第15話 善悪とは?


「1つずつ話をするか。兄弟のことになると、我を失う。それの何が悪い?」


「正しい判断ができません」


「他には?」


「…………」


 他にはないだろ?我を失うってそういうものだろ?相川は戸惑った。


 一方、ドルオタくん。何か言いたそうに、視線が相川と先生に行ったり来たり。


「何かあるなら言ってみろ。君が呼ばれたのは、そのためだからな」


 ドルオタくん。知らない事情を聞かされる。最初に言って欲しいものだ。

 とはいえ、ドルオタくんは面と向かって不満を言えない、お淑やかな少年。歯向かわずに、自分の意見を述べる。


「えっと。自分も相手も、傷つくことになると思います」


「それは……正しい判断が出来なかった結果では?」


 理由の言い換え。それが許されるなら、もうなんでもありだ。


「そうやって、細かく深堀していくのも、1つのやり方だ。深堀すれば沢山でてくるだろ。言ってみろ」


 許された。もう、なんでもありだ。


「では……。信用を失います。場合によっては、関係が終わります。加害者になることもあります。正しい判断が出来ても、周りとの距離はできるでしょう。周りが見えなければ、距離感も立場もわかりませんから」


「目的を見失うこともあると思います」


「あ、なるほど」


「あと、現実を見失ったり、体調を崩したり」


「そのようなことがあるのですか?」


「我を失うとは違うかもしれませんが、友達が、推しのために食事や睡眠時間を削って働いて、ライブに行けなかったと言ってました。反省はするんですが、同じことを繰り返すって」


 それは、相川には新鮮な話だった。


 自分磨きのために、食事や睡眠にも気を使っている。計画もきちんと立てる。体調を崩せば妹弟が心配するから、無理が出来ない。

 完全に意識の外だった。


「我を失うは、このくらいでいいだろ。次は束縛だ。何が悪い?」


「自由を縛ること。所謂、人権侵害だと思います」


『マコちゃんに飼われたい。犬扱いとかされたい』


 相川の発言後の間。その間に、深山の声が聞こえた。


「……あっちの話は気にしないように。相川、他には何かあるか?」


「えっと、他…………なにかありますか?」


 ちょっと、やばい話が聞こえて、思考できなかった。


『物扱いもいいよね。ちょっと、乱暴にされてみたい』


 再びやばい発言。思考を乱されながらもドルオタくんは答えた。


「…………えっと、相手を理解する気がないのでは無いかと思います」


『そうじゃなくて、私の気持ちとかお構い無しに、無理やりして欲しいの!』


「………………」


 即座に否定された気がした。


『深夜ちゃんの気持ちと関係なくは無理じゃない?深夜ちゃんが望んでいるんだから』


『ちがうの!体の一部とか、抱き枕とか、竹刀とか、サンドバックとかそういう扱い!わかる!?』


 わかるか!!


 思わず心の中でツッコミを入れる相川たち。ついでに、獅童誠の様子も見る。


 獅童はすまし顔で、黙々とご飯を食べていた。


 彼氏の横でどぎつい恋バナをしている深山もメンタル凄いが、それを聞かされ平静を保っている獅童もメンタル強い。


『ごめん。先生にはわからない。特にサンドバック』


『え?わからないの?』


 わかるか!!男性陣は心の中で叫んだ。


 男性陣は、会話をやめていた。女性陣の話が気になる。

 

『喜怒哀楽、あらゆる感情、全部自分のものにしたいと思わない?』


『…………先輩の全部を知って、マウント取りたいとは思うけど、怒りを向けられたくないなあ』


『それは、ダメです。危ういです。ご機嫌伺う関係は疲れます。結婚三年目の喧嘩三昧不可避です。怒りを受け止めて落ち着かせる。理解を深める。それが、円満な家庭に繋がるのです』


 と、高校生が申しております。


『たしかに。喧嘩するほど仲が良いと言いますし、怒りを受け止めるのは大事かもしれません』


『そうです。受け止めるんです。抱きしめるんです。どんな時も夫を支える妻。素敵じゃないですか?』


 後輩先生は考えた。


 普段怒らない藤本が怒る。それは、感情を取り戻したと言ってもいいのでは?感情を取り戻した藤本が愛情を向けてくれるのでは?素っ気ないデレが、情熱的なデレになるのでは?


