第22話 恋愛の形は人それぞれ


 日向が目を回し、相川が介抱という名目で日向と見つめ合い、それを平井が横目で鑑賞した。


 平井たちの会話が相川に移り、ガン見しても怪しまてなくなってからは、堂々と鑑賞した。


「そんなに気になるなら、話しかけてくれば?」


 ネタを得る取材の口実ができた。この話に乗らない手はない。


「そうですね。相川さんとは同じ委員会ですし、少し話して親睦を深めるのもいいですね」


「そうか、相川くん狙いだったか」


「そんなことないですよ」


「じゃあ、日向くん?」


「そんなことないですよ」


「もう、そればっかり〜!」


「ふふふ。行ってきますね」


 適当に友達をあしらい、取材に行く。


「何かあったのですか?」


「日向さんが首を振りすぎて、目を回したみたいなんですが、目を回した後も首を振ろうとしまして……」


「それで見つめ合っていたのですか」


「はい。目が回った時は一点を見つめれば良いと聞いたので、見張りのついでにやってみました」


 だとしても、見つめ合う必要はないと思われる。だが、ネタとしては最上だ。


 だが、もう少しネタを作ってもいいだろう。


「それでは、こんな話は聞いたことありますか?」


 いやらしく緩みそうな顔を引き締めて、相川に向かって言う。


「八秒間見つめ合うと恋に落ちる」


 八秒以上見つめ合ってたよね?恋に落ちた?どうなの?


 わくわくを抑えて、答えを待つ。


「フッ!私に八秒も要りません。一秒あれば落とせます!」


 やけにキザったらしくて残念だった。イタかった。


 顔がいいから様にはなってるけど、イタい。


 思わず真顔になった顔を取り繕い、平井は日向を見る。コッチならいい反応を貰えそうだと思ったから。

 しかし、それは日向の呟きで裏切られる。


「かっこいい……」


 日向はいい反応をしていた。顔を真っ赤にして、目を潤ませて相川を見つめていた。

 恋する少女のような反応。いい反応なのだが……。


(あのクズみたいなセリフで……その顔はないわ……)


 昨日からの言動で、なんとなくバカっぽいと思っていた。

 

 おそらく、何も考えていない。

 何も考えずに、綺麗な顔とキザったらしい言葉に誤魔化されたのだろう。

 そういう所も可愛いとは思うが、クズ男に騙される少女の図で、好ましくない。


 (はあ……萎えた……)


 二次元だったら良かったのだが、現実で見ると危うさしか感じない。


 危うさを見せつけられたら、この二人で楽しめない。

 楽しんでいる間に、危うさを思い出して萎えてしまう。


「平井氏、気持ちは分かるでござるよ」


「尾田くん……」


 平井と尾田くんは同じ中学で、オタク仲間として交流はあった。オタクバレを危惧して、表面上は避けていたが……。


「尾田さんと平井さんはお知り合いですか?仲が良いように見えます」


「知り合ってはいますが、話したのは初めてです」


「平井氏は、非オタグループの中心人物。ワイは、オタクグループのリーダー。お互い、目立ってたでやんすよ」


「そうだったんですね」


 相川が納得できたなら、墓穴を掘る前に話題を変えたい。オタクバレはしたくない。


「相川さんと獅童さんはお知り合いですよね?困らせる様なことを言って、随分と仲がいいように見えました」


「ええ。中二の時から交流があります。妹たちを守るために護身術を教えて貰っていたんですが、先輩がよく獅童さんを困らせていたので、私も便乗しちゃいました」


 噂をすれば何とやら。獅童と深山が来た。


「傍迷惑な便乗だな」


「本当だよ。困らせるなら、私が見てる時にしてよ!困り顔のマコちゃん見れないじゃん!」


「ミヤは……はあ……」


「分かるでやんすよ、獅童氏。呆れると言葉を失うでやんす」


 さっき体験した。

 尾田くんは、短時間に「引く」「呆れる」「救いようがない」を体験して、同情マンなっていた。


「日向が目を回したのだろう?様子はどうだ?」


「顔が熱くて、ボーッとしている様子があります」


 獅童は、相川の報告を聞きながら、日向の顔を覗き込む。

 ついでに、深山も日向の顔を覗き込む。そして、気づいた。


「これ、アイちゃんが落としたんじゃない?」


 恋に。


「落としちゃいましたか……。妹のメイクと弟のヘアセットが男を狂わせる……なんて、罪深い兄弟なんでしょう……」


「うん、そうだね……」


 相川含めて、人の気持ちを弄ぶ罪深い兄弟だ。


「まあ、マコちゃんが盗られないなら、それでいいね!」


「いや!取らないからね!?」


 ここでやっと日向が復活するが、もう遅い。


 日向の叫びを無視して、深山が獅童を引っ張って教室を出ていく。


 平井も、逃げる機会を逃さず退散。それに続いて、尾田も逃げる。


 日向の前には、相川だけが残った。


「日向さん。気持ちは嬉しいのですが、私には愛する妹がいます」


「え?」


 告白した流れになってる?しかも、妹を理由に断れるの?


