第7話 先生の事情


 人に頼られるのはどんな人だろう?

 

 答えは「あなた」もしくは「自分」だと思う。

 

 十人十色と言うように、一人一人個性がある。性格も、考えも、境遇も違う。

 家族を頼る人もいるだろう。家族より友達を頼る人もいるだろう。むしろ知らない誰かだからこそ、頼れることもあるかもしれない。

 それが、「あなた」もしくは「自分」だ。 


 学校としては、頼れる先生は必須。全部自分で考えて、行動して、全部自己責任は子供には難しい。

 一緒に考えてほしい、悩みを解決して欲しい、頼りたい。悩みを持つ生徒はそう思うだろう。

 指導者先生が、頼りにならないのは嫌すぎる。

 そもそも、ろくに指導できない人を、指導者とは言えない。


 そんな訳で問題児を担当することになった頼れる先生、藤本渡ふじもとわたる

 藤本を一言で言い表すと、覇気がない。


 服はヨレヨレで寝癖を整えないまま学校に来ている。複数人のファッション先生に指導された時は「お願いできますか?」といって整えて貰う始末。

 

 いつも疲れているような顔と姿勢から溢れ出る負のオーラ。声も疲れているように感じる。頼りたい、よりも、助けたい。そんな人。

 

 元気一杯な先生も思慮深い先生も沢山いるのに、1番頼られているのは、藤本渡だった。


「藤本先生、昨日、話にでた相川悠里さんが問題を起こしまして……」


「そうですか。早いですね」


 藤本は疲れた声で適当に返す。

 この学校では、ある程度人柄が良くないと入学できない。だから、問題はそんなに起きない。とくに、登校初日の朝に問題を起こす生徒は、この学校では珍しい。


「男子トイレで、男子生徒に下半身を見せつけていました」


「ああー。年頃の男子はやりますよねー」


 年頃の男子でも恥じらいはある。少数派だろう。


「軽く注意をしておきました」


「ありがとうございます」


「いえいえ。仕事ですから。それで、相川さんなんですが、見た目が女子なんで、男子トイレを使うと風紀が乱れるのではないかと……」


「男子と知っていれば、問題ないでしょう。男子に手を出す男子がいた場合、相川さんだけの問題ではないでしょうし。相川さんは、性別を隠していますか?」


「いいえ、隠すつもりはないようです」


「そうですか。また騒ぎにならないと良いですが……」


 昨日の絶叫事件。絶叫が落ち着いた後、念の為に性別と顔を見比べた一発目、出席番号1番、相川悠里。


 天を仰いだ。爆弾を発見したようなものだ。気づかれないように、日向こころに全員の意識を集中させ、なんとか絶叫爆弾を起爆させずに済んだ。

 

 生徒が帰ったあとは、立ち代り入れ代わりやってくる先生に説明した。それはもう沢山。うんざりする程に。

 

 昨日は保護者の声が大きかった。そして今日は、保護者がいない分、人数が少ない。昨日ほどの騒ぎにはならないだろうが、憂鬱だ。

 

 昨日の事を思い出すのも、今日のことを思うのも憂鬱だが……問題児が一人増えたのも憂鬱だ。


「相変わらず大変ですね」


「そう思うなら代わってください」


「それはいいですね。先生が生徒指導部に来てくれるなら心強い」


「やっぱりいいです」


 はあー。とため息をつく。学校中の問題児が集まる生徒指導部はやりたくない。


「まあ、困ったら助けますんで、いつでも声をかけてください」


「ありがとうございます」


 と言いつつも、ため息が漏れる。

 今の会話、困るのが確定という内容だったから。自分もそう思うのだから、気分も沈む。


「相川の指導、まだ終わってなくて、お昼休み生徒指導室に呼んでいるので、今日はお昼ご飯一緒にたべましょう」


「あ、はい」


 お昼休みに仕事が入った。




 ・・・・・・・・・・・・




 校長が問題児と判断したのは3人。問題児といっても人柄は保証されている。校長はその辺、抜かりない。

 

