第25話 学習の壁
自分を嫌う人と仲良くなる方法。
挨拶をする。積極的に話しかける。プレゼントをする。相手を褒める。色々あるだろう。だが、使える手段は少ない。
嫌いな人から挨拶されたらイラッとするし、積極的に話しかけられたら鬱陶しく思うし、プレゼントなんか触りたくもないし、褒められても嬉しくない。
どれだけ嫌われているか、どうして嫌われているのか、理解できないと対処できないだろう。
相川はそれを尾田に相談していた。
「どうしたらいいと思います?」
『どうと言われても……』
会ったこともない相川妹の対処法なんて知らない。一番知ってそうな相川兄の悠里ですら分からないのだ。尾田に分かるはずがない。
「なんでもいいんです。ゲームとかに仲直りの方法とかありませんでしたか?」
『うーん……』
歴戦の戦士、尾田は記憶を辿る。
数々の異世界の戦場を渡り歩いた経験では、絆のゴリ押しが強い。それ以外にない。他には思い出せない。そもそも、兄弟=絆がテンプレ化してると思う。
それよりも、リアルでの紛争が頭を過ぎる。
『そもそも、自分を嫌う人と仲良くするのが間違っているでやんす』
「そんなぁ……」
相川は落ち込んだ。何かいいアドバイスが貰えると思っていたのに……。
『ワイが小学生の頃、アニメ、ゲーム、マンガ、それを話題にして、男子で馬鹿騒ぎしていたでやんす。それを女子は白い目で見ていたでやんす』
「はあ……」
どうでもいい。
『中学に上がると、男子の殆どはアニメから離れてドラマにハマり、アイドルに熱中する人も出てきたでやんす。そして、アニメは子供っぽいと言われて……ワイらオタクと、俺達は大人だとイキがる非オタの戦争が始まったでやんす』
「そうですか……」
興味無い。
『ワイは、アニメの素晴らしさを認めて欲しかった。でも、アンチは聞く耳を持たなかった。そして、それはワイ達も同じ。どんな言葉を並べられても、ドラマを見ようだなんて思わなかった』
「それで?」
興味無いが、聞かないと話を変えられない。そんな気がする。
『お互い、相容れないと分かり、停戦条約を結んだでやんす。ワイのこの喋り方も、その時から始まったでやんす』
「そうですか……」
興味無い。喋り方の秘密が明らかに……!みたいな展開とか本当に要らない。仲直りの方法が知りたいのだ。
『あからさまなオタク
「そんなことがあったんですね……」
『ちなみに、ワイと平井氏も停戦条約を結んでいるでやんす』
オタク同士だが……というより、オタク同士だからこそ、戦争があった。それは、尾田が腐るか腐らないかの争い。尾田には退けない戦いだった。
「そうなんですか?仲がいいように見えました」
オタク同士、百合好き同士ということもあって仲はいい。しかし、平井がオタクだとバレる訳にはいかない。
自作のドギツイBL漫画に尾田を登場させることぐらい普通にするのだ。報復措置として、自信が登場する薄い本を見せられるか、学校にばら撒かれるか……考えるだけでも恐ろしい。
『平井氏は八方美人でやんすから、オタクにも優しいでやんす。アンチでやんすけど……』
平井はオタクじゃないと強調する。
放課後の件もあって、尾田と平井は仲がいいと思われている。そこからオタバレするかもしれないのだ。
このままだと報復処置があるかもしれない。不安の芽は摘んでおきたかった。
『ともかく、棲み分けは大事でやんす。ワイと平井氏も、棲み分けで今の関係を保っているでやんす。仲が良いように見えたって言ってたでやんすよね?』
「はい。仲がいいように見えました」
『それは、棲み分けのお陰でやんす。争っていれば仲良くできやせん。妹様と停戦条約を結んで棲み分けをするでやんす』
「はい!わかりました!」
相川は早速、妹たちの部屋の前に来た。
そして、扉をノックしようとして――部屋の中から声をかけられる。相川を拒絶するように、扉を閉めたままで。
「棲み分けの話をしに来たの?」
