第21話 それぞれの趣味
「尾田さーん。可愛い妹と弟が出るゲームを教えてくださーい」
教室に戻った相川は、オタクの
「弟が出るゲームは知らないでやんす。妹が沢山出るゲームでいいでやんすか?」
「あ、じゃあ、それで」
尾田くんが紹介したゲームは、『ヴィーナス リトルシスターズ』女神が妹になって登場する、コマンドアクションゲームだ。
「このゲームはたくさんの妹が出るゲームで、妹好き必見の――」
「――あ、もういいです。ありがとうございました」
「あ、うん……」
(興味あると思ったのに……紹介してって言われたのに……もういいって……)
尾田くんが落ち込んでいる間に、相川はスマホを操作して紹介されたゲームを見つけ出す。
無料スマホゲームで、すぐに始められる。なので、すぐにインストールしようとしたが、一応、尾田くんに確認する。
「これですか?」
「あ、うん。それでやんすよ」
「わかりました。インストールしますね」
「興味はあったんでやんすね。てっきり、聞くだけ聞いて、キモイと思われたのかと……」
尾田くんは、クラスメートや知人から、ゲームやアニメの話を振られては、キモイと言われてきた。
相川に「もういい」と言われ、今回もそうなんだと落ち込んでいたのだ。
「妹に限って、そんなことはありませんよ。むしろ私は、キモイと言われる側です!」
「相川氏。ドヤることではないでやんすよ」
尾田は呆れてツッコミを入れる。
だが、度が過ぎる妹好きだとも考えられる発言を、胸を張って言うその姿は、オタクとして好ましく思った。
「尾田さんは、自慢できるほど好きなことってありますか?」
「いや、好きな気持ちは、自慢するものじゃないでやんすよ。自分で満足するものでやんす」
ただし、尾田の場合は、他人に引かれるから自己満足している節がある。
「じゃあ、尾田さんが自己満足で好きな物ってなんですか?」
「自己満足で好き……」
聞いた事ない表現だ。ちょっと戸惑った
「ワイは二次元が好きでやんす。ゲーム、アニメ、ラノベ、マンガ……とにかく、二次元全般でやんす。あ、でも、BLは無理でやんす。逆に百合は大好物でやんすけどね」
「そうですか。ストライクゾーンが広いですね。私は妹と弟に偏っているんですよ。女装とか、妹たちが喜んでくれるから好きになっただけですし……」
もし、妹たちに引かれるようになれば、あっさり嫌いになってしまうだろう。
「本当にシスコンでやんすね……」
「ええ、もちろん!」
「それでドヤる人に会ったの、相川氏が初めてでやんす……」
普段、尾田の方が引かれるのだが……。
「引くと言葉が出なくなるんでやんすね」
引く側の気持ちを少し理解した。これは、近づきにくい。
「そうなんですよ。私もよく、先輩の言葉に引いているんですけど、かける言葉が無くなるんですよね〜」
「そうでやんすかー……」
(相川氏に引いてるんだけどなー……)
自分と相手の温度差というか、話のすれ違いというか……自分と違う価値観を感じて、尾田は更に引いた。
そして、思った。相川の言っていることは正しい。
現在進行形で、相川にかける言葉が無くなっているのだから、紛れもなく事実だ。
ははは……と二人でカラ笑いをしていると、日向がやって来た。
「どうしたの?元気無い笑い方して……」
「ちょっとしたカルチャーショックです」
「かるちゃーしょっく?」
日向には難しい単語だったようだ。
疑問で言葉を無くしている間に、話を変える。
「日向さんの好きな人は誰ですか?」
「え?それは――」
脳裏に深山が過ぎった。というか、居座った。
(違う違う違う!獅童くんの彼女はダメ!)
日向はあまり異性を意識しないが、獅童への度を越した言動が嫌でも異性というものを意識させた。
今の日向は、異性=深山なのだ。
日向は頭をブンブン振って、頭から振り払う。
それを見れば、当然察するもので……。
「おお?居るんですか?誰ですか?」
「いやあ!?いないよお!?」
と、否定しつつ、深山が脳裏を埋め尽くす。
(だから、違うんだってぇー!)
