第13話 レクリエーション


 四限目のホームルーム。


「レコメンド討論会をやってもらいます」


「れこめんど、ってなんですか?」


 頭の上に、いっぱいハテナマークを浮かべた日向こころが質問する。声にいつもの元気がない。疑問で満ちている。


「直訳で、推薦・推奨だな。何かをオススメする時に使われる言葉だ。今から、グループを作ってもらって、グループ内でレコメンドをしてもらう」


 藤本は黒板にグループ分けを書いていく。


「一人が出題者として、オススメして欲しいものを発表します。その後、回答者が一人ずつオススメを発表します。回答者全員が発表したら討論してもらいます。討論には出題者も参加してもらいます。結論は出さずに、時間いっぱいまで討論してください。お題の発表、オススメ、討論までを8分でやってもらいます」


 藤本は時間を確認する。


「時間が無いから始めるぞ。机をくっつけてグループを作ってくれ」


 言われた通りにグループを作る。


「出題者は出席番号順で、進めてもらいます。適当でいいです。なるべく会話を続けるようにしてください。それでは始めます。スタート」


 藤本はスマホのストップウォッチ機能で時間を計る。


「お兄ちゃんものの作品を教えてください」


 切り出したのは、シスコン相川悠里。開始の合図に食い気味で言った。


 お題が決まっていない人が多く、静かな中、その声はよく通った。


「伊藤さんオススメを。時間がありません」


 かなりガチだった。伊藤は引きつつもなんとか答える。


「あまり詳しくないけど、ラップのアニメに出てくるお兄ちゃんキャラが人気だって聞いたことがある」


「それでは次」


 相川は促した。だが、次の回答者は答えられない。


「私、アニメ見ないからわからない」


「俺もわからない」


 非オタには難しいお題だった。


「アニメじゃなくていいです。ドラマでも映画でも漫画でもいいです」


「お兄さんものはあまり聞かないかな。記憶にない」


「俺はアイドルが好きだから、ドラマとか漫画とか見ない。推しを見てる」


 そもそも、見た作品をすべて覚えきれるわけがなく、突発的に思い出せなくなることもあるわけで、急にオススメ教えろと言われても困る。


「お兄ちゃん不遇すぎませんか?」


 相川はガックリ肩を落とした。


 家族でドラマとか見るし、お兄ちゃんもののドラマがないのは薄々感じていた。でも、一個もないとはおもわなかった。


「ドラマは、恋愛、サスペンス、医療、ビジネス、ファミリー、コメディー、が多いからねー。お兄さん役はあるけど、お兄さんものってそれとは違うんだよね?ニュアンス的に」


「お兄ちゃんが主人公で、妹や弟を愛す作品です」


 妹を愛すなら、一般的には妹ものと言う。


「兄弟愛は確定なんだ。ファミリー系かな?」


「ファミリー系はお父さんかお母さんが主人公ではないですか?そういうのは兄弟仲悪いですし」


「そうだよねー。うーん」


 うーん。唸ってみたが出てこない。

 

「えっと、さっき言ってたラップのアニメは?」


「すいません。SNSで見かけただけなので、わかりません」


「題名だけでもわかりませんか?」


 題名さえわかれば調べられる。


「略称でヒプマだったと思います。正式名称は知りません」


 正式名称は英語表記で読む気が起きなかった。


「わかりました。後で、ヒプマを調べてみます」


 今は調べない。授業中にスマホを触るのは、どうしても躊躇ってしまう。


「俺の推しているグループに、お兄ちゃん子がいるんだけど、それでもいいかな?」


 ライブとかSNSでお兄ちゃん自慢をしている、妹系アイドル。


 兄とはいえ、男の話をすればムッとする業界。

 でも、ファンの人にもお兄ちゃんと呼んでいるからか、かなり人気がある。

 

