第18話 獅童は相川に勝てない


「え!?藤本先生、好きな人いたの!?」


「はい。まだ付き合ってないそうですけど、一年後か二年後ぐらいに付き合うそうです」


「今すぐじゃないんだ」


「仕事に支障が出るのを嫌っているみたいです」


「おお〜!大人っぽい!」


 体育館に向かう途中、相川悠里あいかわゆうりは、日向ひなたこころに生徒指導室でのことを話していた。


「自分のことより、仕事を優先するってカッコイイね!」


「ダメだよ。そんなこと言ったら離婚だよ。離婚」


「おい、ミヤ……」


「いい機会だからマコちゃんもしっかり聞いてて!」


 日向の言葉に深山深夜ふかやまみやが文句をつける。そして、獅童誠しどうまことにも飛び火する。


「仕事があるからって、家事を押し付けて、子供の面倒も見ないって、かなりムカつくんだよ!」


「ああ〜。テレビで聞きますよね〜。そういう話」


「藤本先生なら家事も子育てもバッチリなんじゃない?」


「そういう話じゃないの!」


 そういう話になってたと思う。

 認識の違いで、男子三人と深山の間に深い溝ができる。


「プライベートも大切にして欲しいの!疲れているからって、放置されたくない!放置は10分まで!それ以上はプレイじゃなくて拷問なの!」


「それを、人が多いところで叫ばれる方が、拷問なんだが?」


 廊下は体育館に移動する一年生で溢れている。

 そんな所でプレイだなんて叫ぶ人の知り合いだと思われたくない。たとえそれが、彼女であったとしても。


「マコちゃん。私ね、もっとマコちゃんと一緒に居たいの。イチャイチャしたいの。授業中ボイスレコーダーを聞くだけじゃ満たされないの」


「授業中はボイスレコーダーを聞くな」


 深山が聞いているボイスレコーダーは、獅童が持ち歩いている物。

 放課後、家に帰ってから深山にボイスレコーダーを渡し、深山から予備のボイスレコーダーを受け取るのが日課だ。


「私も一年生になりたい!マコちゃんと一緒に授業受けたい!授業を受けてるマコちゃんを眺めていたい!」


「授業に集中しろよ」


 それと、視線が痛い。

 視線以外にも「アレはないわー……」「キモっ」っていう言葉が精神を削る!

 お願いだから、喋らないでくれ!心の中で叫んだ。


「相変わらず愛されてますねぇ、獅童さん。おほほほほ」


「な、なんていうか、愛し合っているならいいと思う!」


「相川、お前楽しんでるだろ。日向、いいかどうかは聞いていない。勝手に決めないでくれ」


「あ、ごめん」


「まあ、まあ。落ち着いて。楽しみましょうよ。獅童さんへの羞恥プレイは始まったばかりですし!」


「おまえ、後でおぼえておけよ」


 即、謝った日向は許すが、楽しんでる相川は許さない。絶対に目に物見せてやる!


「ねえ、マコちゃん。飛び級して私のクラスに来ない?」


「できないだろ。飛び級は海外の制度だ」


「だよねー。私が留年するしかないよねー」


「留年だと、一緒のクラスになるのは来年だな」


「1年も離れ離れかー。1年生に戻るしかないかー。よし!降年しよう!あれ?降年って言うのかな?」


「どうでもいいだろ……」


 降年だろうが何だろうが、無事に二年生になった深山とは無縁な話だ。


「そうだね。確かにどうでもいい」


「そうだな。どうでもいい」


 どうでもいいのだ。留年も降年もないのだ。現実を知って落ち着いたか。

 獅童は、ひと仕事終えたとばかりに息を吐く。今度は上手く暴走を抑えられた。


「今は、体育館に居るよね。校長のことだし……」


「ミヤ?」


 何を企んでいるんだ?校長がどうした?