再びブンブン頭を振って、頭から振り払おうとするが、上手くいかない。
考えちゃいけないと思うほど、考えてしまう。
「教えてくださいよぉ。友達じゃないですかぁ」
「だから!いないって!」
ブンブン首を振って否定するが、次第にそれが深山を頭から追い払うブンブンに変わっていく。
ブンブンが止まらない!
「なんか可愛いですね。撫でたくなります」
小動物系女子(男子)の顔ブンブンには、小動物的な癒し効果があると思われる。
しばらく癒されていたが、唐突に終わりが来る。
率直に言って、脳が揺れた。
「……ぁ」
「おっと!」
フラついた日向を、相川が抱きとめる。
それは、相川が日向を胸に抱いたような構図だった。
未だに力が入らない日向は、力無く首を仰け反らせて、されるがままになっていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん……」
覗き込むように見てくる相川を、ぼーっと見つめる。
可愛くて、優しい笑顔に心が包み込まれるようだ。
スッと垂れる髪はまるで、日向と相川の世界を作り出すカーテン。その世界を証明するように、花の香りが鼻をくすぐる。
相川しか見えず、相川のことしか考えられず、力強く抱く腕に身を委ね、優しい笑顔に心を溶かし、全てが相川に飲み込まれていく。
ドキドキと安心感。身を委ねる心地良さ。
(これが、恋…………いやいやいや!!男だよ!?恋愛対象外だよ!?正気になって!?)
首を振って、考えたことを頭から追い出そうとした。
しかし、それを相川が止める。
頬に手を添えて、クイッと顔を合わせる。
「首を振ったら、また倒れますよ」
「ふわあぁぁ……」
日向の顔がとろける。
顔をそらしたくても、手で抑えられてるから無理。体に力が入らないから、手で顔を隠すことも出来ない。
ただただ、人に見せられない顔を、相川に見られ続ける。
すごく恥ずかしいけど、抵抗できない。相川に支配されているみたいで、なんか変な気持ちだった。
「とりあえず、椅子に座りましょう」
相川が腕を回したまま持ち上げて、抱っこで椅子まで運び座らせる。
まるで、お姫様になった気分だった。
相川が、電話で獅童を読んでいる。その綺麗な横顔をじっと見つめる。
(相川くんなら……いやいやいや!)
また、首を振ろうとした。
それを察知した相川が、手を添えて阻止する。
「日向さん。安静にしてください」
「ふぁ、ふぁい……」
日向はトドメを刺された。
いくら首を振っても、この気持ちは否定できそうにない。
「ワイは何を見せられてるんだ……」
見た目は百合だが、中身は薔薇。
明らかに百合な本を買ったら、けっこうガチのBL本だったみたいな残念感。
百合は大好物だけど、BLは無理。
尾田には不評だったが、好評だった人もいる。
「平井さん、聞いてる?」
「も、もちろん。聞いてますよ」
聞いていた。友達の話も、相川と日向の会話も。
友達の話に相槌を打ちながらも、視線は相川に向く。
今は、相川が両手で日向の顔を包み込んで見つめ合っている。
(相川さんが、可愛い顔してイケメンすぎる!!)
BL好きな腐女子で、実在の人物が登場するナマモノも嗜み、女子を男体化して楽しむ猛者。
女子を男体化していたら、百合にもハマった経緯を持つ。
表向きは、大人しくて聞き上手な頼れるリーダーだが、裏ではドギツイことを考えている。
平井の裏を知っている同志からは貴腐人様と呼ばれ、一目置かれている。というか、距離を置かれている。
「平井さん、やっぱり聞いてないよね?あの人が気になるの?」
「そんなことないですよ」
「ええ〜。でも見てたじゃん。えっと、相川さんと日向さんだっけ?どっちが好きなの?」
ちゃっかり、尾田くんはスルーされた。
「別に好きという訳ではないですよ」
後で楽しむため、記憶していただけだ。
(今夜が楽しみです)
平井は友達の追求をのらりくらり躱しながら、相川達を見続けた。
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