第8話 獅童の嫁


 ホームルームが終わって、相川悠里は獅童誠の席に向かった。


「獅童さん。明日着るスカートの長さは足首までで良いですか?」


「どうしてスカート着ることになってるんだ」


 無視したらスカート履かせるのは本気だったのか。内心そう思いながらも惚ける。


「私に告白してきた子がいたじゃないですか。その子が女装するの恥ずかしいらしくて、獅童さんも一緒ですよって言ったんです」


「断りもなく私を巻き込むな」


 無視の件は関係なかったようだ。ただのとばっちりだった。


「別にいいでしょう?今までも沢山女装してきたんですから」


 中学2年生の頃、獅童が武術を教えていると聞いて弟子入り。その後、ハロウィンやクリスマスのイベントで仮装と称して女性用の衣装を着せていた。イベントがなくても無理やり着せていた。

 相川悠里は、師匠に無理やり女装させるヤバいやつである。


「私が望んで着ている訳では無い。それに、アイツは女装する気があるのか?またお前が1人で暴走しているだけだろう」 


「暴走などしていません!理性的に!スカートを履かせようと企んでいるのです!」


「余計質が悪い!」


 身体より心を鍛えよう。そう決心した。ちなみに、この決心は数えきれないほど繰り返している。


 獅童が嘆息していると、廊下から騒がしい足音が近ずいてきた。


「マコちゃーん!一緒に学校行けなくてごめーん!」


 やってきたのは、獅童の押しかけ妻、深山深夜ふかやまみや


「気にするな。私は1人で登校できる」


「いや、そこは心配してないけど……けっこう急いだ?」


「普通に歩いて登校した」


「余裕だな。まあそこは、さすがというか、抜かりないというか……どのくらい待ってた?まさか待たずに行ったとか無いよね?」


 獅童は待たないだろうけど、待っていて欲しい。深山は、甘い期待を存分に込めて見つめる。


「私は深夜のことをよく知っている」


「どうしたの?突然そんなこと言って。照れるんだけど……」


 どこまで知られているんだろう?ドキドキする。


「深夜は待ち合わせ1時間前に来る。時間までに来なかった時は、1時間後に来る」


「なんか嬉しい知り方されてない……」


 ドキドキを返せ。


「時間になっても来なかったから、待たずに登校した」


「ちょっとは待ってよ!それで『ごめ〜ん。待った〜?』『いや、今来たとこだよ』ってやり取りしようよ〜!」


「マンガの読みすぎだ」


「悪い!?マコちゃんとマンガみたいなことしたいって思ったらダメ!?」


 キレた。夢見る少女をバカにしてはいけないのだ。

 しかし、獅童はバカにするだけでは終わらない。夢見る少女に追い打ちをかける。


「私ができると思うか?」


「思わない」


 深山は即答した。深山だって獅童のことはよく知っているのだ。


「わかってるなら夢見るな」


「ぶう〜……」


 頬っぺたを膨らませて拗ねる。獅童からの 愛が欲しい。


「ちゃんと、私とできそうなことを考えろ」


「……うん!マコちゃん大好き!」


 獅童とできそうなイチャイチャを見つけよう。深山の心は愛で満たされた。


「うふふ。相変わらず仲良しですね」


 獅童の道場に行けば、高確率で見れる光景。だが、相川が見るのは約1ヶ月ぶりだ。微笑ましくて、顔が緩む。


 一方、深山は相川を睨んでいた。なんだコイツまだ居たのか。泥棒猫か?と、警戒心MAX。相川だと気づいてない。

 しかし、睨んでばかりもいられない。良妻として挨拶(牽制)しなければいけない。


「どうも、誠の妻の深夜です。夫がお世話になっています」


「うふふ。どうも、獅童さんの弟子の相川悠里です。いつもお世話されています」


 気づかれて無いことにご機嫌な悠里が正体を明かす。


 さあ、気づけ!そして、妹弟の実力を思い知れ!相川は勝利を確信し、ニヤッニヤしている。


「え、相川って……え!?アイちゃん!?え!?ほんとだ!?えー!?」


 勝った!相川はドヤ顔した。


「ふふふ。妹がメイクしたんです。別人でしょ?」