 お兄ちゃん自慢をしている時や握手会のとき、ファンはお兄ちゃん面をする。

 しかも、兄集会なる集まりがあり、プレゼントを選んだり、迷惑ファンからグループを守ろうとしたり。お兄ちゃん面が止まらない。ある意味怖い。


「お兄ちゃんは出ますか?」


「いや、出ないよ。一般人だから」


 あたりまえだが、アイドルに限らず、有名人の家族公開は少ない。リスクが高すぎる。


「そうですか」


 ガックリ落ち込んだ。


「そもそもどうして、お兄ちゃん、なんですか?弟とか妹が好きだと思ってたんですけど」


 質問したのは真面目くんこと伊藤牧。


 中学のクラスメイトで、相川のことは嫌でも知っている。


「私は祐と由利にしか興味無いです」


「あ、うん。そうでしたね」


 嫌でも知っているが、忘れていた。祐と由利が好きなのであって、妹弟という立場や設定が好きな訳では無いと。


「祐と由利がお兄ちゃんものにハマっているようなんですが、具体的に何かは教えてくれなくて……」


「そうなんですね。それは…………」


 たぶん、相川に似た兄が出てくる作品なんだろう。だから、教えたくないみたいな。


 嫌でも知っている。ブラコンなのは妹弟でも同じだと。


 教えてもいいいけど、隠しているぐらいだし、言っちゃいけない気がする。


「心中お察しします」


「やめてください。慰められても嫌味しかでません」


 言葉の選択を間違えた。


 ガックリして、髪がカーテンのように顔を遮っている。


「ごめん」


「謝られると惨めです」


「………………」


 じゃあ、どうしたらいいんだ。


 髪カーテンで顔色を伺えない。伺ったとしても適切な言葉をかける自身はないが、表情がわからないのが怖い。


 伊藤が何も言えなくなった。

 沈んだ雰囲気の中、ドルオタくんが声をあげた。


「妹さんと弟さんは、楽しそうですか?」


「楽しそうですけど、それがなにか?」


 相川は顔を上げた。少し、怪訝な顔になっている。


「俺、アイドルのパフォーマンスで、推しが楽しそうにしているやつが一番好きなんです」


「私もそう思うべきだと言いたいんですか?」


 言われなくても、妹弟が楽しそうにしているのは好きだ。


「そう思った方が自分の為なんです」


「自分の為?」


 なぜ、自分の為?自分は嬉しいのに。まるで、本当は嬉しくないような言い方。


「推しっていつか結婚するんです。今、彼氏がいるかもしれないんです……。それを知った時、推しの、大切な人の幸せを、祝ってあげられないのは嫌なんです……」


 それは、懺悔のような、自分の闇を語る、悲壮感があった。 


「推しに彼氏がいるって知った時、俺は絶対嫉妬して、妬む。不幸を願う。大切な人の不幸を願うって、最低だなって」


 はあー……。一息入れる。そして気づく。自分語りで、ちょっと本題からズレた。


 だから俺は、推しの幸せを喜べるように、今、幸せを願うんです。


 そう言おうと、息を吸った。


ピピピピ!ピピピピ!


 スマホのアラームがなった。

 

「討論をやめてください。出題者を変えます。準備はいいですか?ダメでも始めますね。スタート」


 まだダメなのに、出題者交代。最後の言葉を言えずに終わった。


 結論は出すな。そう最初に言われた通り、結論を出すことなく終わり、モヤモヤしたまま。


 そして、レコメンド討論会は次に進んだ。一人八分は短い。お題がでなかったり、おすすめがでなかったり、討論の時間がろくにとれない。

 喋ってない時間のほうが長いかもしれない。


 その間、相川は、ずっと考えていた。


 自分は、妹弟にハブられていたから、悲しかったんじゃないか?

 妹弟が楽しそうでも、そこに自分の存在がないと我慢ならないのではないか?


 自分は妹弟の幸せを願うことができるのだろうか?

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