第17話 何人でしょう?


 相川の指導が終わり、藤本渡ふじもとわたるは職員室に向かっていた。その途中、同僚に呼び止められる。


「ついにプロポーズしたそうですね」


「してませんよ」


「そうなんですか?今、二年の教室がすごく盛り上がってますよ」


 ニヤニヤしながら言っている。絶対、揶揄うからかう気しかない。


「二年後、気が変わっているかもしれないと言っただけです」


「へえ、気が変わるんですね~」


 同僚がニヤニヤしすぎてスケベ顔みたいになっている。


「そうかもしれないと言うだけですよ。感情は分かりませんが、分からないだけで感情はあります。そのうち分かるでしょう。さすがに」


「そうですか」


 まだ、ニヤニヤが収まらない。むしろ、深まった気がする。まだ何かあるのだろうか?


「クラスの前を通った時、『私たちの子供だけで三十人のクラスを作って、夫婦二人で授業をしよう』ってプロポーズしたって聞こえたんですよ。本当ですか?」


「そんなわけないでしょう。サッカーチームより規模がでかくなってるじゃないですか……」


「おお!『サッカーチーム作ろう』って言ったんですか!」


「言ってないです。生徒が言ったんです」


「え?じゃあ『子供百人居てもおってもだいじょーぶ!』っていうのは?」


「言うわけないでしょ。どんだけ規模が大きくなってんですか?」


「私が聞いたのは百人までです。なんでも、『できることをやっていたら、自然とできる』って藤本先生が言ったらしいですよ」


「出来ることをやってたらって……あっ、アレかぁ〜」


「え!?言ったんですか!?」


 それこそ冗談だと思っていた。藤本がそんなことを言うとは思えない。


「頑張るって言われたんです。それで、いつものように……」


「ああ〜!!なるほど!!私もよく言われましたねぇ〜!出来ることをやれば、必ず結果が出るって!」


 なんだ、そうか〜!と笑う同僚と打って変わって、やってしまった〜……と藤本は冷や汗を流した。


 まさか、生徒のセクハラを叱る前に、自分が後輩にセクハラしたとは思ってもいなかった。



 ………………………………………………



 藤本が冷や汗を流す頃、相川悠里あいかわゆうり獅童誠しどうまこと深山深夜ふかやまみやは教室の前まで来ていた。


『誰であろうと、必ず救う!魔法少女、カランコエ・ハート!』


『『『キャー!!かわいいー!!』』』


「ふふふ。楽しそうですね」


「そうだね」


 深山は相川に相槌を打ちながら、獅童にしなだれ下腹を擦る。


「ねえ、あなた〜。私たちの子供もあんな風に元気に育つかな~?」


「ふん。子供も居ないのに気が早い。そこにあるのは排泄物だろう?」


「は、排泄物って……」


 たしかに腸のあたりを擦っていたが、架空の赤ちゃんを排泄物扱いされたようで、ちょっと傷つく。


「獅童さん、今のは無いですよ。乙女に向かって排泄物だなんて……先輩はトイレじゃないんですから。ねえ?先輩」


「トイレ……マコちゃんのトイレってなんかエロい」


「え??先輩??」


 深山の新たな変態性を目の当たりにした。


 ドン引く相川と、しなを作る深山を無視して、獅童は教室の扉を開ける。


「変!身!」


 教室では、日向ひなたこころが鉄仮面ライダーの変身モーションをやっていた。


 日向の変!身!を見ると和む。深山の変!態!は見たくない。


 相川は癒しを求めて日向に近づく。


「ま~ぜ~て~!」


「あ、相川くん!どこ行ってたの?」


「生徒指導室に行ってました。あっ、そういえば葉月さん、朝はトイレですいませんでした」


 葉月はチャラ男くん葉月健一はづきけんいちのこと。相川がトイレでセクハラした男子だ。


「いや、大丈夫っすよ。男だって知らなくて、取り乱しただけっすから」


「僕がハッキリ男だって教えていたら……」


 伊藤牧いとうまき 、健一が告白前に話していた真面目くん。

 伊藤がハッキリ男子と教えていれば、あんなことは起こらなかったと気に病んでいる。真面目だ。


「いや、気にすんなって、伊藤!気を使ってくれて嬉しかったすよ!それより、相川さん!俺のことは健一って呼んでくれ!葉月だと、呼ばれているのが俺なのか、女子なのか、わからねえからな!」


