第6話 暴走スイッチ
入学式の時点で席は決まっていた。男女ごちゃ混ぜの名前順。
でっかい紙に書いて、黒板に張り出してある。
入学式の翌日で、朝の今もまだ、そこにある。
クラスの数人がそれを見ていた。
「さっきお兄ちゃんって言ったよな。本当に男なのか?」
「っていうか、髪弄られている方は妹なのか?いや、弟?」
「え?姉妹?このクラスに同じ苗字の人、いなかったよね?」
「うん。いなかった。ということは……複雑な家庭の事情?」
「うわぁ……」
(相川くんたち、すごく誤解されてる)
真面目くんは、誤解を解かねばいけないと思った。
このクラスに相川と同じ中学校だった人は、真面目くんだけ。
本人か真面目くんが誤解を解かねば、余計なトラブルが起きかねない。
ぶっちゃけ、トラブルになるとは思わないが、隣で潰れているチャラ男くんを見ると、罪悪感に囚われる。
ハッキリ男だと言っていれば、あんな事件は起こらなかっただろう。告白からの尋問、下半身露出…………もう、あの悪夢を繰り返す訳にはいかない。
(2人は……なんとかする気ないですよね)
悠里は獅堂の髪を弄るのに夢中。獅堂は微動だにしない。誤解に気づいてるのかも怪しい。
まあ、気づいていても、何もしないだろうが。
悠里は社交性があるが、意外と無頓着。自分の理想を体現しようと努力している。故に、周囲からの評価よりも自分の評価を重視する。噂とか気にしない。自分から誤解を解かない。聞かれなければ言わない。
一方、獅堂は人に興味が無い。でも、友達がいない訳では無いし、人嫌いでも無い。他人は他人。自分は自分。言わせたいヤツには言わせとけばいい。そんなスタンス。
1年間、2人と同じクラスだった真面目くんは思った。自分がやらなければいけないと。
それは使命感となって真面目くんを突き動かす。
「あの2人は兄弟じゃないですよ」
「そうなの?」
「同じ中学だったの?」
「どんな人?」
数人が真面目くんのもとに集まる。
「中学三年の時に同じクラスでした。髪が長い方は、態度が冷たいですが、面倒見がよくて、かなり慕われてました。髪が短い方は、優等生で親しみやすく、周りが放っておかない人でした」
「そうなんだね」
「なんか、高嶺の花って感じ」
「わかる!なんか、差を感じるよね」
「それな!綺麗だし、堂々としてるし、生きてる世界が違う気がする!」
生きている世界が違う。それもそうだろう。2人とも一癖はある変人なのだ。堂々と変人しているのだ。まさに異次元。生きてる世界が違う。
「少し距離を感じるかもしれませんが、あの2人は、あまり周りの目を気にしませんし、少し特殊なので、気にしない方がいいと思います」
「特殊って、どんな?」
「2人とも男なんですが……」
「え!?男!?」
「全然見えねえ」
「てか、さっきもその話してたよね。全然、信じられないけど……」
悠里がトイレに行ってすぐ、獅童が言ったのだ。悠里は男だと。その時に男だと知った。なのに、隙あれば女と勘違いしてしまう。不思議である。
「中学の時は、まだ、男に見えていたんですけど、今は女にしか見えないです」
不思議と髪型で印象が変わる。
「でも、中学の時も男子から告白されていたんで、あまり変わらないかもしれません」
「男ってわかってて、男子が告白してたの?」
「そうですね。中学では男女で制服が違ったので、間違えることはありえません」
「俺もそのうちの1人だぜ!」
ドヤぁ!と勢いよくチャラ男くんが立ち上がる。
「いや、わかってませんでしたよね?」
悠里がトイレに入ってきた時、なんで居るんだ!と驚いていた。絶対わかってなかった。
そもそも違う中学のため、「そのうちの1人」にカウントされない。
「まあ、だとしてもだ、まだ告白の返事は聞いてねぇ。つまり、今から返事を聞きに行けば、男とわかってて告白したのと同じだろ?」
「そうだとしても、それをする必要はあるんですか?」
「なくても行く!そこに可愛い子がいるのなら!」
「ええ……」
もう、何を言っているのかわからない。
それはチャラ男君も一緒。もはや勢いで言っている。
「相川悠里さん!」
「ん?どうしましたか?」
「好きです!付き合ってください!」
「あっ!返事をしていませんでしたね。失礼いたしました」
「大丈夫ッスよ!それで、どうですか?」
もともとのチャラ男くんの目的はフラれること。ここでフラれれば、チャラ男くんの目的は達成である。
そのあとは大袈裟なリアクションで笑いを誘うだけだ。
「残念ですが、あなたの気持ちには答えられません」
目的達成!大袈裟なリアクションの予備動作に入る!
