おとこのこだもん!

ばけねこさん

第1話 プロローグ


「皆さんに質問です」

 

 静かな教室に担任の声が響く。


「将来の夢はなんですか?」


 それは答えを求めない、語りかける言葉。希望を胸に入学した生徒たちへの再確認。


 教室の後ろや外では、保護者が生徒たちを、静かに見守っている。


 入学式の余韻が残る、緊張した雰囲気のなか、担任が再び語りかける――はずだった。


「仮装ライダーになりたいです!」


 元気な声が教室中に響き、遅れて笑い声が響いた。クラスの皆どころか先生や保護者まで笑った。


 仮装ライダーは子供向けの特撮番組。小学校の入学式なら微笑ましい光景だろう。

 だが、これは高校の入学式。親御さん赤面案件だ。


「夢があって何よりです。具体的にどうやって仮装ライダーになるんですか?」

 

「わかりません!」


「「「「あはははははははははははははは!!!」」」」


 再び教室を笑いが支配する。もう緊張が吹き飛んで、ちょっとの事で笑えるほどアットホームな空気になっていた。

 

「どうやったら仮装ライダーになれるかわかんないけど、笑顔を守れたらそれで良いと思います!今、みんなが笑顔になれてるから、このクラスの仮装ライダーになれたと思います!」


「よかったなー!」

「夢叶えるの早えー!」


 笑い声にガヤも交じる。本当にアットホーム。入学式の緊張感はどこいった?


 まあ、ともかく、収拾をつけなければいけない。なんせ「夢はなんですか?」と聞いただけ。まだ話は終わってない。

 

 担任はクラスを見渡す。みんないい笑顔で、水を差すのは躊躇われる。


(もうおわりでいいかな?)


 そう思い、時計を見るがまだまだ時間はある。なんせ「夢はなんですか?」と聞いただけだから。全然話してないなら時間があるのは当たり前だ。


 話さねばいけない。保護者の目があるから尚更。

 収拾をつけなければ不信感を煽り、クレームが入るかもしれないのだ。過酷な仕事の合間にクレーム対応は避けたい。


 騒がしいまま、再び語りかける。

 

「もう一度聞きます!皆さんの夢はなんですか!?」


「そんなのない!」

「ニート!」

「スローライフ!」


「君達、親の目の前でよく言えるね。夢はないだとかニートだとか……。それとスローライフって言った人。高校生で言うのは早すぎる」


 ウケ狙いで言ったのだろう。仮装ライダーのインパクトが強すぎて真面目な話にならない。


 はぁ、とため息をつき崩れた口調を正す。


「じつは先生、夢もやりたい事も無いんです。だから、夢は無いと言った人を責める事は出来ないんですが……よく考えてみれば、高校生で進路が決まっている人は珍しいですね。中学、高校、大学でも進路を悩む人は多かったです」


 娯楽が溢れる世の中だから、やりたい事がわからなくなるのかもしれない。

 夢は夢でしかない。夢から目覚めて現実を見たとき、諦めてしまうのかもしれない。

 それでも夢を見せないといけない。


 生徒を導く先生として、担任として、進路が決まっていないと本当に困る。


「先生、夢を見つける方法を調べたんです」


 先生として、進路相談に乗れないのは致命的だった。 暗い顔で相談に来た生徒が、聞く相手を間違えたとばかりに去っていくのを見ると良心が傷んだのだ。それでも先生かと言われたこともあった。悲しい。


「死ぬまでにやりたいことを、ノートに100個書いて下さい。なんでもいいです。仮装ライダーでも魔法少女でもいいです。やりたい事、好きな事を自覚するのが大事です」


 自覚が無いと気づけないことがある。失って初めて気づく、なんて言うからきっとそうだ。


「100個のやりたい事の中から、特にやりたい事に丸をつけてください。1つに絞る必要はありません。今では副業が浸透してきていますし、お金を貯めれば起業も出来ます。いくつの夢を叶えられるかは、あなた次第です」


