第2話 登校初日


「お兄ちゃん!メイクしていいんだよね!」


「ええ、いいですよ」


 ウキウキしてる妹に答える。


「お兄ちゃん!髪も可愛くしていいんだよね!」


「ええ、いいですよ」


 ワクワクしている弟に答える。


「「やったー!」」


 2人は跳ねて喜び、ワチャワチャ準備を始める。その姿を眺めながら、椅子に座る。


 メイクや髪型は事前に決めていたはずなのに、心が揺らいでしまう。

 クール系、キュート系、清楚系、どれも捨て難い。


 メイクアップを始めてしまえば後戻りは出来ない。やり直す時間は残されてないのだから、失敗は許されない。


 あれもいい、これもいい、と言う妹たちを、相川悠里あいかわゆうりは微笑ましく眺める。

 でも、笑ってもいられない。本当に時間が無いのだ。


「2人とも、何もしないなら、このまま学校行っちゃいますよ?」


「それはダメ!」


「昨日はお母さんに取られたんだもん!今日は絶対僕たちが綺麗にする!」


「すぐ始めるから!もうちょっと待ってて!」


 再び話し合いに戻る妹たち。

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。果たして「すぐ始める」はいつになるのか……。

 少し強引な手段にでることにした。


「10、9、8――」とカウントすることで焦らせる作戦。ゆっくりと立ち上がるのもセットで仕掛ける。


「わかった!わかった!すぐ始める!」


「お姉ちゃん、決めてたやつにしよう!」


「うん!決めてたやつにする!だから座って!」


 決めてたやつに決まったので、大人しく座る。力を抜いて妹たちのされるがままに。


 愛する妹弟にお世話される。悠里はこの時間が好きだった。「数年前までは私がお世話していたのに、成長したな」なんて思うと愛しくてしょうがない。


 愛しい時間もすぐに過ぎるもので、体感1分で終わってしまう。妹弟は満足そう。このまま雑談したら楽しいだろうな。時間が許してくれないけど。


 妹弟は急いで学校にいってしまった。

 いつの間にか居たお母さんから逃げた、が正しいかもしれない。仁王立ちしている。


「悠里。お兄ちゃんなんだから、時間には気をつけなさい。急いで登校して事故にあったら悲しいでしょ?あのこたち元気だから、道路に飛び出さないか心配だわ」


「それはわかりますけど、時間が飛ぶんです。気づいたら今の時間で……」


 毎朝、お世話されてる母に同意を求める。愛する子供が綺麗に整えてくれるのだ。きっと同じ気持ち――いや、それ以上に違いない。


「わかるわよ。お母さん何度も遅刻しそうになったもの。本当に何度もあったの。何度もあるから気をつけないとダメなの。一緒に頑張りましょう!」


 同意だけで押し切られてしまった。断れない。

 できるかなぁ〜と不安に思いつつ「頑張ります」と言った。




 ・・・・ ・・・・・・・・




 悠里の入学した学校は、かなり緩い。髪色自由、化粧OK、制服のズボン・スカートどちらでもOK、バイトもOK。でもたまに注意を受けることはある。

 ――例えば髪型、髪色。ありにも似合ってないと、ファッション講座に捕まる。

 ――例えば化粧。あまりにも下手だと、化粧の補習が待っている。

 ――例えば制服。あまりにも似合ってないと、ファッション的指導をされる。

 ――例えばバイト。あまりにも問題があると、学校内の清掃や軽作業に変更させられる。

 もはや大学――いや、大学でもありえないんじゃないか?そんなレベルで、生徒に都合がいい。


 都会の学校なら同じ条件の学校があるかもしれないが、この辺の学校では珍しい。


 そんな学校に入学した悠里。志望理由は3つ。

 1、スカートが履けるから。

 2、妹弟が喜ぶから。

 3、自分もお世話されたいから。


 毎朝、化粧して、髪を整えて、されるがままの母に嫉妬してたのは秘密である。


 今の悠里は女性も惚れるほど綺麗。肩まで伸ばした滑らかな髪は、歩くだけでちゅうを泳ぐ。端正な顔立ちは、さりげないメイクで清潔感をだしている。


 今日のテーマは清楚系美少女。自然体、ノーメイク、素で美しい、そう錯覚させるのが狙いである。


 実際、素で美しいから錯覚では無いのだが、それを言うのは無粋だ。


 見た目は清楚でも、動きがだらしないと意味がない。


 背筋を伸ばし、体の前で鞄を持つ。視線は少し下げ、澄まし顔。

 見た人に威圧感を与えないように、大人しく。それが悠里の思い描く清楚系女子。


 歩くたびに、鞄が膝にぶつかって鬱陶しい。


 鞄を蹴りながら歩く女子も悪くないが、今は極力蹴らないように歩く。歩幅を小さくして、膝は動かさないように、膝から下を動かす。


 少し変な動きだが、あまり気にならないだろう。なんせ、顔がいい。髪が綺麗。足への視線は引き剥がせる。


 注目を浴びて、悠里は大喜び。まあ、態度には出さないが。

 妹弟の努力が認めれているのを感じる。


 顔を見せつけながら歩き続けて約40分。ようやく学校が見えてきた。意識が学校に移り、ふと思う。


(昨日は私が男だってバレなかったんですよね)


