第24話 喧嘩と事情説明


『末代まで呪ってやる!!』


「家族に手を出したら許しません!!」


 妹弟と喧嘩した相川が、部屋に戻って尾田に電話。そして開口一番に口喧嘩。


「『ふう……ふう……』」


 お互い一言しか言ってないが、怒りのせいで息が荒い。しばらく無言の時間が続いた。


 沈黙を破ったのは尾田くん。


『要件は何でやんすか?』


 面倒くさそうだが、怒りは収まったように感じる声色。あまりの切り替えの速さに、相川は戸惑った。


「いや、要件は、って……最初の呪いの言葉はなんだったんですか?」


『ただの挨拶でやんす』


「挨拶……!?」


 物騒な挨拶だ。


『相川氏に言いそびれていたでやんすけど、電話はお断りでやんす』


「え?どうしてですか?」


『ゲームが中断されるからでやんすよ。音ゲーはコンボが切れて、そのまま失敗扱い。PvPは通信が切れて敗北』


「ぴーぶいぴー……?」


『プレイヤー同士の対戦でやんす。……はあ。……電話なんて百害あって一利なしでやんす』


「それは違うと思いますよ」


 どれだけ電話を恨んでいるのだろう?相川には想像もできなかった。


『まあ、ワイも電話に理解はあるでやんすよ。緊急の電話とか、必要なことはあるでやんす』


「そうですね」


 他にももっと利点はあるけど、相川は相槌を打っておいた。深山に鍛えられた第六感が、話を遮るなと囁いたから。

 尾田から深山と同等の変態性を感じる。


『そもそも、電話はアナログな伝達手段でやんす』


「それは違います」


 アナログな伝達手段は手紙だと思っている。あまりの暴論に、つい反論してしまった。

 

 つい話を遮ってしまったが、尾田は気にせず話を続ける。


『今はビデオ通話とチャットアプリの時代でやんす。緊急性のない話はチャットアプリ、会わずに顔を合わせて話したい時はビデオ通話。それが今の常識でやんす』


「はあ……」


 そんな常識知らない。今の若者である相川が知らない常識など、ただの偏見だろう。

 反論するのがバカバカしく思えて、聞き流した。


『それで、わざわざ電話した相川氏は緊急の要件でやんすか?』


「はい、そうです」


『え?マジで?』


 思わず口調が崩れた。

 今日初めて話した人から緊急の連絡。何かやらかしただろうか?内容が想像できなくて怖い。


「実は……」


 重い口調で切り出す相川。恐怖で尾田が唾を飲んだ。


「妹たちと喧嘩しました……」


 それは、ありふれた話題。

 尾田は、兄弟喧嘩が理由でゲームの邪魔をされた。


『………………末代まで呪ってやる!!』


「家族に手を出したら、ただじゃおきません!」


「『はあ……はあ……』」


 二人は息を整える。

 先に口を開いたのは相川。息が荒いまま疑問を口にする。


「どうして、今、物騒な挨拶を?」


『どうしても、何も!ぜんっぜん!緊急性がないだろ!?兄弟喧嘩とかどうでもいいわ!!その為にワイは、ギリッギリで勝てそうな対戦を中断させられたのか!?ふざけんな!!』