 本当に生徒次第だ。先生は教えることしか出来ない。どう応用するか、どう使うかは個人の判断に頼るしかない。


 というか、卒業生何十人何百人から相談を受けてたら仕事にならない。

 個人で判断できるようになるのが、卒業までの目標とも言えるだろう。


「あとは、何故やりたいのか、何故好きなのか、考えてみるのもいいでしょう。元をたどれば、意外と共通しているものです」


 いつの間にか、生徒たちは黙って話を聞いていた。


「中には、やりたい事が1つも無い、好きな事が1つも無い、そう言う人もいるでしょう。先生がそうです」


 キラキラした目で先生を見る生徒達。

 夢も希望も持たない担任は、この子達みたいなキラキラした表情をしたことが無い。羨ましくて少し凹む。


「自分の気持ちに気づきにくいのかもしれません。なんとなく好き。なんとなく嫌い。そうやって直感で分別してみると、自分の気持ちに気づけるようになります」


「先生は自分の気持ちに気づけるようになったんですか?」


 さっき、夢は仮装ライダーと言った人からの質問。

 とても元気な声だった。静かな教室に響くくらい。


 正直、聞かなかったことにしたい。あまりいい話はできないから。

 でも、聞かれたら教えるのが教師である。


「ええ。おそらく、気づけるようになりました。仕事や人を選り好みするようになりそうだったので、途中でやめましたが……」


 仕事や人を選り好みするのは、先生として示しがつかない。

 胸を張れないのは嫌だと気づいた。先生という仕事が好きだと気づいた。それで充分、それ以上は過分。そう思った。


「自信を持ってオススメはできませんが、皆さんはまだ高校生ですし、仕事や人を選り好みして、将来に生かすのもいいでしょう」


 生徒たちの反応は微妙。可哀想な目で見てくる人もいるし、困った顔をしてる人もいる。ほとんどの人は他人事だと思っているらしい。


 自分の感情に気付けているなら何よりだ。


「さて、まだ時間はありますし、何話すか忘れましたし、何か質問があれば受け付けます」


「はい!彼女はいますか?」


 再び元気な声が教室に響く。微妙な空気がちょっと明るくなる。きっと、クラスのムードメーカーになってくれるだろう 。


 担任は内心喜んだ。これだけ明るければ、そう簡単にイジメはおこらないはずだ。


 イジメの根源は劣等感や価値観から来ると、担任は思っている。イジメの理由としては「ムカつくから」「面白いから」そんな理由をよく聞く。それだけとは思わないが、仲の良いクラスは明るいムードメーカーがいるものだ。


 閑話休題。彼女の有無について。


「彼女はいません」 


うっそだー!落ち着いた包容力のある大人がモテないはずがない!」


「いや、モテても先生が相手を好きじゃないし、先生そもそも顔が良くないし……」


「顔が気になるなら私がメイクしてあげる!」


「いや別にそこまでしなくも……ていうか、そもそも好きな人がいないから!」


 担任は秒で生徒に弄ばれた。実際は褒め殺しにしようとして失敗しただけだが、それを知る人はいない。


 担任はクラス名簿を見て名前を確認する。


 褒め殺し未遂をした生徒は日向ひなたこころ。

 髪は茶髪で短い。童顔で、クリっとした大きな目に、大きな口。小柄な体型、小動物に見えるのが特徴的。

 弾ける笑顔は老若男女問わず笑顔にしてしまえるほど、可愛らしくて愛嬌がいい。

 

「えーっと……日向こころさんですね?」


「はい!」


「逆に質問します。彼氏はいますか?」


「いいえ!いません!」


 その回答にクラスが騒がしくなる。


「え!?マジで!?」

「いや嘘だろ!?」

「絶対何人か彼氏いるって!」

「いや、何人かって何股だよ!?」

「モテなきゃおかしい!」


 わいわい盛り上がる中、1人の男子生徒が立ち上がる。


「ち、ちなみに俺なんか、どう?」


 突然の告白にクラスが沸く。


 もともと、こころが場を盛り上げていた。そこに告白。火に油。クラスのボルテージはMAXだ。


 告白したのは、凄くノリの良さそうなギャルっぽいイケメンだが、ガチガチに緊張している。ビシッと背筋が伸びて、姿勢が凄くいい。チャラそうなのに誠実に見える不思議。


 まあ、クラスどころか親の前で公開告白をしているから緊張するし、緊張が誠実に見えるのも……おかしくない?

 

 ちなみに、告られた こころ は頬をポリポリ、困り顔。


「えっとね、こんな見た目だけど、実は男で、恋愛対象は――」


 ―――女の子、と言うことはできなかった。


「「「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」」」


 絶叫がクラス中――どころか学校中に轟いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る