 こころが男で、クラスが絶叫。担任が落ち着かせようとするが、担任の声がかき消されるほど、うるさかった。


 この騒ぎを鎮たのは、こころ。両手を挙げ、話しますアピールで黙らせ「近所迷惑だから」でクラスの声を抑え込んだ。


 その後、声を抑えられても落ち着かない、クラスメイトの注目の的はこころ。悠里は見向きもされなかった。


(まあ、クラスに知り合いもいますし、あそこまでの騒ぎにはならないでしょう。少ししゃくですが、嫉妬をするのは醜いですし、騒ぎを好むのはお兄ちゃんとしての威厳に関わりますよね)


 お兄ちゃんとして、恥ずかしくないように生きてきたのだ。今までのイメージを歪めたくない。


 曲がり角で一時停止。車の有無を確かめていると、知り合いを見つけた。


「おはようございます。獅堂しどうさん」


 獅堂は少し首をかしげ、挨拶をすると、構うことなく歩みを進める。


 いつもどうりの獅堂だが、1つ違うことがある。悠里を見て、首をかしげていた。つまり、悠里の正体に気づいていない。


 ニヤリ、と笑うのを抑えて、悠里は獅堂の横を歩く。


「私が誰かわかりますか?」


「同じクラスのだろう?」


 やっぱり気づいていない。


「いいえ、違います」


「……ああ、悠里か」


「そうです。悠里です。気づきませんでしたか?」


「ああ、あまり顔を見ないからな」


「しっかり見てください。今日のメイクは妹がしてくれたんです」


 獅堂の顔を掴み、顔を合わせる。


「すまんが、メイクの善し悪しはわからん。素顔の方に目がいく」


 獅堂はかなり目がよく、顔の凸凹で人を見分ける。メイクで誤魔化せるのはシミぐらいだろう。


 悠里だと気づけなかったのは、気付こうとしなかったからだ。


 だとしても、声で気づけという話だ。


「素顔がわかるなら、最初から気づいて下さい」


「1ヶ月で髪が増えすぎだ。卒業式の日はそこまで長くなかっただろう?」


「髪の中に髪を隠していたんです。気づかなかったんですか?」


「普通にファッションだと思っていた。それに、かくしていた量より、明らかに多い」


「1ヶ月もあれば増えるでしょう」


「増える速度は知らん」


 悠里は嘆息する。獅堂にファッションを聞くことが間違っていた。でも諦めきれない。


「そうですか。ところで髪はどうですか?弟が整えたんです」


「髪の動きが妙だな。前髪はろくに動いてないが、横髪と後ろ髪は蠢いている」


「妙と言われるのもショックですが、蠢くと言われるのはもっとショックです。私の髪を虫だと、言ってるように聞こえます」


「すまんな。粗末な言葉使いで」


 獅堂にファッションを聞くのが間違っていた。語彙が酷い。


 2人が話しているうちに、学校に着いた。少し早めの到着。生徒の姿はあまり確認できない。


「ズボンを履いてる女子もいるな」


「それがこの学校の特徴ですからね」


「スカートを履いてる男子は見ないな」


「メンズスカートは一般的ではないですからね。履いているとしたら、女装家かニューハーフの方でしょうか?私のように、一目ではわからない仕上がりになっているでしょう。所詮、男女の違いはホルモンや一部位だけで、顔はそこまで関係ありません。髪型やメイクでどうにかなります」


「そんなものか?」


「そんなものです」


 獅童は、ホルモンで骨格が変わるだろと思ったが、言わない。悠里相手に口では勝てないのだ。


 下駄箱で靴を脱ぐ。そこにチャラ男くんが来るが、悠里は気づかず話続ける。


「実際、男の私でも、女にしか見えないでしょう?」

「おはよーぅ……男?」


「おはよう」

 

「?あ、おはようございます」


「あ、うん。……うん?……?」


 悠里が男と信じられないチャラ男くんを下駄箱に残し、2人は教室に向かった。

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