第10話 結成、女装トリオ+α
「日向さん!コスプレした時の写真ありますか?」
相川悠里はウキウキで日向こころに声をかけた。
相川は女装が好きだ。何度も獅童誠に女装させ、告白してきた葉月健一にも女装させようとするぐらい、女装が好きだ。
見た目美少女の男の娘、日向が魔法少女のコスプレをしたという。気にならないわけがない。
「うーん……えっとね、これが正月にコスプレした時の写真」
オレンジ色に染めた髪、カラコンをつけた赤い瞳、魔法少女の衣装を着て、女の子と一緒に勇ましくポーズを決めている。
「親戚の子が喜んでくれるから、毎年やってるんだ」
「そうなんですね。私も妹たちが喜んでくれるので、毎年女装するんです」
毎年どころか毎週、むしろ現在進行形で女装してる。
コスプレと女装は違うが、大事なのは誰が喜ぶかだろう。
「着物を来て初詣に行ったんですが、姉に間違われまして、妹たちが『お兄ちゃんだよー!』って自慢するのが微笑ましくて」
「そうなんだ〜!妹さんたちが大好きなんだね!」
「はい!もちろん!」
テンションがすごく高い。メイクや自己紹介の時もそうだが、妹弟のことになると熱くなる。
シスコンだなと日向は思った。
「日向氏ワイもコスプレ気になるでやんす。見せて欲しいでやんすよ」
やってきたのはオタクの尾田くん。自己紹介の時は、オタクを隠さずに打ち明け、迷惑かけたらごめんと断りを入れていた。
ちなみに、口調はわざと変えているらしい。
ハマっているキャラクターが入れば、そのキャラクターの口調になるとか。
「いいよ。はい」
日向はスマホを差し出す。
「ほほう。よく出来てるでやんすな。衣装が少し小さい気がするでやんすが、スタイルが際立って良いですな」
「子供向けのなりきりセットしか売ってないから、サイズが気になってたんだけど、尾田くんがそう言ってくれると嬉しいよ!」
「ははは。喜んでもらえて嬉しいでやんすよ。それより、もうワイの名前覚えたんでやんすね」
「うん!名前を覚えるのは得意だから!」
ドヤァァァ!ウザイくらいのドヤ顔をした。尾田くんは少しイラッとした。でも、小動物的見た目も相まって、イラつきながら撫で回したくなる。
「尾田くんも私の名前覚えてくれてたよね!ありがと!」
「いやいや、騒ぎの中心に居たでやんすから、日向氏も相川氏も名前覚えちゃったでやんす」
「私も!?」
相川は心外だとばかりに驚く。自分のやったことを忘れたのだろうか。
「いやあ、昨日は女子だと思っていたでやんすよ。だけど朝来たら、男子だと噂になっていたでやんすから、びっくりしてそのまま覚えてたでやんす」
「ビックリしたことって、なかなか忘れないもんね!」
「では、私はクラス全員に名前を覚えられたのでしょうか?」
「もう、クラスの中では有名人みたいなもんでやんすからね。半分位の人は覚えててもおかしくないでやんす」
「なるほど。クラスの有名人……。いい土産話ができました!」
「いい内容ではないでやんすよ」
本人の前では言わないが、トイレの騒ぎが一番噂になっている。告白の件も美談とは言えない。噂によると、無理やり褒めさせたあげく、追い返した。再度告白した際には女装をするように強要した。
事実とは違うこともあるが、尾田はギリギリで登校したため知らない。朝のホームルーム後に、近くの人が話しているのを聞いただけだ。
「お兄ちゃんが有名人と知ったらどんな反応をするでしょうか?」
「相川氏、いい内容では無いでやんすよ」
「そんなことありません。きっといい反応してくれます」
「話が噛み合ってないように感じるでやんす」
相川は妹弟のことで頭がいっぱい。脳がまともに機能していなかった。
「大好きなお兄ちゃんが有名になったら、嬉しいと思うよ!」
「そうですよね!きっと、全身を使って喜びますよね!」
「うんうん!飛んだり跳ねたり!抱きついたり!」
「ああああ!どうしましょう!かわいい!死んでしまいます!」
相川は妄想だけで死にそうになった。
自己紹介の時、ブラコン、シスコン、を明言しなくてもよかったレベルで、騒いでいる。
これで、狂気的なシスコン・ブラコンだと周りに認識された。
そして、はやし立てた日向は危険人物と認識された。どんな考えではやし立ててんだ、と。
実際には何も考えていないけれども、それを知る人はいない。
「ところで相川氏。相川氏もコスプレするんでやんすか?」
「ええ、やりますよ。衣装は作らないですけど、髪を染めて、髪を整えて、メイクして、ヘアアクセとか簡単そうなものは自作しますね」
相川はスマホの写真をみせる。
「うわー!すごーい!」
「なるほど。顔が個性の塊なら、わざわざ衣装を作らなくていいんでやんすな。服も、キャラクターのイメージに合っているでやんす」
