第14話 少し特殊な教育方針


「先程はありがとうございました」


「あっ、いや、変に語ってただけだから」


 四限目が終わった昼休み。相川悠里はドルオタのクラスメイトにお礼を言っていた。


 彼の言葉は、意識していなかったことを気づかせてくれた。自分を見直すきっかけになった。


「できれば、お時間がある時に、またお話を聞かせてもらえると嬉しいです」


「それなら、今からでどうですか?みんな、そういう感じみたいだし」


 四限目が終わってすぐ、討論を再開したグループがいくつかある。


 友達に近寄ったら討論に参加させられたり、友達に頼み込んで討論に参加してもらったり。


 今は、聞き上手な学級委員の平井百合ひらいゆりが、複数のグループに引っ張りダコにされている。


「今日は生徒指導室に呼ばれているので、ゆっくり話が出来そうにないんです」


「ああ、なるほど……」


 朝の露出狂騒ぎを思い出した。


 普通にしていると真人間なのに、生徒指導室に呼ばれている。ギャップがすごい。


 ここで、声をかける機会を伺っていた、担任の藤本渉ふじもとわたるが話に混ざる。


「それなら、一緒に生徒指導室に来たらどうだ?どうせ世間話ぐらいしかしないから、友達同伴で大丈夫だぞ」


「え?指導しないんですか?」


「世間話程度に指導する」


「……怒らないんですか?」


 何か裏がありそうで怖い。


「怒らないと改善できないのか?」


「いえ、そんなことありませんけど……」


「怒らなくても改善できるなら、怒る必要が無いだろ?無駄は省かないとやってられないんだ。理解して欲しい」


「あ、はい」


 別に怒って欲しい訳では無いが……謝っても許されないのではないか?ってことやっておいて、怒られないのはおかしいと思う。


「先生、生徒指導室でご飯の誘いを受けているんだ。一緒に行こう」


 相川とドルオタは生徒指導室に連行された。




 …………………………………………………………




 生徒指導室は、そこそこ広い。教室と同じぐらいの広さがある。


 長机が十分な間隔を空け並べられている。


 広い部屋に教員用と思われる机は一つだけ。そこにスキンヘッド先生が座っていた。


「おお、一人増えたな」


 増えたのはドルオタ君。藤本が無理やり連行してきた。


「相川の相談に乗っていたそうです」


「問題を起こしたわけではないんだな。相談に乗ってやるとはやさしいな」


 ドルオタ君の背中をバシバシ叩きながら椅子に座らせる。


「なんの相談にのってたんだ?」


「それは……」


 プライバシー的に言えない。相川が言うべきだろう。


 アイコンタクトで相川にパスした。


「兄弟のことについて、少しだけ」


「ああ、妹と弟が好きって言ってたな。それのことか?解決したか?」


「いえ、今までの自分を振り返っているところです」


 なんせ、さっき自覚したばかりだ。


「そうか……」


 会話を聞いていて、藤本は疑問に思った。


「お兄ちゃんものの作品について語っていたと思うんだが、話が変わったのか?」


 レコメンド討論開始直後。「お兄ちゃんものの作品を教えてください」と言っていた。


 どうして、今までの自分を振り返ることになったのだろう?