『素敵です♡』


 深山の発言は忘れ去られていた。しかし、肯定と取れる返答。二人は意気投合し、赤裸々な恋バナを始めた。


 赤裸々と言ってもコンプライアンスの範囲内。聞いて困ることは無いが、盗み聞きは罪悪感がある。


 その罪悪感で思い出した。自分たちは話し合いをしている途中だった。


「こちらも話をしましょうか」


 後輩先生の恋バナの重要人物、一番羞恥を感じる藤本が切り出した。まあ、羞恥を感じたのではなく、話を聞く必要がなくなっただけだ。

 

 話を聞いていた理由は、担任として獅童の恋愛事情を知っておきたかったから。それだけ。


「あの、喜怒哀楽、全てを受け入れるのが重要なのではないかと、思ったのですが、おかしいでしょうか?」


「なぜ、そう思ったんだ?」


 さっきの深山の話に感化されたのなら、肯定しづらい。

 あれは、一長一短で一概に良いとは言えない。


「我を失うのも、束縛するのも、嫉妬や憤りが原因だと思うんです」


 大切なものが認められなかった。自分が除け者にされた。それが気にくわなくて、自分だけが良ければいいと、心の底で思っていた。


「それを、知らなかったんです。気にもしていませんでした」


 認識しなければ、気づけない。灯台もと暗しというように、深層心理や普段の何気ない言動は自分ではわかりにくい。光を当てて、やっと見えやすくなるのだ。


「もっと自分を知れば、もっと良い方向に変われると思います」


 今までは、理想の姿を想像し、想像通りに振舞ってきた。……意識した時だけ。

 意識した時だけ、想像通りに振る舞い満足して、意識していない時は傍若無人に好き勝手やっていた。そして、傍若無人な自分を振り返ってなかった。

 

 客観的に自分を見る。それが相川に足りていなかったことだ。


「うん。先生もそう思う。自分で気づけて偉いぞ!」


 生徒指導部としての目標は生徒の自立。

 困った時、その対応をするのは生徒自身なのだ。成功しようが失敗しようが一番影響を受けるのは生徒自身なのだ。

 自身なら裏切られる心配がない。嘘もつかない。失敗しても自己責任。ある意味、一番信頼出来るし割り切れる。

 

 先生として、困ったら助けるが、あまり続くようだと嫌気がさす。それは普通のことだ。

 

 助け合いは大切だ。だが、片方に助ける力がなければ、それは支援だ。支援は助け合いではない。見返りを求めないことが前提になる。

 見返りがないのだから、時間や労力を割いた分だけ損する。損したと思ってしまう。

 損する人生よりも得する人生がいい。

 私もハッピー、あなたもハッピー。Win-Winな関係。それが助け合いであり、社会性だろう。


「相川さん。新しい習慣を身につける必要があります。できますか?」


「新しい習慣といいますと?」


「反省です。今まで気づかなかったのですから、今まで通りではダメでしょう。何かアイデアはありますか?」


「……空いた時間に反省するとか?」


 できるか分からないけど言ってみた。


「そもそも、お前は反省できないだろう。演技に徹する方がお前に合っている」


 獅童が話に割り込む。


「そうだよ。マコちゃんの話をいつも無視して、それでも弟子なの?」


 獅童とセットで、深山もついてきた。


「コラッ。まだ話は終わっていませんよ」


「もう、指導の体を成していなかったではないか。恋愛の話ばかり……」


「最後に話をまとめるんです!」


「では、まとめを」


 どうぞと促す。先生に上から目線すぎる。


「はあ……。わかりました。言います」


 私、先生なのに……と不貞腐れながらまとめを言うのだった。

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