第11話 委員会決め


「えー、それでは、委員会を決めます」


 担任、藤本渉は黒板に委員会を書いていく。


 学級委員、風紀委員、実行委員、体育委員、保健委員、図書委員、美化委員、文化委員。


「学生に難しい仕事は頼まないので、適当に選んでください。委員会に入っていない人はクラスの雑用を頼みますので、覚えておいてください。男女で一人ずつ決めます。まずは、学級委員から決めます。やりたい人はいますか?」


「はい!やります!」


 手を挙げたのは相川悠里。

 学級委員になって妹たちからすごいって言われたい、純粋な下心だ。


「男子で他にやりたい人はいますか?…………いませんね。それでは、男子は相川さん。女子でやりたい人はいませんか?」


 誰も手を挙げなかった。


「それでは先生が決めます。平井さん、お願います」


「え!?えぇー……わかりました」


 嫌がりながらも引き受ける。


 平井百合。

 あまり、表に出るタイプでは無い。一歩引いて、見守るタイプ。コミュ力は普通。見守るタイプ特有の視野の広さを持っている。

 そのせいで、グループのリーダーとかいろんな代表を押し付けられ、実は人前に出るのは慣れっこだ。


 藤本は朝のホームルームの後、平井の周りに自然と人が集まっていくのを見ていた。

 平井はあまり喋っているようではなかった。話している人に相槌を打っているだけ。いわゆる聞き上手。

 だから、平井はクラスを纏めるのにちょうどいいと思った。


「それじゃあ、相川さん、平井さん、前に出て委員会決めをお願いします」


 藤本に促され、相川は粛々と、平井は渋々と前に出る。

 そして藤本は、教室の隅のゴミ箱の横に座る。なぜか落ち着く藤本の癒しスポットだ。


「学級委員になりました、相川悠里です。困ったことがあればなんでも言ってください。私が解決してみせます」


 キメ顔で言う相川だが、先程困らせた獅童を助けることは無いだろう。困らせているのが相川本人なのだから。


「さあ、平井さんも」


「あ、はい」


 さっき自己紹介したのになと、しぶしぶ、いやいや名乗る。


「平井百合です。よろしくお願いします」


 抱負は言わなかった。めんどくさいし、そもそも立候補じゃないから、持ち合わせていない。


 こうして、委員会決めが始まった。

 

 司会と板書はほぼ相川がやっていた。平井はほぼ立っていただけ。「もう私、席に戻っていいかな?」そう思った時に相川から声がかかった。


「平井さんは、どなたか推薦したい方はいますか?」


「あっ、いえ、特には……」


 相川が全部自分で仕切って終わらせると思っていたから、平井はビックリした。正直、ボケーとしててあまり状況がわかっていない。


「クラスに平井さんのお知り合いの方はいませんか?」


「いますよ」


 平井の通っていた中学校からの入学生は結構多かった。このクラスにも何人かいる。面識があるのが一人。噂で知っているのは全員。

 

 聞き上手の弊害か、一方的に相手の顔と名前と噂をかなり知っている。

 聞いてもいないのに、どうでもいいことを聞かされるのだ。

 

 入学式に他中学校の知り合いが出来たせいで、他中の生徒の噂まで知ってしまった。

 たぶんクラスの半数以上を一方的に知っている。


 知り合いではないが、知っている。まるで危険人物。

 ちょっと、少し、とても、知っているのがバレる訳にはいかなくなっている。


「そのお知り合いの方では、ダメなのですか?」


 面識があるのは、四人。その内、昨日知り合ったのが三人、付き合いが長いのが一人。

 

 知り合ったばかりの人を売るか。絆を信じて付き合いの長い人を売るか。

 誰を指名するにしても、指名した人の反感を買うのは避けられないだろう。


「無理強いはしたくないので、推薦はしません」


「推薦は無理強いではありません。断ることも出来るのですから、相応しいと思う方を言ってみてください」


 これ以上は庇えない。

 頑なに、推薦したい人はいないと答えると、遠回しに能力が低いと言っているのと同じだ。

 

 平井はなるべく人を褒めるようにしている。ここで下手に庇うより、適当な理由をでっち上げて推薦した方がいい。


 平井は黒板を見る。

 埋まっているのは、実行委員男子、体育委員、保健委員、図書委員。

 決まっていないのが、風紀委員、実行委員女子、美化委員、文化委員。

 

 面倒そうなのとイメージしにくいものが残っている印象だ。


「風紀委員はなにをするんでしたっけ?」


「それは、先生から説明していただきます」


 ようするに、わからないということだ。遠回しな言い方めんどくさい。平井は少しモヤッとした。


 相川からパスを受けた藤本は、立ち上がり説明をした。


「風紀委員は注意するぐらいです。委員会で決まったことや先生の指示を伝えたり、できていない事があれば一言注意したりサポートしたりですね。まあ、基本的に伝達以外はしなくてもいいです」