「妹たちの幸せを願っていると聞かれて……」


「はっはっは!それなら心配ないだろ!大好きなんだもんな!」


 スキンヘッド先生は笑い飛ばす。しかし、相川は浮かない表情。


 藤本は察した。 


「……好き過ぎて束縛していたのか?」


「ああ、そういうことか。深山みたいな……」


 深山深夜。獅童誠の押しかけ妻。


 深山は、生徒指導室によく呼ばれる。主に、恋愛相談絡みで。


 深山は、恋愛絡みの言動に問題がある。問題があるから、同じく問題がある生徒に、先駆者としてアドバイス出来る。


 深山は、いいように使われていた。


「そういえば、来ていませんね。呼び出されているはずですが」


「何かあったのか?」


「遅刻してホームルームに出ていなかったようです」


 噂をすればなんとやら。


「失礼しまーす」


 深山が獅童の腕をガッチリホールドして現れた。


「お、来たか」


「あ、先生。卒業までよろしくお願いします」


 卒業まで問題起こし続ける宣言。


「はっはっは!先生は構わんが、卒業してからどうするんだ?」


「夫が卒業するまでは毎日来ますんで、大丈夫です!」


「卒業してもお世話になる、と……」


 先生離れしてほしい。藤本はため息をついた。


「はっはっは!それなら先生も寂しくないな!」


「寂しくなくても心配はありますよ~」


 深山の後ろに、女性の先生とクラスメイトが立っていた。


「その人が深夜の彼氏!?」


「彼氏じゃなくて夫です!」


「キャー!かっこいいー!」


「あげません!」


 獅童を隠すように、間に入り腕を広げる。


 生徒指導室で、わいわいガヤガヤやかましい。


 藤本はため息をつく。


「学生は元気だな」


「先輩が元気ないだけですよ。私ならいろいろと先輩を元気にできると思いますけど……どうですか?」


 顔を覗き込むように、囁く。笑顔はなく、真剣。切れ長の目で藤本を見つめる。


「…………少なくとも、今ので元気にはならないな」


「ま、まだです!まだ本気を出していません!」


 嘘だ。常に全力。本気のアピールだ。

 ただ、元気にしたいではなく、結婚して欲しいのアピールなだけだ。


「本気を出さないといけない関係が、続くと思いますか?」


「うう〜〜…………。深夜ちゃ~ん!またフラれました〜!」


 獅童の前で、腕を広げて威嚇体勢の深山の胸に飛び込む。ちょうど腕を広げていて、抱きつきやすかった。


「ああ、うん。かなしいねー。つらいねー」


 生徒に泣きつく先生。棒読みで慰める生徒。立場が逆転している。


 それを眺めながら、相川は質問する。


「どうして断ったんですか?」


「本気で好きでいてくれているからな。生半可な気持ちで答えたくない」


 嫌っていると言うより、大切にしている様に感じられる。


「生半可じゃ無くなるのはいつ頃ですか?」


「あと、一年か二年ぐらいだろうな」


 「「「キャアーー!」」」


 聞いてた女子生徒が盛り上がる。


「先生!脈アリですよ!」


「先生のこと気になってます、気になってますよ!」


「あとちょっとです!」


「落ち込まずにドンドン攻めましょう!」


 後輩先生は復活した。


「攻めるぞー!おおー!」


 拳を突き上げ気合い十分。


「もう、今でいいのでは?」


「私は今すぐで大丈夫です先輩!むしろ、今が良い!」


「恋愛は経験ないから、恋に溺れて仕事に支障がでると困ります。私の評価が下がれば恋人の評価も一緒に下がるでしょうし、今は早いです」


 ようするに、心の準備ができていない。


「先生、大切だって」


 生徒に言われ、顔を真っ赤にしてもじもじ。


「迎えに行くだって」


 そんなこと言ってない。しかし、「今は早い」が迎えに行くと拡大解釈されてもおかしくない。


 後輩先生は顔をおおった。


「愛してるだって」


 言っていない。ただし、否定はできない。


 後輩先生は生徒の胸に飛び込んだ。感極まった時のアレである。


「俺だけ見てろだって」


 言っていない。こじつけだ。


 しかし、後輩先生はとろけた目で藤本を見つめる。真に受けた。


「家族でサッカーチーム作りたいだって」


「君たち楽しんでいるだろ」


 間違いなく、おもちゃにされている。


 しかし、後輩先生は真に受けた。


「先輩。私、頑張ります」


 上気した顔。絶対勘違いしている。


「だから、頑張る関係では長続きしません。出来ることをやっていれば、必ず結果がでますから。頑張らなくていいです」


 藤本は条件反射で答えた。頑張るって言う人皆に言っていることを。


 それを後輩先生は「(子供が)出来ることをやっていれば、必ず結果がでますから」と受け取った。


「はい♡」


 後輩先生の目はハートマーク。足に力が入らずフラついて、生徒に支えられている。


 結婚を通り越して、家族計画。後輩先生の頭の中はピンク色で、熱に浮かされている。


 後輩先生は、わいわいと生徒に運ばれ、そのまま恋愛相談兼生徒指導に入った。


「さて、相川さん。指導を始めましょうか」


「あ、はい」


 ちょっと、切り替えが難しいけど、それを言える身分では無い。


 主に指導をするのは、スキンヘッド先生。スキンヘッド先生は、相川に確認する。


「えーっと。兄弟のことになると、我を失う。弟と妹を束縛してしまう。だったか?」


「……まあ、そうですね。それで合ってます」


「合ってるな。おし!相川に質問だ。それの何が悪い?」


「え?」


 悪いことばかりでしょ?その質問に、なんの意図があるの?


 相川は混乱した。

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