 今日、問題児に追加された相川悠里。校長が見逃した問題児は、これから先何をやらかすのか。憂鬱だ。


 藤本が教室に入る。教室は静かだった。1箇所を除いて。


「これを見てください。化粧前の私です。全然違うでしょう?」


「えーっと…………」


「ごめん。全然わからない」


「と・に・か・く!ちゃんとバッチリ可愛くしますから、私に任せてください!」


「いや、俺、女装に興味ないから」


「もう、この話止めよう。別の話をしようよ」


「そんなこと言わないでください」


 相川が男子生徒二人に女装を進めていた。

 まあ、女装はマイナーなだけで悪いものではないし、何も問題ない。


「相川さん。女装が好きなんですか?」


「あ、先生おはようございます」


「ああ。おはよう」


 こころとチャラ男も遅れて挨拶する。


「それで、女装が好きなんですか?」


「女装が好きというのもありますが、綺麗でいたいんです。お兄ちゃんとして」


「お兄ちゃんとして?」


 カッコよくいたいではなく、綺麗でいたい。ちょっと理解できなかった。


「はい。自慢のお兄ちゃんでいたいので」


「そうか。頑張ってくれ」


「ええ。頑張ります」


 とくに問題を起こさないように頑張って欲しい。


「そろそろホームルームを始めるから席に着いてくれ」


 まだ新しい環境に慣れていないようで、みんな静かに席に着く。まだ緊張しているからか、私語が全くない。

 昨日騒いでいた生徒とは思えない。


 出席をとり、連絡事項を言っていく。


「今日は1限目から4限目までホームルームになっています。この教室で行うので、時間になったらこの教室に戻ってください」


 ホームルームでやるのは、自己紹介、委員会決め、教材を配って、学校の説明。その他にもいろいろ担任の判断で何かする。藤本は少し気が遠くなった。


 気を持ち直して、話を進める。


「午後からは学年集会があります。後で並び方を説明しますが、集会前にもう一度説明しますので、お昼休みが終わる前に、体育館に集合してください」


 大事なことはホームルームで話すから、もう伝えることはない。あとは適当に喋るだけだ。

 ふう、と一息いれて、疲れた声で話始める。


「皆さん、入学したばかりで緊張していると思います。知らない環境、知らない人を警戒するのは、生物として自然なことです」


 日向こころと相川悠里が警戒心を持ち合わせているのかは疑問だ。彼等を批難ひなんしている様に聞こえたかもしれない。


 (まあ、いいや。怒られたら謝ろう)


 藤本は考えるのをやめた。彼のモットーは深く考えないだ。


「ありきたりな言葉ですが、お互いを知ることから始めましょう。先生、友達から『そんなやつだと思わなかった』と言われたことが何度もあって、悲しい思いをしました」


 感情に鈍感な自分が悲しいと感じたんだ。きっと皆は『悲しい』だけではすまないだろう。そう藤本は思う。


「先生大丈夫です!私がいます!」


 声を上げたのは日向こころ。アゲアゲなムードメーカーは嬉しいことを言ってくれる。

 

 サゲサゲなムードメーカー藤本は少し悩む。このまま日向にクラスを任せるか、少し落ち着かせるか。


「そうですか。頼もしいですね」


 結論、考えるのを止めた。深く考えないがモットーだ。

 疲れた声で言う藤本に、日向は不満そうな顔をする。


「先生。信じてないでしょ」


「信用は時間をかけて築いていくものです。先生が日向さんを信じるかは、日向さんの実績しだいです」


 無条件で信じられるほど、藤本は他人を信じていない。

 日向は不満そうだが、何も言い返せないようだ。俯いて言葉を探している。


「それでは、皆さん。今日は授業がないですし、学校を楽しんでください」


 そう締め括って朝のホームルームを終える。


 既にいくつかグループができているようで、半数はお喋りをしていた。もう半数は、スマホを触っていたり、ぼーっとしていたり、1人で過ごしている。


 (まあ、普通だな。例年通りの光景だ)


 日向に視線を向ける。

 日向は未だに席で考え込んでいる様子だ。


 (思ったより早く次の問題が起きるかもしれないな)


 藤本は少し気が遠くなった。

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