 

 疑問が頭を埋めていくが、口から出ていかない。声が出ない。

 聞いたら答えが出る。その現実から目を背けるように、問いかけるのを心が拒んでいる。

 

 現実逃避をした所で結果は変わらないのだが、安心した直後の心が口を塞いで問いを許さない。


「ちょっと一年生に戻れないか聞いてくるね!」


「ミヤ!?」


 深山が体育館へ駆け出していく。


 やりやがった。とんでもないことをお願いに行きやがった。

 止めたいが、現実逃避中の心が未だに口を塞いで体にもブレーキをかけている。


 獅童は追いかけることも出来ず、右手を宙にさ迷わせた。


 走って遠ざかる深山を見て、自分から離れていくようで、悲しい寂しいと心が泣く。


 そんな獅童を笑うように相川がパシャパシャ写真を撮る。


「ふふふ。寂しそうな獅童さんなんて久しぶりに見ました。イケメンの寂しい顔は絵になりますねぇ〜」


 コイツ絶対に許さない!


「ちょっと、相川くん。面白がっちゃダメだよ!」


 日向が手でスマホのレンズを遮ろうとする。

 そんな日向のお陰で、獅童は少し冷静になった。


 相川をしばくのは決定事項だが、今すぐはダメだ。ちゃんと場を整えてしばかないと、相川と共倒れだ。


「こんなイイ男を一人にしたらどうなるか、先輩に思い知らせないと……うふふふふふ」


「もう!相川くんダメだって!」


 相川は獅童の腕に抱きつき、密着して自撮りする。

 肩に頭を置いたり、とろけ顔を獅童の顔に近付けたり、そのままキス顔をしたり、やりたい放題。


 上からのアングルで撮影していて、日向が必死にジャンプするが、背が低くカメラを遮れない。

 むしろ、必死に写真に写りこもうとしているように見える。


「おい、相川。俺がボイスレコーダーを持っているのは知っているよな?」


 入念に準備してボコろうと思っていたが、それだけでは足りない。徹底的にやってやる!


「別に、先輩に聞かれても不利なことはありませんよ?聞かせるならお好きにどうぞ?」


「なら、トイレでの騒ぎと、生活指導室での会話を、お前の妹と弟に聞かせてやる」


「な、ななんあ、なんてことを!?」


 それはダメだ!セクハラの証拠と、生活指導室に呼ばれた音声と、怒られている音声が知られれば、自慢のお兄ちゃんとしての立場が揺らぐ!


 真っ青な顔で獅童に縋り付く。


「ど、どうか、それだけは……いくらでも体で払うので……」


「……お前、実は余裕だろ」


 なぜ、体で払えば許されると思っているんだ。

 絶対、ノリで言ってる。やられ役の定番のセリフだからとかそんな理由で。


「よく考えてください、獅童さん。あんな悲しい顔をさせたとわかれば、先輩も反省します。先輩は獅童さんが大好きですからね」


 相川は口から出まかせに言った。

 ここで誤魔化さないと、確実に妹弟に音声を聞かされる。


「そうだとして、ツーショット写真はどう言い訳するんだ?」


「さっき言った通りですよ。先輩が居ない時は極力私が守りますけど、完全では無いですからね。先輩がいる時は気が緩みますし、その直後は一番危ないんです。せめて、バイバイは言って離れてもらわないと、私の切り替えができません。獅童さんも、バイバイを言って離れたら、あんなに悲しくはならなかったでしょう?」


「…………まあ、そうだな。面白がっていると思ったが、ちゃんと考えていたんだな」


 よし!誤魔化せた!


「当然じゃないですか。私そんなにバカじゃないんですから〜」


 はははと笑いながら、相川は息を吸う。

 緊張で心臓がバックバクで呼吸も苦しい。


 獅童は騙されやすいから、もう安心していいが、少しでもバレないようにしたい。バレたら音声以外にも報復処置を準備されそうだから。


「というわで、獅童さん。続きしましょう?」


 いつも通りの自分を見せて、呆れさせる。それと、さっきまでの事は正当性があるとダメ押しのアピールする。


「もう十分だろ。行くぞ」


「つれないですね〜」


 内心ほっとしながら、獅童の横に並ぶ。


 話についていけなかった日向が、トテトテと二人の後を追う。


「えっと、仲直りしたの?」


「どうなんですか?獅童さん?」


「ん?まあ、そうなんじゃないか?」


「だそうです」


「よかったー!」


 本当に良かった。

 

 獅童は少しだけ頑固なところがあって、自分の発言は撤回しないことが多い。

 獅童が解決と言えば解決だ。脅威は去った。


 これでお終いだと、相川は思った。ツーショット写真に深山が怒ることなんて考えずに。

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