第20話 幸せ探し
生徒集会や学年集会は、校長がスピーチをすることが多い。
そしてその内容は、校長が言ってはいけないような話になることが多い。
「皆さんにはですね……勉強をして欲しくないなあ〜……と、思います……」
校長自身、ダメなことを言っている自覚があるのだろう。弱々しく、尻すぼみになっている。
体育館は、地味にザワザワしている。
校長が言うはずの無い言葉を耳にして、思考停止している人が大半。隣の人とコソコソ喋っている人、そもそも聴いていなかった人も居る。
うるさくない程度にザワザワしているまま、校長は再び口を開く。
「歴史の授業、国語の読取り、数学の方程式……あれって、何の役に立つんですかね?ははは……」
それは、校長が言っていいセリフじゃない。
ははは、と生徒も笑う。苦笑いだ。
「歴史は、今までの失敗、成功、そういったものが学べます。……今とは時代が違うので、応用がとても難しいですが……現代でも、やってはいけないことを習うので、そういったことは、ぜひ覚えてください。お願いします」
やっと校長らしいセリフが出て、安堵か何かよく分からない笑顔が、あちこちに咲き始める。
「国語の読み取りは、文章に慣れるのが目的です。……必要な情報を抜き取る、語彙力を付ける。そういった狙いがあります。……どうせなら、お笑い芸人のネタを教材にして欲しいですよね。綺麗な文章は眠くなります……」
クスクスと笑い声が聞こえる。
それによって、話を聴いていなかった人が思考の海から引き上げられる。
何があったんだろうと、話に耳を傾け始めた。面白い話は聴き逃したくない。
「どうせ、国語の勉強をするのなら、好きなゲームの攻略本、ダイエット本、嫌いな人をギャフンと言わせるのに役立ちそうな実用書、そういった物を参考書にして欲しいです。……綺麗な文章は学びが少ないですからね。しかも、今の自分には必要ない」
おどけて見せれば、生徒が笑う。掴みは上々。大半の生徒はしっかり話を聴いてくれそうだ。
生徒からすれば、校長が不満を代弁してくれるのが嬉しかった。
勉強なんてしたくない。つまらない。それをやれと強要されるのが堪らなくムカつく。だから、勉強をしろと言う先生を好きになりにくい。
だが、校長は勉強をして欲しくないと言った。何の役に立つんだと言った。
そして、何故勉強するかを言いつつ、不満も言う。生徒に近い考え方。それが、新鮮だった。
古臭い匂いがする部屋に、新鮮な空気が入り込んできたような清々しさ。校長の話という風が心地いい。
「数学は、考える力を養います。グラフや図の解読も重要です。……だったら、体重や運動時間、睡眠時間を記録して、様々な角度から考える方が、有意義だと思います。……ダイエットに役立つ勉強っていいですよね?」
たまに質問すると、話を聴く人が話に集中しやすいという。
しかし、お笑い芸人並……ではないが、ツッコミとオチを入れる校長の話は、聴く人を釘付けにして逃がさない。質問は必要ないだろう。
「しっかり勉強をすれば、名門大学にも、大企業にも入れます。ですが、それが幸せとは、思えません」
ここからは、オチがない。ただのお願い。
飽きられる前に、少し早口で締めくくる必要がある。
校長が息を整え、大きく息を吸う。
「大企業に就職して、過労死したという話を聴きます。大企業でなくとも、過労死の話はあります。大学に行かずとも、幸せそうな人はいます」
世の中の考えは偏っている。
社会が理想と掲げるものを指さして、考え無しに皆が理想と言うから。
集団心理に飲み込まれ、違うと思っても羨ましく感じる。
羨ましく感じるのは何故か?自分が幸せじゃないからだ。
なぜ、幸せじゃないのか?大多数の言葉を信じて、理想を持てない、自分の幸せが何か考えないからだ。
「私は、皆さんに幸せになって欲しい。何が幸せか考えて欲しい!その幸せへの道筋を、この学校で作って欲しい!学校の勉強なんて片手間でいい!自分を幸せにできる勉強をしてください!よろしくお願いします!」
強く言い放って、深々とお辞儀をする。
最初の弱々しさが嘘のようだ。
急な変化に付いていけない生徒を置いて、校長は壇上から降りた。
………………………………………………………
「びっくりしましたね。あの校長先生、ハキハキ喋れたんですね」
「ああ、アレには驚いた。だが、それより、あの話は興味深い」
学年集会が終わり、そのまま体育館でホームルームをして解散。
今は、体育館でゆったりくつろいでいるところだ。
「学校の勉強より、幸せの勉強ですか?獅童さんそう言う斜め上の考えとか好きですよね。斜め上に飛んでいってる先輩を好きなのも同じ理由ですか?」
「お前な……」
毒入の言葉を投げた
「あ、ということは!」
パンっと手を打ち鳴らせて、相川が微笑む。絶対ろくな事言わない。
「斜め上に飛躍する私の事も大好きなんですね!また先輩に恨まれちゃいますぅ。どう責任とってくれるんですかぁ?」
ニヤニヤ、語尾伸ばしで訊いてくる。顔が良くて、可愛いと思ってしまうのが、余計イラッとする。
殴りたい、この笑顔。
「ミヤと二人で、お前が倒れるまで組手をしてやる。三ヶ月もすれば、指導者としての責任は果たせるだろう」
「ああー……責任取らないでくださいね。ちっとも嬉しくないので。はい」
ムカつく顔が引きつり笑いになったことで、溜飲を下ろす。
「そろそろ移動しよう。部活動生が来たようだ」
「そうですね。移動しましょう」
相川はのろのろと立ち上がる。
登校初日ということもあって、知らずに緊張していた。
それ以外にも、告白されたり、生徒指導室に呼ばれたり、
学校終わりの疲労感。そして開放感とワクワク。
悪くないそれを噛み締めながら、のろのろ歩く。
「そういえば、お前の幸せって、妹と弟以外にあるのか?」
「う〜ん……強いて言うなら、ふざけている時間ですね。あと女装です」
「ふざけている自覚はあるんだな」
「当たり前じゃないですかぁ〜。真面目な時は真面目ですよ。真面目と不真面目の境が曖昧ですけど……」
「ダメではないか……」
獅童は嘆息する。
「いきなり、私の幸せ聞いて、どうしたんですか?先輩のこと以外どうでも良くて、それ以外の幸せが分からないんですか?」
「………………まあ、そうだな」
制服をパタパタしながら答える。こうすると、ポケットに入っているボイスレコーダーが音を拾えなくなる。
深山に聞かれたくない時にやる仕草だ。
「どうして、それを隠すんですか?聞かれても問題ないでしょうに」
未だに制服パタパタしている。あまり長いと深山が泣きそうだ。
「負けたくないんだ。何一つミヤに勝ててない」
実は、勉強でも、武術でも、恋の駆け引きでも、獅童はミヤに負け続きだった。
「そういう劣等感が負けの原因ではないですか?先輩、藤本先生の口車にのせられて、今以上に飛躍しようとしてますよ。このままだと、手の届かない存在になりす」
学年集会の前、深山が降年すると言って、藤本に諭された。
あの時、表情の消えた顔をしていて、それは、普段の深山が見せない表情で、深い知性を感じた。
「落ち込んでいる暇はないか……」
獅童はパタパタを止めて普通に歩く。
「私も、考えないといけませんね。兄弟離れしないと……」
兄嫌いも始まるかもしれない。
そうなった時、相川の幸福度は減るだろう。
そうならないために、もしくは、そうなった時のために、自分というものを考えないといけない。
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