第9話 自己紹介
自己紹介に何の意味があるだろうか?
正直、一回名前を聞いただけでは覚えられない。何度も聞いたり、名前がわかるものをチェックする。
自分はどんな人かっていうのも一度聞いただけでは覚えられない。むしろ、聞いてない人が多い気もする。
では、全く必要ないか?そうでもない。
知らない人が居たらビックリする。最悪、部外者だと思われ追い出される。
名前を覚えるよりも、顔を覚える意味合いが強いだろう。
それと、何を伝えるかによって、印象を植え付けることが出来る。
趣味を言えば、同じ趣味を持つ人に興味を持たれる。その趣味が嫌いな人は、あえて近づかないだろう。…………迷惑な人でもない限り。
意気込み、自分の取説を言えば、何かあった時に、予め言ってましたよ?と言うことができる。…………それで、どうにかなればいいが、それはともかく、意味があるものにも、意味が無いものにもなる。
「これから皆さんに自己紹介をしてもらいます。自己紹介の内容なんですが、先生の方で決めさせてもらいます」
藤本は、黒板に、自己紹介の流れを書く。
「自分の名前と、よく言われる言葉、趣味、趣味と関連づけて、自分はどんな人か、最後にもう一度名前を言ってもらいます」
言うことが多い。一限目では終わらないかもしれない。それでも、やる価値があると藤本は思っている。
よく言われる言葉で、だいたいのイメージが掴みやすくなる。
趣味とそれに関連付けた自己紹介は、友達作り、グループ作りにちょうどいい。
最後にもう一度名前を言うのは、気になる内容があっても、最初に言った名前を覚えていないだろうから。少しでも名前を覚えられればいいと思っている。
なにはともあれ、皆が正直に話すか、ちゃんと自己紹介を聞くか、疑問だが時間潰しにはちょうどいいだろう。
「イメージしにくいだろうから、先生が最初に自己紹介します。参考になるか分かりませんが、とりあえず聞いてみてください」
藤本は、黒板に書いた自己紹介の流れを指さしながら、自己紹介した。
「藤本渉です。周りからは、頑張って、とよく言われます。趣味は募集中です。募集中なので普段暇しています。休日でも何かあれば遠慮なく声をかけてください。あと、趣味が無いので気力が補充できません。なるべく問題を起こさず、大人しく、先生の気力を削ることがないように、よろしくお願いします。藤本渉です。よろしくお願いします」
言い終わって拍手。とはならなかった。内容が暗すぎた。
「先生!私と趣味を探そう!」
声を上げたのは日向こころ。さすが陽のムードメイカー。陰のムードメーカー藤本を陽に引きづり出そうとする。
「友達が協力してくれてるから大丈夫だ」
「へえ〜!先生友達いたんだ!?」
「「「「あはははははははははははは!」」」」
無邪気に、喜色を込めて、煽るようなことを言う日向。チグハグな言動にしばらく笑いは収まらなかった。
「さて、先生のことはもういいだろう。出席番号順にいくぞ。一番、相川さん。自己紹介をしてください」
「はい」
何とか仕切り直して、自己紹介が始まった。
「相川悠里です。周りからはよく、ブラコン、シスコンと言われます。趣味は妹と弟と一緒に過ごすことです。私は妹と弟が大好きです。傷つける人は許しません。相川悠里です。よろしくお願いします」
拍手は起きなかった。傷つける人は許しません、に圧を感じた。怖かった。
それと、最初から最後まで妹弟関係なのに引いた。
自己紹介を終えた相川は、笑顔を湛えたまま席に着く。その姿もなぜか怖い。
空気を元に戻したのは、陰のムードメーカー藤本渉。
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ただ無言で拍手をした。最初は藤本1人で拍手していたが、日向、獅童、真面目くんが参加しすぐに全員が拍手した。
最初に藤本が動いたのは、先生の立場か、それとも年の功か。
日向は戸惑いから覚めるのが遅かった。ニッコニコで威圧を放つとは思っていなかった。信じられなくて脳がバグったまである。
獅童、真面目くんは、同じ学校・同じクラスだったのもあり慣れたものだった。ただ、やっちゃったな感が否めない。慣れてても反応には困る。むしろ反応したくない。