それでも、首から上だけバッチリコスプレしているような、奇妙な写真だった。
服を着古している感じが現実感あるけど、顔と髪が作り物みたいに作り込まれている。正直、違和感がある。
「パッと見ではなんのコスプレか分からないのが難点ですけどね」
「シンプルで綺麗なキャラクターが無理なのも難点では?特徴が捉えにくいでやんす」
「そうですね。ただのおしゃれコーデになっちゃいます。それでも妹たちは喜んでくれるからやるんですけど」
相川はおしゃれコーデになったコスプレ写真をみせる。
「うわー!きれーい!」
「あ、これ日常アニメのキャラクターでやんすか?たしか名前が……壱川ほたる」
「そうです。よくわかりましたね」
「ポージングがそれっぽいでやんす。表情作りが上手いのもいいでやんすな。作り込みが自然な分、服とのバランスがいい。ワイは、さっきのコスプレよりこっちが好みでやんすね」
ガッツリメイクと思わせない、特殊メイク。大量生産されている一般の服を着ていることで、現実に生きてると錯覚させる。新しい発想に、密かに興奮する尾田だった。
「せっかくですし、一緒にコスプレしませんか?」
「いいよ!やろう!」
「じゃあ、ワイはカメラマンを」
「尾田さんも一緒にコスプレしましょう!」
「ワイは見る方が好きでやんす」
「そうですか。では獅童さんを誘います」
相川はルンルンしながら獅童誠のもとに向かう。
「獅童さん、話は聞いていましたか?」
「聞いてないが断る」
どうせ、ろくなことではない。
何度も被害を受けた獅童は、何となく察した。己が断れないことも含めて。
「わかりました。こちらで準備しますので、来てくださいね。日程は決まってから伝えます」
「断ると言っただろ」
無視して近くにいた真面目くん、伊藤牧に声をかける。
「伊藤さんも来ませんか?」
「おい、相川。私は行かないからな」
「えっと、よくわからないですけど、獅童さんを無理に誘うのはダメだと、思います……」
ダメなことはダメとハッキリ注意する。真面目だ。
ただし、無駄だとわかっているから尻すぼみになっている。
「獅童さんは大丈夫です。先輩が喜ぶならやる男ですから」
先輩とは、
「おい、相川。女装させるきではないだろうな?」
「コスプレですよ」
「女性キャラのコスプレじゃないだろうな?」
「先輩、絶対!喜びます!」
否定しない。むしろ肯定しているまである。
「やらないからな。行かないからな!」
「わかりました。道場でコスプレします」
「尚悪い!」
道場は獅童家の住宅でもある。道場でコスプレしたら、父母姉妹に見られる。それはさすがに恥ずかしい。
「相川くん!無理にコスプレさせるのはダメだよ!私たちだけで楽しもう?ね?」
様子を見ていた日向が止めに入る。止めるのが遅れたのは、止め慣れていないから。むしろ止められる側なのだ。
「わかりました。諦めます。ですが獅童さん。この件は必ず先輩にバレます。ご武運を」
「私を脅すのか?言わないよな?」
「ポッケトにボイスレコーダーありますか?」
そう言われて、獅童は思い出した。毎朝、ボイスレコーダーを起動して登校していることを。放課後にそのボイスレコーダーを深山に渡していることを。
というか、中学の時からの習慣。いつものことである。いつものことすぎて、認識から外れる。
「音声、消してもいいですよ。やましい事があると思われるかもしれませんが、私は二人の味方です。どうして消したのか、正直にお話いたしますから。安心してください」
獅童は一度、ボイスレコーダーの音声を消去したことがある。理由は、ラッキースケベが発動して「獅童くんのエッチー」という音声が入ったから。
バレたら殺される。そう思い消したら、めっちゃ泣かれた。正直に事情を説明したら、さらに泣かれたうえに襲われた。
今回も、消したら泣かれるだろう。事情を説明しても信じられない前科持ち。断れない。
「くぅ……殺せ」
「獅童さん、死体役で参加だそうです」
「何を着せられるんだ私は」
「獅童くん、やりたくないなら、やらなくていいよ」
「はああ……」
事情を知らない日向の優しさが、嫌味に思えてしまう。
そんな日向に、相川が事情説明。
「獅童さんは奥さんを大切にしすぎるあまり、なんでも言うことを聞いてしまうんです。ツンデレってやつです」
「男のツンデレって誰得でやんすか」
「奥さんしか得しません」
奥さんだけ得すればいいとすら言える。
「獅童くん、僕も参加するんで元気だしてください」
伊藤が参加しても獅童の受難は軽減されない。伊藤の精一杯の励ましは、元気出る要素がなく、被害者が増えただけだった。
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