第12話 学校説明


 どんな教育が正しいのだろうか?

 わからない。わからないが、不満があった。憤りもあった。だから、教師になって教育概念を変えたかった。でも出来なかった。


 挫折して、教育現場を変えるのを諦めた。諦めて、自分が納得出来る学校を作ろうと思った。


 そして、どうにか学校を設立して、自分が納得出来るルール、教育を整えた。それでも上手く教育できているように思わない。まだまだ、変えなければいけない。校長の僕が、必ず。




 ……………………………………………………




 3限目に入り、教科書を配り終えて、学校説明の時間になった。


「もう既に、知っているとは思いますが、学校の説明をします。まず、大事なのは、突然校則が変わることです。校則が変わる際、朝礼や集会でなんどかお知らせしますが、聞き逃さないように気をつけてください」


 これは比較的有名な話だ。この学校の不満を聞くと、口を揃えて「急に校則が変わるから、うっかり校則違反しちゃうんだよね」と笑いだすのだ。


 ぶっちゃけ、校則違反してもあまり怒られない。それよりも、怒らないと改善できないことを問題視している。


 それはともかく、怒られないから不満というか笑い話だ。他の不満を聞くと、愚痴や理想の先生像を語りだすことが多い。


「次に、校則だが、先生たちも把握しきれていない。基本的に、ハラスメント、コンプライアンス、に気をつけてもらえば問題ない。だが、注意を受けたら、改善するように。納得できない注意の場合は、納得するまで先生や校長先生と話し合うように」


「先生!ハラスメントとコンプライアンスってなんですか?!」


 元気に質問した日向こころ。小動物のように小柄で可愛い見た目。微笑ましい質問に、クラスメイトが温かい目でみた。


「ハラスメントとコンプライアンスにはいろんな意見があってだな、先生にもわからない」


 ぷっ!と吹き出す声があちこちから聞こえる。わからないのかよ、と。

 でも、吹き出した人たちも詳しく説明できないから。お互い様である。


「ザックリ言うと、ハラスメントは、人を困らせては行けません。嫌がらせはいけません。コンプライアンスは、法律やルールを守りましょう。ということだな」


「えーっと、ハラスメントは無理やり女装させるのも入りますか?」


「ちょ、日向さん!?」


 相川は慌てた。朝、相川が獅童誠を女装させると決めたから。この流れは、相川断罪の流れだ。


「当てはまるだろうな。何ハラかわからないが」


「待ってください!私は、やらなくても良いと言いました!ただ、先輩が悲しむと忠告しただけで……。そう!あれです!DVです!獅童さんは先輩からDVを受けていて、それで、えっと……」


「私はDVを受けていない。尻に敷かれているだけだ。誤解を生むようなことを言うな」


「すいません……」


 力無く項垂れる相川。サラッサラな髪も項垂れているように見える。


 一方、獅童は堂々としているが、尻に敷かれていると言った直後だ。それでいいのか。クラスメイトは微妙な顔をした。


「言い訳をするにしても、他人を貶めるような言葉はやめような」


「はい。気をつけます」


「下手な言い訳は、ハラスメントやコンプライアンスに関わることがある。結果的に、さっさと謝ってしまった方が傷が浅くなることもある。まあ、日頃から、言葉に気をつけていれば問題ない。悪口なんかは特に気をつけような」


 まったく面倒な世の中だ。常にハラスメント、コンプラを気にしながら生徒と接する藤本渡はため息をついた。いつも元気ないが、いっそう元気がないように見える。


「話を進めるぞ。えー、制服は男女問わず、スカート、ズボン、どちらでもいい。性別は隠してもいいが、男女で別れないといけない時は、生物学的な方で判断するから覚えておけ」


 このクラスに性別を隠している生徒はいない。他のクラス、学年、未来の後輩にいるかもしれないから、配慮しようと言うのが目的。


「授業は五限目までだが、六限目も自習の時間がある。バイトや部活が無い人は参加するように」


 六限目は、「社会で活きる授業をしよう」がテーマ。だから、わりとなんでもあり。


「自習の時間は、授業の復習、テスト勉強、自分が気になっていること、やってみたいこと、改善したいこと、なんでもいい。将来のために、自分を成長させる練習をしてほしい」