「では、女装した時だけ、葉月さんと呼びます」


「いや、女装しないっすからね!?」


「それより、次は何するんですか?魔法少女の変身シーンですか?鉄仮面ライダーの変身シーンですか?エンディングのダンスですか?」


「うーん……みんなどうする?」


「ダンスできるなら見てみたい!」

「私も!」

「魔法少女のダンスがいい!」

「俺は鉄仮面ライダーの方がいい!」

 

 わいわい話し合った結果、魔法少女のダンスになった。

 

 相川と日向は、音楽を流し、踊り始める。

 それを、獅童と深山が自身の子を見るような目で眺めていた。


「ねえ、マコちゃん。マミちゃんも、あんな風に元気に育つかな?」


「誰だ、マミって」


「私とマコちゃんの子供。二人の頭文字から一文字ずつとってマミちゃん」


「そうか……」


 また妄想が始まったか……。今度は名前まで付いている。

 今はお腹を擦っていない。もう産まれた設定だろうか?


「男の子ならどうしよう?」


 まだ産まれていない設定のようだ。


 「……マヤ……コミ……コヤ……トミ……トヤ…………よし!マコトにしよう!」


「私と同じ名前にしてどうする?」


 親子で同じ名前にする人なんていないだろう。


「でもさ、好きなキャラクターの名前を子供に付けるじゃん?普通」


「普通では無いが、よく聞くな。そういう話」


「だったら、好きな人の名前をつけてもいいよね?」


「それは、元カレとかホストの名前を付けるって話だろ?私意外と結婚するのか?」


「そんなわけないじゃん。マコちゃんじゃなきゃイヤ」


 深山は目を瞑り、胸の前で両手を組んで、思いを馳せながら語り出す。


「マコちゃんと結婚して、子供にマコトって名前をつけて、マコトに囲まれて暮らすの。男の子なら真実って書いてマコト。女の子なら真実の『真』に、楽器の『琴』で真琴まこと。ああ、でも、子供は二人だけって限らないよね。絶対六人は超えるし、もっと考えなきゃ……」


「六人もできるのか……」


 深山の妄想力に呆れながら、踊っている相川と日向を見る。


 今は変態(深山)よりも綺麗なもの(ダンス)を見ていたい。


 美少女が華々しく踊っている姿は、目の保養になる。


(そういえば、アイツら男だったな)


 横を見ても、前を見ても変人だった。


「ねえ、マコちゃん。私達も先生みたいにサッカーチーム作っても良いと思うんだよね。マコちゃんはどう思う?」


「私はミヤが居ればそれでいい」


「もうマコちゃんったら、私のこと大好きなんだからぁ♪」


 自分を抱いてクネクネしている深山から目を逸らし、ダンスを見る。

 クネクネダンスよりキレキレダンスの方を見ていたい。


「あああ♡マコちゃんの子供百人産ませられちゃう♡どうしよう♡」


 あああ。彼女の暴走が止まらない。どうしよう……。


 現実を見せて萎えさせるか。それとも、違う話題を持ちかけるか。


 今の深山に現実を見せることが出来るか?

 むしろ、現実を見た上で妄想している感じがする。深山は意外と現実主義なのだ。


 それでは、違う話を持ちかけるか?

 そんなコミュ力獅童にはない。獅童はお淑やかなシャイボーイなのだ。


 獅童は、なけなしのコミュ力を総動員して、深山に話しかける。


「なあ、ミヤ。今の、私との時間は退屈か?」


「そんなことないよ。すっごく幸せ」


「なら、未来より今の時間を大切にしないか?」


「え〜?なに〜?かまって欲しいの〜?本当にマコちゃんは私が好きだよね〜」


 深山が獅童に抱きつき、顔にキスをする。

 何度も何度もキスをする。

 教室でそんなことすれば、当然注目されるわけで。


「うわあ。先輩大胆……」

「あの二人ってそういう関係だったの?」

「わかりませんでしたか?朝から距離近かったじゃないですか」

「え?でも、獅童くん素っ気なかったし……うわああ、耳食べてる?耳食べてない?」


 踊っていた相川と日向が獅童を見て、ダンスを見てたギャラリーが獅童を見て、教室内の変化に気づいた人が獅童を見て、クラス中の視線を集めた。

 それに構うことなく、深山は耳をハムハム。大胆に変態してた。


「ミヤ、止めろ。みんな見ている」


「いいじゃん。見せつけようよ。マコちゃんは私のだって見せつけないと変な虫がつくから。じっとしてて」


 妄想を止めるんじゃなかった……。


 獅童は深く後悔するのだった。

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