第4話 朝の騒ぎ


「……わかるわけねえ」


「わからないんですか?」


 悠里は真顔でチャラ男を見つめる。ちょっと怖い。


「いや、その、悠里ちゃんの言葉で聞きたいっていうか、教えて欲しいっていうか……ねえ?あはははは」


「わからないんですね……」


 ほっぺた膨らませて、拗ねてしまった。


「す、拗ねてる悠里ちゃんも可愛いねー」


「私のことはどうでもいいんです」


「えぇー……」

(じゃあ、なんで拗ねてるんだよ!)


 悠里はブラコン。弟がヘアセットした。この2つを、チャラ男は知らない。


 獅堂は、2人の会話に口出しする気がなかった。興味がなかったし、悠里が告白されるのはよくあることだから見慣れた。

 でも、今はいつもと違う。告白そっちのけで、悠里が自慢を始めてしまったのだ。それにチャラ男はグロッキー。見てられない。


 助けることにした。


「よく見ていろ」


 獅堂は懐から扇子を取り出し、自分を扇ぐ。

 前髪が浮き上がり、凧のように宙に浮かんでいる。扇ぎ終わると、髪がモワッとしていて、あちこち跳ねていた。


 続いて、悠里を扇ぐ。

 CMに使えそうなぐらい、綺麗にサラサラ動いている。扇ぐのを止めると、全く乱れてない、もとの状態に戻った。


「前髪が崩れていないだろ。おかしいぐらいに固めてあるんだ」


「おかしいって言わないでください」


 獅堂は、不貞腐れる悠里の前髪を指で弾く。弾かれた前髪は、ふわっと浮き上がり、スっともとの位置に落ちる。


「髪の手入れは、こいつの妹がしているんだが――」

「――今日は弟です」


「……こいつの弟が髪の手入れをしたんだが、たぶん弟は前髪しか触っていない」


「前髪だけじゃありません。後ろ髪に香水塗ってもらいました」


 獅堂の扇子を奪い取って髪を扇ぐ。


「このくらい匂いが薄いと、顔振ったぐらいじゃわからないぞ」


「わかってください」


「お前は女子か」


「ポニテ男子に言われたくないです」


 獅堂は少しイラッとした。


「すまないが、こいつと2人で話させてくれ」


「あ、うん。便所行ってくる」


「では、僕も」


 チャラ男くんと真面目くんは逃げた。安全地帯だと思われる場所に。


「今のお前を弟達が見たら幻滅するんじゃないか?」


「私の兄弟はそんな人じゃありません。知った口をかないでください」


「じゃあ、言い方を変える。その状態を弟達に見せられるのか?」


「そう言われると弱いです」


 お兄ちゃんとしてのプライドが許さない。


「でも、元気が出ません」


 プライドはテンションに敗北した。悠里は机に突っ伏してノックダウン。


「これだからブラコンは……」


「私のことならなんとでも言ってください」


 もうダメだ。獅堂は諦めた。


「おはよー!」


 教室に明るい声が響く。ムードメーカーこころ、参上!