「ですが!」
悠里にガッシリ肩を掴まれ、リアクションはパリィされた!
「あなたは素材がいい!バッチリメイクして髪を整えてこの学校一のモテ男子にします任せてくださいさあこっちに座って早く!」
めっちゃ早口で巻くし立て、腕力で椅子に座らせる。
「いや俺は大丈夫だから」
解放してくれ。
「遠慮しないでください。時間が無いので、少し整えるだけです」
ポケットから櫛を取り出し、カッコイイ感じに整えられた髪を、伸ばしていく。
「顔がいいので、オールバックの方が良いと思うんですよね。表情も豊かなので、前髪は上げるべきです」
ササッと髪を後ろに流し、黒いカチューシャで前髪を止める。
「ワックスで固めるのもいいですけど、カチューシャも似合いますね。見てください」
鏡を取り出し、チャラ男の姿を写す。
「……あれ?結構似合ってる?」
前髪を上げたことで、明るい印象を受ける。そして金髪に黒いカチューシャが映える。
「なんか、漫画とかでこんな感じのキャラがいたような?これ、いいな。うん。いいな!」
「ですよね!想像以上に似合ってて、自分でも驚いてます!実はかっこよかったんですね!」
「『実は』は余計だよ!」
さっき素材がいいと言ったのはなんだったのか。
文句を言いたいが、文句なしの髪型に気を取られて文句が言えない。
「良かったね!すっごくカッコイイよ!」
声をかけたのはこころ。
実は、落ち込んだチャラ男くんを心配していた。
チャラ男のそばにいなかったのは、真面目くんに説得されたから。曰く、「昨日振られた人に慰められるのは酷く惨めなんだ」「なんで、君はフッたの?って余計辛くなる」と。
そんな訳で見守っていたが、チャラ男が元気になって近づくのを黙認された。
「こころさん。俺、モテるんじゃね?」
「うん!きっとモテるよ!」
チャラ男くんは背筋を伸ばし、日向こころに向き直る。
「こころさん!俺と付き合ってください!」
「ええ!?」
ついさっきフられたばかりなのに告白するの?さっき告白した人の目の前で?
こころはチラチラと悠里を見る。フッたとはいえ、告白してきた子が、すぐに別の子に告白するのは良い気分ではないだろう。心配だ。
視線に気づいた悠里は頷く。わかっているとばかりにしたり顔で。
心配されていることは微塵もわかってない様子。いったい何をわかったのだろうか?
「少し突然すぎたようです。あなたの美貌を前にすれば言葉を失うのは必然です。再び言葉を取り戻すまで、ゆっくり待ちましょう」
どうやら返事に困っていると思ったようだ。少しキザったらしい口調でチャラ男くんを諭した。
「そんなに俺カッコイイですか!?」
「ええ、カッコイイですよ。明日はメイクもしてもっとカッコよくしましょう」
「はい!師匠!」
師匠。いい響きだ。満更でもない。こうして悠里の暴走は再開された。
短時間で数回、悠里を暴走させるチャラ男は、悠里の暴走スイッチだろうか?
「こころさんはどんな男の子がタイプですか?」
「いや、私は女の子が好きだから、男の子はちょっと……」
「なるほど。では……」
悠里は、チャラ男の肩に手を置き、言い放つ!
「女の子になりましょう!」
「イヤです!」
チャラ男くんは心の限り叫んだ。
チャラ男に女装趣味はなかった。というかフラれるのが目的だから、女装しても意味が無い。
女装を解けば男だから、どのみち日向相手に意味は無いだろう。
「大丈夫です!ちゃんと可愛くなります!」
「そういう問題じゃない!」
チャラ男は相川の手から逃れようと、抵抗する。
「私も獅童さんも一緒なんで恥ずかしくありませんよ!」
「そういう問題でもない!」
さりげなく獅童が巻き込まれた。
そして、この問答は先生が来るまで続いた。
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