第3話 男か女か


 現実ってなんだろう?

 現実は現実だ。実際に見て聞いたもの。現実を疑うのは現実から目を背ける行為かもしれない。


(どう考えても男だ)


 ここに現実から目を逸らしている男がいた。


 昨日、女と間違え男に告白した。

 しかも、クラスメイトとその親御さんの前で。もちろん自分の親もいた。

 その親にはめっちゃ同情された。「父さんもお前ぐらいの歳だったら告白してた」と言われた。

 親父の恋バナとか聞きたくねえ。


 いろいろショックだったが、高校デビューとしては悪くない。

 軽薄だが友達思い、哀れな様が憎めない、そんなキャラで人気者になろうとしている。


 彼の目の前にいるのは2人の美女。いや、片方は男かもしれない。ポニーテールだから分かりにくいが、濃ゆい顔が男っぽい。あと声が少し低い。女性でもおかしくない、そのくらいの低さ。


 もう片方は完全に女子。髪は肩まで伸びてるし、女性の髪型だし、顔も可愛いし、スカート履いてるし、花みたいないい匂いしたし、女にしか思えない。


 (でもなー……)


 思い出すのは、下駄箱で挨拶した記憶。「実際、男の私でも、女にしか見えないでしょう?」

 でも。


 !でも!


 深呼吸をして、もう一度見てみる。


 (いやいやいや。女にしか見えないって。絶対女だって)


 目で見た現実は女だと訴えてくる。でも耳で聞いた現実は男だと否定してくる!どっちが現実なんだ!


 自己申告を聞いた耳がきっと正しい。でも言葉のあやも考えられる。他にも状況と場合によっては、きっと!


 もはや、現実逃避だった。


 (いったん落ち着こう。俺が今日やるのは、2回目の告白と、それを見る観客を用意すること。2日連続で告白すれば、遊んでるやつって、軽蔑されるはずだ。そうなれば、絶対に俺の告白は断られる。断られて笑うやつは絶対にいるはずだ。そいつが囃し立ててくれれば、哀れみがます!女子の軽蔑が同情にまで引き下げられる!俺の存在自体がエンターテイナーになる!つまり人気者!完璧!!)


 何が完璧なのだろう?嫌われ者になる未来しかないと思われる。


 教室にいる人は10人ぐらい。

 まず、その中から話し相手を見つける。男子で、ターゲットから離れた場所にいる人。


 周りを見渡す。ちょうど1人しか居ない。その近くに女子が居るのが不安要素だが、行く!現実逃避のために!