 うがあああああああ!という絶叫と、ガン!というスマホを落としたであろう音がスピーカーから流れる。


 発狂している。深山もこうなることが多いから分かる。これは、お説教コースだ。


 電話切ろうかなと思ったが、それは火に油を注ぐだけ。今後を考えれば大人しく叱られるべきだ。

 身を強ばらせて、尾田が落ち着くのを待つ。


 やがて絶叫が聞こえなくなり、代わりに深呼吸する音が聞こえた。


 お説教が始まる。悠里は息を飲んだ。


『……それで、どんな喧嘩をしたでやんすか?』


「…………あっ。ゲームの件はもういいんですか?」


 お説教じゃなかったからビックリした。深山だったら理不尽な小言が始まるのだ。


『良くないけど、良いでやんす。今更、騒いでもしょうがないでやんす』


「……切り替えが早いですね」


『歴戦のオタクほど切り替えが早いものでやんす』


「歴戦のオタク……」


 歴戦の戦士みたいに言うな。相川は戸惑った。


『そんなことより、早く話すでやんす。緊急の用事でやんすよね?』


「あ、はい……。優しいんですね」


 怒鳴って呪いの言葉を吐いて、発狂した。それでも相談に乗ってくれる。尾田の心の広さに涙が出そうだ。


『いいから、さっさと話せよ』


「あ、はい」


 怒りを抑えたかすれ声で促され、涙腺ダムの水が一瞬で蒸発した。


「友達ができたか聞かれたんです」


『ふむ』


「それで、日向さんが映りこんだ、私と獅童さんのスリーショット写真があったので見せたんです」


『ふむふむ』


「そしたら、妹から浮気を疑われて……」


『む?うん』


 尾田は一瞬、誰と付き合っているんだろう?と思ったが、気にしないことにした。話が進めば分かるだろう。


「それで、兄離れが始まったと思って、紹介してもらったゲームを起動したんです」


『ふむ』


「そしたら、大音量でタイトルコールが……」


『ああああ……それは……』


 すごく恥づかしいやつ。しかもあのゲームは、タイトルコールの後に「お兄ちゃん大好き!」がある。笑いもの必須案件だ。

 そういった修羅場はいくつも経験した。歴戦のオタクである尾田には同情しかない。


「仲直りに扉の前まで来ていた妹が、それを聞いて怒ってしまって……」


『う、うん……』


 怒るほどか……。

 数ある修羅場の経験では、蔑む目や、ゴミを見るような目ばかりだったが……怒るほどか……。

 ゲームを愛するオタクの尾田はへこんだ。


「まあ、これはなんとか解決したのですが……」


『解決したんかい!』


 じゃあ、なんで電話してきているんだよ!!ワイの敗北を返せ!!

 心の中で怒鳴りながらも、歴戦のオタクは相川の話に耳を傾ける。


「いつか妹達が、私を嫌いになると思っているの?と聞かれて、何も答えられず……」


『そっちが本題でやんすか。紛らわしい……』


 説明の九十パーセント削減を訴えたいが、今更訴えても遅い。


「今のままではダメだと思っているんです。兄弟で結婚できませんし、いつか別れないといけないって、心の中では分かっているんです」


『む?』


 兄弟で付き合っているのか?いや、聞き間違えか?言葉の綾か?


