第16話 迷走


「先輩、こっちは終わったので、私も混ぜて貰えませんか?」


「性的な話がでますけど、大丈夫ですか?」


「あ、ダメです。失礼します」


 後輩先生は、女子生徒と一緒に部屋を出ていった。

 ただし、深山深夜ふかやまみやだけは残った。


「深山は大丈夫なのか?」


「どうせアイちゃんの事だし、妹に欲情した〜、とかでしょ?」


「そそそ、そんにゃことないです!」


 どもった。噛んだ。こいつマジかって、みんな思った。


「え?マジなの?」


 深山は思うだけでなく、口に出した。


「今は、その話じゃないです!獅童さん!話の続きを!」


「ああ」


 相川家の家庭の問題から目を背け、獅童誠はスピーチを始める。


「相川は、自分の好きなことを優先する傾向がある。その上、行動的で後先考えない。思ったことがそのまま、言動になる」


「待ってください。私はちゃんと考えて行動しています」


「ちゃんと考えてやったのなら、お前は本物の露出狂だ」


「ぐうっ……!それは……」


「考えていなかったな?」


「……考えたものが、短絡的でした」


 精一杯の反論は、虚しいほど弁明になっていない。


 相川は悪。そんな流れになってきた。

 その流れを、藤本は見逃せなかった。

 

 意見が偏ると、考えが固くなる。視野も狭くなる。


「まあ、待て。男子の間では割とあることだ。異性の居ない、外から様子が分からない、閉鎖的空間でのことです。男子トイレでやったのは、まだ理知的でしょう」


 本物の露出狂は、屋外や異性のトイレに出没する。それを踏まえて考えると、露出狂予備軍。または、同性へのセクハラになるだろう。


「しかし、相手は嫌がっていた。それは、紛れもない事実だ」


 被害者であるチャラ男くん、葉月健一が見る気があれば痴漢にもセクハラにもならないが、彼は見ようとしてなかった。嫌がっていた。よって、セクハラになりえる。


「相手が嫌がるかどうかは、相手にしかわからない。同性間のセクハラは、男同士だから大丈夫と思った、という事例が多い」


 それは、嫌がっていたことの反論にはならない。


「要するに、相川はセクハラをしたと」


「……そうだな」


 藤本は相川の擁護に失敗した。


 しかし、スキンヘッド先生が藤本の意志を受け継ぐ。


「だが彼は、相川を女だと思っていただろう?俺も最初そう思って、極力相川を見ないように気を使った。彼もそうなんじゃないか?」


「ふむ。確かに、そういう素振りはあったな」


 擁護に成功。


「まあ、そこは本人に確認するしかないだろう」


「彼を呼ばなかったのは失敗だったか……」


「重要なのは、相川が今度どうするかだ。別に呼ばなくてもいいだろう」


「そうだな。それで、演技をするって話だったな。詳しく聞かせて貰えるか?」


 獅童は頷き、スピーチを再開する。

 

「こいつは、妹たちと、おままごとやごっこ遊びをしていたらしい。そのせいか、演技とノリが以上に高い。そして、演技していない時は、ノリでなんでもやる」


「今回のはノリで見せたということか?」


「そうだと、私は思っている」


「私は違うと思うんですけど……」


「じゃあ、なんでなんだ?」


「それは……」


 相川が考え込む。違うと思うが、それ以外の理由が分からない。あれも違う、これも違う、と答えが出ない。


 それを見て、深山が発言する。


「ねえ、マコちゃん。話が見えないんだけど、何があったの?」


「クラスの男子が相川を女だと思ってな、証拠として、その男子にアレを見せようとしていたんだ」


 うーん?と深山が首をかしげ、キョトン顔で聞く。


「それ、いつものやつじゃん。プールとか温泉行って、男って認識されないで、でも女風呂に入る訳にもいかないから、その場で脱ぐって」


 獅童は目を瞑って思い返す。そんなことあったか?


「……ああ。そうだったな。思い出した」


「なんでマコちゃんがわからないの?いつも付き合わされているのに……」


「それは……そうだ。その時は父とボディービルを始めるから、別物だと思ったんだ」。


「え?全裸でボディービル?」


「ああ」


「うわああ!マコちゃんの全裸ボディービル見たかったぁ!」


「いや、私はやってないからな。そもそも、始まる前に場を離れる……。ああ、そうか。見てなかったから、今回の件と合致しなかったのか」


 そもそも、よく行く温泉に限っては、いじられているだけだ。今回とは状況が違いすぎる。


「結局、この話の着地点ってどこなんですか?」


 相川の純粋な疑問。なんか、自分は悪いことをしていないような気がしてきた。だって、いつもやってるんだから普通だよね。


「んん?そうだなぁ…………」


「思いっきり、迷走しましたねぇ……」


 生活指導部のスキンヘッド先生と、担任の藤本渉ふじもとわたるは、腕を組んで考える。


 最初は世間話のつもりだったのに、普通に指導していた。そして、話が二転三転、ぐるんぐるん回って話の前後がわからなくなっている。


「おし!結論は出さない!」


「え?それでいいんですか?」


 思いっきり投げやりなスキンヘッド先生に、相川が驚く。これが教師なのか?


「こんだけ、ごちゃごちゃ考えたら結論が出せないんだ。すまんな」


「下手な結論を出して、それで損をするのは相川さんだけですからね。今日は、相川さんのことを知れただけで良かったと思います」


 相川は手に負えなかったともいう。


「待て。それではコイツが変わらない」


 変わらなければ、また無理やり女装される!という言葉は飲み込んだ。


「そもそも、他人を変えることが難しいんです。先生が、もっと深山さんと仲睦まじくするように言ったら、やりますか?」


「それは無理だ」


「マコちゃん!?」


「私たちは、この上なく仲睦まじい」


「もうビックリしたじゃん。私を驚かせるの好きなんだから。もう♡」


 腕に抱きつき、頭を肩にグリグリして甘える。


「少女漫画のような、甘いセリフは言えますか?」


「それは無理だ」


「もうマコちゃんったら、そんなこと言ってぇ……今度はどう驚かすつもり?」


「朝も言っただろ?私には無理だ」


「ああ……ドッキリだったら良かったのに……」


 深山が頭から机に突っ伏した。


「人には、できること、できないことがあります。できないことは個性と捉えて、受け入れた方がいい」


「しかし、このままでは何を仕出かすか分からない」


「そうならないために、上手に付き合っていく方法を探しましょう。卒業まで三年ありますからね」


「心配しなくても、同じ失敗はしないと思うぞ。今回の相川の行動は、成功体験を元に答えを出した結果だろう?失敗体験ができた事だし、次は少し考えるんじゃないか?」


「相手の人とも打ち解けていたようですし、実は騒ぐことじゃなかったかもしれませんね」


 藤本が朝のホームルーム前に教室に入った時、相川は葉月に女装を進めていた。

 葉月は乗り気じゃなかったが、相川は気にせずグイグイ進めていた。


 …………打ち解けてなかったかもしれない。


「じゃあ、そういうことで。指導終わり!」


 スキンヘッド先生が話を打ち切った。


「はあ、コイツはこのままなのか……」


 獅童は頭を抱えた。そんな夫に妻が寄り添う。

 片手で肩を抱き、逆の手で獅童の手を握る。


「正気になってマコちゃん。マコちゃんは私にだけ興味を持っていればいいんだよ」


「むしろ、それが正気じゃない」


 獅童は天を仰いだ。

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