 企業によっては仕事が忙しい。自分の時間、睡眠時間、食事の時間、あらゆる時間を削るかもしれない。

 そんなに忙しかったら、勉強もステップアップも難しい。今のうちにやれることをやっておいた方がいいのだ。


「バイトは学校に報告するのを忘れないように。成績があまりにも悪い場合は、平日のバイトを禁止するので、気をつけてください。質問がある人はいますか?」


 伊藤牧が手を挙げた。


「自習の時間は、教室で勉強しないといけませんか?」


「教室じゃなくていいぞ。基本、教室と図書室はやかましいので、集中できない人は、中庭や食堂、多目的教室を使ってください。場所はこの後、案内します」


「あの、図書室がうるさいんですか?」


「はい。意見交換、情報収集、他クラス他学年との交流、あとは調べたことの実践をする人もいますね。早口言葉、筋トレ、呼吸法、声の出し方。ある意味、動きがうるさいかもしれません」


 誰か一人が実践すると、それをできる人がアドバイスをしたり、興味を持った人が話しかけたり真似したり。

 一人が筋トレし出すと段々と人数が増えていく、フラッシュモブのような状態。人数が多いと本当にうるさくなる。


「図書室は静かにする場所ではないんですか?」


「本来のマナーはそうなんだが、学年やクラスが違う人同士で勉強する時、教室だと萎縮してしまうんだ。ここに自分がいるのはおかしい。ここは自分の集団じゃない。だから、警戒しないといけない。そんな防衛本能のようなものが働く。図書室は全学年、全クラスが使う場所だから、萎縮しづらいんだ」


 ただし、すぐ近くで筋トレのフラッシュモブが始まると萎縮する。慣れれば気にしないが、最初は気になってしょうがないだろう。


「あとは、悩み相談だな。参考になりそうな本を一緒に探したり、本を見せながら説明したりする。先生たちも、よく図書室で相談する」


 大人になっても悩みは尽きない。むしろ増える。自習の時間は、教師も自習していいからその時間に相談するのが定番だ。


「最初は静かにするよう言ってたんだがな、図書委員の人が『本を借りて静かな部屋で読めばいい』と呟いたのを校長先生が聞いたらしく、真に受けて今の状態になった」


 話して良いようになっても最初は静かだった。だが、校長がお手本とばかりに、教えたり相談したり、実践したり、生徒の意識をすり替えた。



 …………………………………………


 

 

 余談だが、生徒たちはもともと図書室で静かにするのが不満だった。クラスを超えた勉強会がしにくい。そもそも本を読む人がいないから、静かにする必要が無い。

 

 図書室のあちこちでコソコソ話し声が聞こえるから「図書室では静かにしてはいけません」「図書室がダメなら中庭でいいじゃない。オーホッホッホ」と図書委員の間でうそぶいていた。

 

 それが、図書委員以外の生徒に広まり、校長の耳に入り、校長自ら図書室に調べに行った。

 

 扉に手をかけた時、「静かに本が読みたいなら、本を借りて静かなとこで読みなよ」と中から声がした。

 

 図書室は本を読む部屋。その権利を奪っては行けない。これは注意しなくては。そう思い、どう注意すればいいか考えた。考えた結果。


「静かな自習室がないのが問題では?本は借りれるから、絶対図書室で読む必要ないし。図書室は知識の宝庫。知識の宝庫で授業するのもいいかも」


 迷走した。


「よし、生徒同士で授業してもらおう」


 こうして図書室は騒がしくなった。


 校長の思いつき、先生や生徒の意見で、この学校は変わってきた。そして、今後も変わり続ける。


 良い変化か。悪い変化か。それは誰にもわからない。


 ただ、結果が残されるのだ。

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