 日向は混乱した。


「妹という者がありながら、他の方と浮気をする訳にはいかないのです」


「え?」


 もしかして、妹と付き合ってるの?シスコンなの?


 日向は引いた。


「日向さんの気持ちは嬉しいのですが、お応えすることはできません。すいません」


「う、うん」


 相川が、教室を出ていく。


 それを見届けて、やっと状況が飲み込めた。


「告白してないのに振られて、しかも好きな人がすごくシスコンだった……」


 口に出して、気づく。


「いや!なんで男子を好きになってるの!?うわああああああ!」


 教室に人が居るのもお構い無しに叫んだ。

 


 日向のホモ疑惑が広まるのは、少し先の話。




 ………………………………………………




 日向が絶叫した頃、藤本は校長に話しかけられていた。


「頼んでいた、生徒の様子は、どうですか?」


「特に問題はありません。意外と、相川さんが緩衝材になってくれています」


「ああ、相川さんですか……」


 校長がクラス決めをする際、面倒みの良さそうな相川を問題児と一緒のクラスにしたのだ。


「相川さんと、獅童さんを 、同じにしたのは、正解でしょうか?」


「私は、正解だと思います」


「それは、良かったです……」


 相川が生徒指導室に呼ばれたと聞いた時は失敗かと思ったが、目論見は果たせそうで良かった。


「平井さんの様子は、どうですか?」


「およそ、校長の狙い通りです」


「そうですか……万が一の時は、頼めそうですね。……頼まないに越したことはないのですが……」


「そうですね」


 波風立たないのなら疲れなくて済む。

 まあ、人生そんなに甘くないが。


「ところで……ご結婚されるのですか?」


「いえ、しませんよ」


「そうですか……では、『新婚さんになったら、赤ちゃん百人できるかな』と――」


「できるか!」


「……びっくりした」


「あ、すいません。つい……」


「いえ、不躾な発言でした。よく考えたら、セクハラとも取れる発言でしたね。すいませんでした……」


「いえ、お気になさらず」


「いえ、本当にすいませんでした……校長として恥ずかしい限りです……」


「いえいえ」


「いえいえ……」


「「いえいえいえ」」


 いえいえ合戦になってしまった。

 藤本としては、生産性のない無意味な時間は疲れるだけで無駄。この話は打ち切るに限る。

 

「ところで、校長。実は、私もセクハラと取れる発言をしていまして……」


 藤本は、昼の『できることヤレば出来る』を校長に語った。


「確かに、そう取れるのですが、先生たちの関係だと、セクハラに当たらないのではないかと、思います……」


「ですが、気になってしまって……」


「でしたら、謝罪するべきかと……。ただ……先程の話に戻るのですが、生徒に囃し立てられて、満更でも無いというか、嬉しそうに聞こえました……はい……」


「そうですか……一気に、謝る意思が失せました」


 気にしてないのなら、謝る意味がない。生産性のない行為は疲れるだけ。やりたくない。


「正直、お二人のことが気になってるんです。私は、藤本先生達を、仲間だと思っていますが、教え子とも思っているんです。困っているなら、助けたいですし、力になれるのなら、頼って欲しい……」


 そのために校長は、藤本に好き嫌いに気づく方法を教えた。自分の気持ちに気づけば、二人の仲が進展すると思って。

 でも、仕事を理由に止めてしまった。二人の仲も先輩後輩のままだ。

 余計なお世話だとしても、二人の関係が進むことを望んでいる。


「それで、さっきのセクハラ発言になってしまったんですけど……」


「それは、気にしないでください」


「ははは……」


 気にしないでと言われても気にする。

 ニュースで、セクハラ問題はよく目にするのだ。校長という立場が、無関心で居させてくれない。だが、それよりも、校長には言わなければいけないことがある。


「まあ、その事は、一旦置いといて……ですね。……また、好き嫌いの練習をしませんか?」


「やりません。仕事に支障が出ますので」


「先生が思っているほど、支障は出ませんよ。私は、かなり選り好みしますけど、学園は運営できています」


 この学校は、校長が好ましいと思った人しか働けないし、入学もできない。

 この学園で、一番選り好みしている人が校長なのだ。


「好き嫌いも、仕事に重要な要素です。先生の仕事が好きなら、もっと頑張れる。嫌いなら、転職すればいい。私は、藤本先生にも、幸せ探しをして欲しいんです」


 先生が生徒に幸せを問う。それが、この学園の在り方。

 

 生徒の将来を一緒に考えるのが、先生の務め。

 だからと言って、先生が自身の将来を蔑ろするのは違う。そんな姿を生徒のお手本にはしたくない。


 個人的にも、仕事的にも、藤本には幸せになって欲しい。


 だが、藤本にそのつもりはない。


「考えておきます」


 答えの先延ばし、もしくはお断りの常套句。


 やる気のない人にいくら呼びかけても、意味が無い。やらないと決めている様なものだから。

 

 校長は肩を落として、引き下がった。

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