「……みんな、どうしたの?沈んだ顔して」


「……すまない。おそらく私たちのせいだ」


 告白が始まった時から、教室は静かだった。あとから教室に入ってきた人は、静かに状況確認して見守っていた。


 悠里の、試練のような「他には?」攻撃ではチャラ男くんに同情した。

 元気MAXだった悠里が、急に落ち込んでからは、悠里に同情した。


 2人への同情が沈んだ顔の正体だ。

 それを、獅堂は簡単に説明をした。


「そうかー。昨日、私に告白した人が、悠里ちゃんに告白したんだー……」


 恋愛対象外だが、昨日の今日で乗り換えられると、寂しいものがある。


「時間が経てば落ち着くだろう。放って置けばいい」


「うーん……それはヤダなー」


 獅堂は嘆息する。こころが下手に慰めれば悪化しそうだ。そんな予感がする。


「こころは鉄仮面ライダーになりたいのだったな?」


「うん。そうだけど、それ今関係ある?」


「私の実家は道場をやっていてな、少しは武術を教えてやれる」


「ごめん。興味無い」


 こころが、悠里を起こそうと手を伸ばす。


「わかった。何とかするから、私に任せてくれ」


「ちゃんとできるの?」


「ああ、手がつけれらいぐらい元気になる」


 本当に手が付けられないからやりたくないが、こころに任せるよりマシだと思った。


「悠里。お前が落ち込もうが、不貞腐れようがどうでもいいがな――」


「――ちょっとストップ。落ち込んでる人に言う言葉じゃないと思う」


「ただの前置きだ。口を出さいでくれ」


「イヤだ。任せたくない」


「私とコイツは2年の付き合いだ。それに、私とコイツは師弟関係だ。合宿をしたこともある。私に任せろ」


「信用出来ない」


 獅堂は嘆息する。昨日顔を合わせ、ろくに会話もしていない関係で、信用問題を持ち出されても困る。


 2人の会話を聞いていた悠里はため息を着く。獅堂が言いたいことは伝わっている。ちょっと元気出た。


 でも、動き出せない。円陣組んで、声かけがあって、行くぞ!って言われる前に中断させられたみたいな、待機状態。


 (でも、動くしか無いんですよね……)


 獅堂が言おうとしたのは、武術を教える時の基本方針。ざっくりまとめると「自分で決めろ」である。


 (とりあえず、自慢できるお兄ちゃんに戻りましょう)


 動くことを決めた悠里は立ち上がる。次に、表情を真顔と微笑の中間ぐらいで取り繕う。身だしなみを整えるために御手洗いにも行きたい。


「あ!悠里ちゃん!もう大丈夫?」


「ええ、おかげさまで。心配をおかけして申し訳ありません」


「そんな、謝ることじゃないよ!気にしないで!」


「ありがとうございます。失礼します」


「ん?どこ行くの?」


「化粧を直してきます」


「あ、うん!いってらっしゃい!」


 こころは悠里を見送った。


「ねえ、ちょっと悠里ちゃんの様子見てきて。私じゃ女子トイレに入れないから」


「私も女子トイレに入れないんだが……」


「え?男の子だったの?」


「ああ、男だ。それと、悠里も男だから、様子をみたいなら行ってくるといい」


「え?悠里ちゃんも男?」


「ああ、悠里も男だ」


「え?……え?」


 化粧してるのに?スカート履いてるのに?いい匂いするのに?嘘でしょ?本当なの?


 話を聞いていたクラスメイトも同様に戸惑っていた。




 ・・・・・・・・・・・・


「私の言葉で聞きたいと言ってましたよね?聞きますよね?」


「え!?いや、ちょっ!待って!!ここ男子トイレ!!」


「私は男子なので問題ありません!」


「そんな嘘信じると思う!?」


「嘘じゃありません!証拠を見せてあげます!」


 悠里はスカートの中に手を突っ込みショーツを脱ごうとした。


「ちょっ!待てーい!!!」


 チャラ男くんは悠里の腕を抑え、全力で阻止する。こんな所見られたら学校生活が終わる。

 だって、女子(推定)が局部を見せつけようとする、なんてありえない。普通に考えたら、チャラ男が脱ぐように強要したとしか思えない。


「手を放して下さい!」


「放せるか!!」


 顔が近いし、いい匂いするし、腕柔いし、ドキドキするけど!見られたらヤバいドキドキの方がヤバい!ヤバいしか言えない!ヤバいしか勝たん!


「あなたが、教えてって言ったのでしょう!?」


「言ったけど!見せてとは言ってない!」


「戯言はいいです!手を放しなさい!」


「放したら脱ぐの止めるの?」


「やめません!!」


「なんで!?」


「いいから手を放しなさい!」


「お前が放せよ!」


「私の体が目当てなのでしょう!?」


「俺そんなこと言った!?」


「顔で選ぶ男なんて体目当てに決まってます!」


「ううッ!否定できない!」


 チャラ男は身体目当てだった。


「おい!!お前ら何やっている!?」


 (あ、終わった)


 先生が来て絶望したチャラ男くんはへたり込む。

 チャラ男くんの抵抗が無くなった悠里は、ショーツを膝まで下ろし、スカートを捲り上げた。


「さあ、見てください!」


「ほんと前ら、何やってんだ!?」


 先生は混乱した。

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