「意外と簡単ですね」


 相川は、風紀委員はもっとお堅い委員会だと思っていた。

 だけど実際は、ほとんど仕事がない。楽な部類の委員会だ。

 それなら……と相川は一瞬考える。


「尾田さんやってみませんか?」


「ええ!?ワイでやんすか!?」


「はい。先程、図書委員の取り合いになった時、オタクの定番だとおっしゃっていたではないですか」


 尾田はアニメや漫画、ラノベが好きだ。その影響で、図書委員に思い入れがあった。


 ちなみに、図書委員になったのは伊藤牧。伊藤は、図書室は落ち着く、図書館に就職したい、という理由で譲らなかった。

 

 進路の話をされると、趣味全開の尾田は我を通せなかった。


「風紀委員はオタクの定番では無いでやんすよ!?」


 むしろ、風紀委員に目をつけられるのがオタクキャラの定番だ。


「ですが、学園ものといえば生徒会と風紀委員では?」


「そうでやんすが、ワイは風紀委員になろうとは思わないでやんす」


「どうしてですか?」


「主人公は風紀委員に入らないでやんすし、ワイも風紀委員はしり込みするでやんす」


 尾田は、自分から檻に入る姿を幻視した。


「ただ委員会で決まったことを伝えるだけです。人前で話すことは苦手ではないですよね?」


「まあ、人前で話すことはできるでやんすけど……」


 檻に入りたくない。


「では、しり込みする理由は無いです。ただ、人前で決められた言葉を言うだけですから」


「うぅぅ……」


 たしかに、簡単。でも、檻に入りたくない。


「風紀委員で魅力的なキャラクターはいませんか?好きなキャラクターはいませんか?思い出してみてください」


「うーん…………結構いるでやんすな。好きな風紀委員」


 人格者、純粋無垢な真面目ちゃん、天然快活少女、威圧的だが皆を気遣っている男前なツンデレ風紀委員長。


「そのキャラクターと同じことをしてみませんか?」


「いや。二次元と三次元は違うでやんすから。そういうのはないでやんす」


 所詮、現実は悲しいもの。夢は夢で終わるのだ。なんども夢に裏切られた。夢が叶ったことなど一度もない。


「ではなぜ、図書委員になりたかったのですか?」


「それは……」


「憧れていたのではないですか?」


「たしかに、そうでやんすね」


 自分の居場所というのも大きかった。

 図書委員は本好きが集まる。ラノベ好きな自分が許されるのはここだと。

 でも、図書委員のキャラに、自分を重ねて憧れたのも事実。

 むしろ今まで、憧れで図書委員に入っていたのかもしれない。もしかしたら、という夢を叶えたくて。


「風紀委員で憧れているキャラクターはいませんか?おそらく、風紀委員は図書委員よりも仕事はすくないです。図書委員よりもお手軽に、憧れているキャラクターに近づけますよ?」


 図書委員も風紀委員も、2次元と違う、現実。なら、どっちでもいいじゃないか。

 仕事は風紀委員のほうが楽なら、風紀委員の方が良いまである。


 風紀委員が檻ではなく桃源郷に思えてきた。


「…………やるでやんす。風紀委員やるでやんす!」


「よく言いました!憧れを追いかけるあなたは、紛れもなく主人公です!」


「うおおおお!!」

 

 憧れを追いかける。その言葉に、ダンジョン都市で憧憬を追いかける主人公の作品を連想した尾田は雄叫びを上げた!主人公になってやると!


 突発的に、局所的に、湧き上がったボルテージ。それが、相川の口車によって拡散され、クラス全体に波及し、飲み込んでいく。


 藤本はゴミ箱の横でその様子を見ていた。


 (あれは、狙ってやったのか?偶然か?どっちにしても、アレができるのは凄い)


 誰も最初は不安だ。その不安は、誤魔化すか、ねじ伏せるしかない。相川がやったのは両方。


 ポジティブな言葉で不安を誤魔化し、勇気を与え、その場の勢いでアクセルを踏ませ、心に巣食っている不安をねじ伏せた。


 (リーダー向き。人の上に立つ人材。理想の上司。相川が学級委員の間は心配ないだろうな)


 藤本は胸を撫で下ろした。このクラスを導く不安は彼にもあった。でも今は、その不安を相川が誤魔化し、ねじ伏せてくれている。


 こうして、委員会決めは相川のワンマンプレーで押し切った。


 司会進行、板書、その他諸々、すべて相川がやった。

 

 ヒッソリと教室の隅で立っている平井が「私いらないよね?」と何度も自問したのは言うまでもない。

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