「……私はどうしたらいいんでしょう?」


 戸惑う尾田に容赦なく質問した。

 戸惑っているのに答えを出せるはずもなく、質問に質問で返す。


『……えっと……相川氏は……妹様と、男女の付き合いをしている……わけないでやんすよね。はっはっは……』


 言ってる途中で、質問を止めた。

 付き合っているはずがない。何を馬鹿な確認をしているんだろう?恥ずかしい。

 笑って誤魔化した。


 しかし、尾田は聞き間違えた訳でも、勘違いした訳でも無く……。


「いえ、先程も言った通り、男女のお付き合いをしていますよ。唇にキスとかはしていませんが……」


『…………………………はあ??』


「分かりませんでしたか?唇にキスとかしませんが、妹と私は、彼氏・彼女の関係です」


『はあああああ!???』


「まだ分かりませんか?私と――」


『わかっとるわボケエエエ!!!』


「うわあっ!ちょっと!いきなり叫ばないでくださいよ!耳が壊れるかと思いました!」


『うっせえわ!!』


「うっせえのは尾田さんです!」


「『ぜえー……ぜえー……』」


 二人は叫びすぎて喉が痛くなってきた。


『相川氏。一旦落ち着きやしょう』


「それはこちらのセリフです。落ち着きましょう。深呼吸です」


「『すうー…………はあー…………』」


 仲良く深呼吸した。


『……それで、なんで付き合ってるでやんすか?尊い妹様に手を出すなんて七大罪よりも重い罪でやんすよ』


「そこまでですか……。まあ、言っていることは分かりますが……」


 相川も、可愛い妹に手を出すのは禁忌と思っている。交際してても家族のスキンシップまでで留めている。


「そもそも、私は手を出していません」


『それをワイが信じるとでも?』


「そこを疑わないでください……。私が妹と付き合った経緯ですが……妹が幼稚園児の時に、お兄ちゃんと結婚するって言われたんです」


『はあ!?爆発しろ!』


「なんでこの程度で爆発しなきゃいけないんですか!?仲のいい家族なら、パパのお嫁さんになる、ぐらい普通に言うでしょう!?それのお兄ちゃん版です!」


『そうでやんすか……』


 言いたいことは分かった。確かに、仲が良ければ「お兄ちゃんと結婚する」と言われてもおかしくない。

 

 とりあえず、怒りを収め、妹好き諸兄が言われたい「お兄ちゃんと結婚する」を「この程度」と言ったことは忘れておく。忘れられないが、忘れておく。


 思わず話を遮ってしまったが、まだ相川の話の途中だ。


「嬉しくって、OKしたんです。断る理由もないですし」


『いや、あるでやんしょ。家族は結婚出来ないでやんす……』


「当時、私は小学生だったので、その辺は分かりませんでした」


『ああ、なるほど。確かに、小学生なら分からないでやんす』


「それで、お付き合いごっこが始まったのですが、日付が変わっても、年が明けても終わらず……ごっこ遊びが日常に変わって数年経ったある日。妹が告白されたんです」


『ふむ』


「それで、私と付き合っているからと断ったらしいです」


『ふむふむ』


「断る口実だと思っていたんですが、そんな様子はなく、詳しく聞いてみたら実際に付き合っていると言うのです」


『要するに、子供の時の約束を本気にしていて、今もそうだと?』


「はい。そうです」


『説明が長いんじゃボケエエエエ!!!』


「大事な要素じゃないですか!続き話しますね!」


『さっさと話せでやんす!』


 喧嘩しながら話が進む。奇妙な相談だ。


「このままだと別れちゃいそうなんですけど、どうしたらいいですかね?」


『知るかボケエエエエエ!』


 なんで血の繋がってる兄弟カップルの恋愛相談を受けないといけないんだ!?やってられるか!!

 尾田は発狂しそうになった。


「そんな事言わないで、教えてくださいよ。そういう話得意じゃないんですか?妹ゲームを紹介できるぐらいですし……」


『そんなの、相思相愛で全部、かたがつくわ!結局、好きだという気持ちが、血の繋がりという壁を超えるんでやんすよ!』


「気持ちですか……」


『そもそも、相川氏は妹と結婚するんでやんすか?』


「できるならします」


『ギィィィイイイイルティイイイイイイ!!』


「ギルティ?なんでしたっけ?」


『有罪でやんす!それより、妹と結婚するんでやんすか!?』


「しませんよ。法律が許しませんし、妹が避けるようになれば、私との日々が妹の心の傷になるでしょうし……」


『じゃあ、いい機会でやんすよ。そのまま自然消滅しちゃえばいいでやんす』


「そうなんですけど、嫌われたくないんですよ。別れたくもないですし……」


『煮え切らないでやんすね……』


「せめて、仲直りする方法だけでも教えてください」


『えええ……』


「尾田さんは、自分を嫌う人と、どうやって仲良くなりますか?」


『えええ……』


 仲直りじゃなくて、自分を嫌う人と仲良くなる方法。飛躍しすぎだ。

 飛躍じゃないとしたら……仲のいい兄弟から、目が合うだけで舌打ちをする仲の悪い兄弟になってるのだろうか?


 想像以上に面倒な相談から逃げたくなる尾田だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る