相川氏、本当に早く登校したでやんすね」


 相川の下駄箱に靴が置かれていた。

 

「自分で言っておいてなんですが、本当に早く来るなんて思いませんでした」


「え?そうでやんすか?」


 確信していると思っていた。


「仲直りしていれば早く登校しないでしょう?その辺の予測はできないんですよ。いくら私でも、家庭内まで知っているわけないですから。知らないことは予測できません」


「まあ、そうでやんすな。いくら平井氏でも、それは無理でやんすね」


 平井の予測は無条件に信じていた。だから、言われるまで気づかなかった。


「でも、まあ、この後でやんすね……」


「そうですね。この時間に来ているということは、まだ仲直りできて無いのでしょう……」


 相川ほどのシスコンぶりなら、ギリギリまで妹弟と家にいるだろう。そう予測している。


「頼んだでやんすよ。平井氏」


「まあ、聞き役ぐらいなら……」


 昨日は軽い気持ちで代わると言ったが、少し後悔している。

 相川は、トイレで露出騒ぎを起こした変態だ。しかも、キザったらしい一面もある。キザったらしい露出狂とか関わりたくない。


 二人は重い足取りで教室に向かう。そして、教室前方側の扉の前で足を止める。

 相川は出席番号一番。前方の扉を開けてすぐの席。扉を開けたら目の前に居るだろう。心の準備が必要だ。二人は深呼吸をする。


「……なんか、話し声が聞こえるでやんす」


「……本当ですね」


 何を話しているのか分からないが、確かに話し声が聞こえる。既に誰かが犠牲になっているのかもしれない。


「とりあえず、入ってみましょう」


 ワンチャン相川の相手をしないで済みそうだ。

 そう思って、心も体も軽くなった平井は、躊躇無く扉を開ける。


『兄さん、おはようございます。一緒に朝ごはん食べませんか?』


「朝食はもう済ませましたので、私はセレネが食べているところを見ていますね」


 スッ…。平井は扉を閉めた。


「アレはヤバくないですか……?」


「アレはヤバイでやんす……」


 相川はゲームキャラと話していた。

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