「おはよー。なにしてんのー?」


「……SNSを見ています」


 言いながらスマホを伏せ、目を合わせて、話を聞く体勢になる。真面目そう。


「ときろでさ、可愛い子紹介できる?」


「女子の知り合いはいないので……」


「そうか。じゃあ好きな人はいる?」


「いません」


「そうか」


 チャラ男くんは思った。めっちゃ警戒されてる。


 いや、真面目に答えてるだけかもしれない。真面目そうだし。

 でも、話が弾まないのは想定内。突然話しかけたら驚かれるものだ。


「俺な、昨日振られたじゃん?」


「そうですね」


「それでさ、次、誰に告白しようかと思って」


「………………そうですか」


 めっちゃ答えに困ってる。適当に答えたり、軽く流したり、パッパと返事すればいいのに 、答えるまでにけっこう間があった。

 きっと、オススメとか、アドバイスとか、言おうとしたに違いない。真面目だ。


「あそこの人、良いなって思ってるんだけど、どう思う?」


「えっと、あそこで話してる、ポニーテールで、ズボンを履いた人と、肩まで髪を伸ばしてて、スカートを履いてる人?」


「そうそう。その肩まで髪を伸ばしている方」


「あー……えーっと……」


 すごく困っていらっしゃる。お前には無理だと言うのか?俺が狙ってると言うか?かさずに返事を待つ。


「そのー……たぶん相川悠里さんなんですけど……」


「へえー。悠里って言うんだー」


 昨日は自己紹介がなかったから、初めて知った。


「たぶん同じ中学なんですよ」


「へえー。そうなんだ。どんな人なの?」


「その……すごくいい人ですよ」


 すごくいい人、と言う割には歯切れが悪い。表情も硬いし、何かある。チャラ男くんは身構えた。

 これから告白する相手がヤバいやつだったら……覚悟を決めよう。


「優等生で、頭が良くて、運動もできて、優等生で、その、欠点がないぐらい、いい人です」


 優等生を2回言った。そこまで聞いて気づく。歯切れが悪くなるのも当然だと。


「彼氏がいるんだな?気を使わせちまったな」


 とにかく優等生で美人。彼氏がいないはずがない。


「いや、違うんです」


「まあまあ、皆まで言うな」


 気を使っているのがバレて、恥ずかしくなったんだな。


「俺は、彼氏持ちにも告白する男だ。行ってくる!」


 教室に人は少ない。ギャラリーは多い方がいいが、まだ2回目だ。人が多い時間を狙う必要がない。告白した事実さえあればいい。


「ちょっとまって」


「止めないでくれ。男にはな、やらねばならぬことがあるんだ!」


「いや、本当に待って!」


 真面目くんの制止を振り払い、教室の視線を集めなが悠里のもとへ歩みを進める。

 ちなみに悠里は、チャラ男を一切気にせず話続けていた。


「相川悠里さん!」


「?はい。なんでしょうか?」


「好きです!付き合ってください!」


 腰を九十度に曲げて、頭をさげる。チャラい見た目で。

 告白を見る野次馬とは違う、変な物を見るような視線が集まる。


 変なものでも、それはそれ。恋愛に興味津々な高校生は固唾を飲んで見守っていた。獅堂と真面目くんを除いて。


「ちなみにどこら辺が好きですか?」


 告白は軽薄にはできなかったが、理由はちゃんと考えてきている。飛びっきり軽薄なのを、顔を上げてハッキリ言う。


「顔!」


「いや、率直過ぎない!?」


 思わず叫んでしまった真面目くん。他の人も、口に出さないだけで、同じことを思っている。悠里と獅堂以外は。


「具体的に顔のどこが好きですか?」

「お前、くちニヤけてるぞ。今日は清楚系じゃなかったのか?」

「今はいいんです!顔のどこが好きなんですか!?」


 褒められるを通り越して、告白された。妹のメイクの功績としてこれ以上はないだろう。めちゃくちゃ嬉しい。


 悠里の勢いに押されながら、チャラ男くんは必死に頭を働かせる。


「えっと、肌が綺麗」


「そうでしょう!そうでしょう!」


 悠里はめっちゃご機嫌。髪を振り乱しながらコクコク頷いている。

 

 (あれ?これ行けるんじゃね?)


 まさかの好感触。このまま褒め続ければ、勢いで付き合えそう。チャラ男くんの目的はフラれることだが、彼女はいらない、なんて思ってない。彼女欲しい!


「目も綺麗!」


「そうで……目?眼球?」


 (あれ?なんでテンション下がってんだ?)


 よく分からないけど、眼球はアウトな気がする。


「……いや、その、目尻とか、まつ毛とか」


「うん!うん!そうですよね!」


 なんかよくわかんないけど、正解らしい。


「他には?何かありませんか」


「えっと……眉毛が綺麗」


「ですよね!他には?」


「鼻が……その……いいな」


「ッ!わかりますか!?見る目ありますね!」


 (どうしよう。わからない)


 もう、なんか、怖い。わかってないのバレたらどうなるんだろう?


「口はどうですか?」


 口を指さし、聞いてくる悠里。一瞬、無意識に、口を突き出し、顔を近ずけた。


 (びっくりした。キスされるかと思った。てか、キスしてえ)


 唇をガン見しながら思う、チャラ男くん。初心うぶさ全開だ。


「色というか……艶があって綺麗」


 悠里の顔に笑顔が溢れる。正解らしい。


「髪は?髪はどうですか?」


「……綺麗……だね」


「それだけですか?」


 それだけじゃダメなのか?ここまで綺麗って言えば良かったのに?難易度上がった?


 必死に考える。


(そういえば清楚がどうって言ってたな)


 獅堂が言ってたことをもとに考える。

 

「……清楚だな」


 そのまま言った。


「そうですけど……なにか気づきませんか?」


 顔を横に振ったり、傾げたり、アピールする。いつの間にか、告白がクイズに変わっている。


「なんていうか……綺麗に揺れてるな。こう……サラッと」


「それだけですか?」


 (まだ、なにかあるのか?)


 もう、無理。チャラ男くんは音を上げた。

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