次は、真面目くんの番だった。
「伊藤牧です。みんなからは、まじめって言われます。趣味は募集中です。普段は勉強をしたり、SNSを見て時間を潰しています。伊藤牧ですよろしくお願いします」
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無難に終わらせ、無難な自己紹介に軌道修正した。
狙った訳でなく、真面目な人の固有特殊スキル『
よって、ルールやコンプライアンスを考えた、特に面白みのない自己紹介になった。後に続く人も
無難に進みやがて、獅童の番になる。
「獅童誠だ。教えてと言われることが多い。趣味は自主練だ。剣道、柔道、空手、他にもいろいろやっている。家の方針で、興味がある人に軽く教えている。興味があるなら声をかけるといい。獅童誠だよろしく」
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獅童は運動系部活動に呼ばれて、武道以外にも色々教えている。ただ、基本が武道だから、練習する競技とは違うものになりがちだ。
さらに自己紹介が進み、チャラ男の番。
「葉月健一っす。よくかっこいいって言われるっす!」
「無理して嘘かないでいいぞ」
「ちょ、先生!なんで俺の時だけ口挟むんすか!?」
「「「「あはははははははははは!」」」」
不満そうに声をあげるのはチャラ男くん。不満だったが、直後に笑いを取れたから満足だ。先生の返事を待たず再び自己紹介する。
「趣味は音楽、釣り、野球にサッカー、ほかにもいろいろ沢山あるっす。みんな一緒に遊ぼうぜ!葉月健一っす!よろしく!」
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どんな人かは言わなかった。とはいえ、不自然ではなかった。わざとなのか、偶然なのか、それは葉月にしかわからない。
「日向こころです!元気だねって、よく言われます!」
元気だねってみんな思った。説得力しかない。
「趣味はコスプレです!魔法少女とか徹仮面ライダーとかやってます!イベントの時とか、みんなと一緒にコスプレしたいです。日向こころです。よろしくお願いします!」
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その後もつつがなく進み自己紹介は終わった。
「皆さん、ありのままの自分を言った人も、嘘を言った人もいると思います。嘘はいつかバレます。とはいえ、真実が良いとも限りません。人との関わり方、距離感、上手な言葉選び、これから少しづつ教えていこうと思います」
藤本は時計を見る。まだ時間があった。はあ、と溜息をつき話し出す。
「まだ少し時間があるので、今話に出た人との距離感について、少し話そうと思います。皆さんは、どんな口調だと親しく感じますか?」
口調。ニュアンスや言葉遣い。これにかなり個人差が出る。
「敬語、丁寧語、タメ口、明るい口調、暗い口調、いろいろありますね。大切な人だから友達にも敬語を使う。親しい仲だからタメ口で話す。敬語を使えないからタメ口を使う。丁寧語がキャラクターだから、タメ口だとおかしな喋り方になる。タメ口がキャラクターだから、敬語だとおかしな言葉遣いになる。友達の前では明るい自分でいられる。友達には無理に明るく振る舞わなくてもいい。どう思うかは人それぞれだ」
個人差。これがいちばん厄介なところだ。自分が経験していないことは、理解しずらい。
自分がこう思うから、相手もこう思うと決めつけてしまう。すれ違ってしまうのだ。
「小学校とか中学校で『自分が嫌がることは、他人にしてはいけません』と言われたと思います。これは間違っていないですが、自分と他人を一緒に考えてしまう欠点があります。自分が嫌なことは相手も嫌。自分が好きなことは相手も好き。そんなことはありません。好みは人それぞれです。相手を尊重できるようになってくれると、嬉しいです」
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