「どうしてそれを……?」
「あれだけ騒いでいれば聞こえるよ」
なんせ、隣の部屋なのだ。防音対策のない、一般家庭。普通の声で話しても内容がバッチリわかる。スマホの音量も抑えてなかったため、尾田が言っていたことも筒抜けだ。
「お兄ちゃんは、僕たちとの関係を諦めたんだね」
「違います!仲良くするために――」
「――棲み分けないと仲良くできない関係なの!?」
「うっ!?」
痛いところを突かれた。というか、考えもしなかった。
棲み分けないと、仲良くできない関係。それは、異常に仲の良い相川兄弟では有り得なかった話。たった数十分前の関係を諦めるようなもの。
争っていては仲良くできない。停戦が必須。そのために棲み分け。
それを聞いた時は天啓を得たような衝撃だった。疑いもしなかった。
「……もう知らない。お兄ちゃんは勝手にすればいい」
「
返す言葉もかける言葉も無く、力無く名前を呼んだ。
だが、それで状況が動く訳もなく、部屋からは物音一つしない。
項垂れながら部屋に戻った相川は、再び尾田に電話をかけた。
『電話するなっ
「もう私は終わりですううううううううう!」
『知るかボケええええええええ!!』
学習しない相川は、ゲーム中の尾田に電話をかけて怒られた。しかも、スマホの音量も調節せず、相川自身も大声で叫ぶ。さっき、「会話が聞こえていた」と言われたことも忘れて。本当に学習しない。
「妹たちに嫌われて、どうやって生きていけばいいんですかあああああ!!」
『知るかボケええええええ!!妹ゲーでシ〇ってろ!!』
ブツンっ!通話が切れる。
「ううう……ゲームなんて、本物に比べたら……ううう……絵に描いた餅で腹が満たせないように、絵に描いた妹じゃ心は満たせません……ううう……」
やたらと説明口調で独り言を呟く。そして、指はヴィーナス リトル シスターズに。
口では嫌と言いながら、体は正直だ。
そして、学習しない相川は、再びやらかす。
『ヴィーナス リトル シスターズ!お兄ちゃん大好き!』
音を消していなかったために、爆音が部屋に響く。
隣に部屋で、相川の叫びを聞いて、「やっぱり仲直りしよう」と、祐と優璃が話していた。絵に描いた餅の辺りで、仲直りすると決意した。
だが!直後に鳴り響く『ヴィーナス リトル シスターズ!お兄ちゃん大好き!』。
結局、妹ならなんでもいいんだ。そう思い、祐と優璃は戦争継続に舵を切った。
そんなことも知らずに、相川はゲームをする。といっても、最初のダウンロード中で遊べていないが……。
登場する妹キャラの絵を見ては「ダメだ……満たされない……」と呟いている。
やがて、ダウンロードが終わり、名前の入力。
「なまえ……?どうするんだ……?」
もはや正気じゃなかった。
今の相川には、ただの名前入力が暗号のように思えた。
正気じゃない相川は、再び尾田に電話をかける。
『三回目だぞボケカスがああああああああああ!!!』
学習しない相川に尾田マジギレ。
そんな尾田に、正気じゃない相川の質問。
「名前の入力ってどうすればいいんですか?」
『名前を入力するんだよボケがあああああ!!!ゲホッ!ゴホッ!ゴホッ!』
叫びすぎた尾田は喉をやられた。
そんな尾田に、相川は追い打ちをかける。
「なまえ、どうしましょう……?」
『自分で考えろやボケエエエエエ……ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ぉええ!』
尾田は喉を壊した。
そして、なんかもう、叫びと一緒に色々出ていった。やる気とか、元気とか、テンションとか……。
『相川氏と連絡先交換したのが間違いだったでやんす……』
と、言いながらも、相川のプレイヤーネーム決めに真摯に向き合う。同士が増えて嬉しい尾田だった。
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