「いや、メイクじゃなくて髪型。ちょっと見ない間に伸びたね」


「夫婦揃って髪型!?髪の長さ!?どうして妹のメイクが認められないんですか!?こんなの間違っています!」


 ああ、これ、また暴走する。めんどくさい。体より心を鍛えよう。獅童は再び決意した。

 それより、今は安寧だ。何とか言いくるめなければ。 


「妹はお前を自慢したかったんじゃないか?」


「そうだよ!お兄ちゃん子だもん!わざとメイクを分からなくしたんだよ!」


 獅童の口撃!妻の追撃!


「……そうだったんですね」


 夫婦のコンビネーションで、無事、相川は鎮静化した。 


「私を自慢したくて……。妹弟の想いに気づかず、自慢して、暴走して……。自首します」


「どこにだよ」


 既に生徒指導室に連れていかれたのだ。自首の前に捕まっている。


「お兄ちゃんもうダメです……」


 妹弟を使った口撃は威力が高すぎたようだ。落ち込んでしまった。


 そこに、教室を出ずにクラスの様子を見ていた藤本が話に加わる。


「そう気を落とすな。底辺まで落ちてからが本番だ。今はドンと構えていろ」


「先生。そのアドバイスはちょっと……」


 破滅するアドバイスは引く。


「先生!もっと前向きに生きようよ!」


 日向も参戦。というか藤本に噛み付く。その様は、因縁の敵に立ち向かう魔法少女のように、決意に満ちている。


「頑張ればきっといいことあるから!頑張ろう!」


「なんで頑張らないといけないんだ?」


「きっといいことがあるから!」


「頑張っても、頑張らなくても、いいことはある。頑張っても、頑張らなくても、悪いことは必ずある。頑張る必要は無い」


「そんなことない!頑張ったその先に、希望がある!」

 

 それはさながら、魔法少女と悪の親玉のようなやりとりだった。相川のことは考えられていない。


 藤本は嘆息して相川と日向に語りかける。


「今、自分に出来ることをすればいい。心を消して、周りを見れば、新しい景色が見えるはずだ。頑張らなくていい。周りを見ろ。理解しろ。考えろ。どうすればいいか、君たちが卒業するまで一緒に考える。困ったら先生に頼れ。いいな?」


「はい」


 相川は素直に返事をする。一方、日向は藤本を見つめたままピクリともしない。藤本が見つめ返すと、日向はポツリと呟いた。


「……先生カッコイイ」


 仮装ライダーのような、どこか影があって、でも心は熱くて、全てを庇ってしまえるような大きな背中に守られているような、そんな安心感が日向の心を満たしていた。


「ところで、深山さん。時間は大丈夫ですか?もうすぐ授業が始まりますよ」


「ああ、それなんですけど、鞄を家に忘れちゃって、授業受けれません」


 てへっ♪と笑う。


「……まあ、今日はホームルームしかないと思うし、大丈夫だろ。教室に戻れ」


「その前にご相談があるのですがー……」


「なんだ?」


「実は遅刻してホームルームにも出てません!」


 てへっ♪と笑う。


「どうしたら怒られないと思いますか?」


「真っ先に謝りに行かなかった時点で怒られるだろ。事故とか事件を疑われる前に謝りにいけ。急がないと警察にも謝らないと行けなくなるぞ」


「うわああああ!」


 深山は頭を抱える。怒られるのは確定!深山は怒られ慣れてない。急げと言われても足が動かない。怖い!


 藤本は考える。家を出た確認が取れて、一限目が終わっても学校にいなかったら警察に相談するだろう。携帯に出なかったら、一限目を待たずに相談するかもしれない。


「携帯は学校に持ってきてるのか?」


「家に忘れました」


「携帯に出なかったら事件を疑われる。急いで教室に戻りなさい」


「ううぅ……怒られたくないよ〜……」


 深山は獅童に縋り付く。当の獅童は我関せず。手を差し伸べたのは相川だった。


「一緒に自首しましょう」


 深山は思った。


(新入生に先生のとこ連れてかれるとか恥ずいじゃん)


 ダッシュで教室に戻った。

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