八通目 『母親の過去を辿る手紙』

母親の過去を辿る手紙 往信

「カラウリしゃん……」

 いつもは元気よく手紙をもってくるフヨウちゃんだが、今日はちょっと遠慮がちな様子でやってきた。それになんだか元気がないように見える。


「どうした、フヨウちゃん?」

 オレは朝飯の支度をしていたところ。でもフヨウちゃんのその様子に料理の手を止め、味噌汁を温めていたガスを止め、とりあえずエプロンを外した。それからフヨウちゃんの向かいに胡坐をかいて座った。


「カラウリしゃん、このお手紙にお返事書いてあげてくらさい」

 フヨウちゃんはそういって丸テーブルの上に一枚の封書を置いた。


 封書には都内の住所と、宛名の『妻野 嘉美様』が達筆で書かれている。 裏をひっくり返せば差出人の住所と『高瀬奏』と書いてある。『かなで』という名前からは女性か男性か分からないが、文字の感じからすると女性だろう。

 不思議なのはこの手紙がどうして届かなかったのか? 届かなかったのなら、どうして差出人の手に戻らなかったのか? ということだ。まぁだからこそ郵界を彷徨っていたわけだが。


「この手紙が気になるのかい?」

「あい」

 フヨウちゃんはゆっくりとうなづいた。


 見たところ、とくに悪いは感じない。フヨウちゃんが恐れている様子もない。でもとにかく、フヨウちゃんにとって、この手紙に返信するのはすごく大事なことだと感じているのは伝わってきた。まぁその理由はたぶん本人も分かっていないんだろうけど。


「珍しいね、フヨウちゃんがそんなふうに思うのは」

「あい。でもこのお手紙、ずっとお返事まってたれす」


「わかった。ちゃんと返事を書くから大丈夫。まずは手紙を読んでみようね」


 オレは封された紙をそっとはがし、中から手紙を取り出した。



   ✉


 妻野 嘉美様


 突然のお手紙失礼いたします。

 私は高瀬 千重子の娘で、高瀬 奏と申します。

 三十年以上も前のことになりますので、覚えていらっしゃらないかもしれませんが、先日亡くなりました母、千重子がお借りしたまま返せなかった『茶掛』を、貴方様に返却して欲しいと言い遺しましたので、大変不躾ではございますがご連絡させていただきました。


『和顔愛語』と書かれた掛け軸は、私が幼き頃より、我が家の玄関に掛けられておりました。毎朝、目の端に捉えつつも、茶道や禅語に疎い私は興味を持つことはなく、母にその真意を尋ねることもありませんでしたし、母も語ることはありませんでした。

 

 ですから、どのような事情で母がこの掛け軸をお借りし、なぜ今になって私に返却を託したのか。一切わからぬままに、貴方様に文をしたためることが果たして良いのかどうか、とても迷いました。

 ただ、母一人子一人、肩寄せ合って生きてきたなかで母が私に頼み事をしたのは、後にも先にも今回が初めてでした。そんな母の願いを無下にもできず、甚だご迷惑なことと思いつつ、こうしてお尋ね申し上げた次第です。


 もし差し支えなければ、経緯などをお教えいただけたら幸いです。

 でももし、そのままにして欲しいとお望みでしたら、この掛け軸は私の方で大切に保管させていただきます。

 お手数をおかけして申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願いいたします。


          高瀬 奏

 

   ✉

  


「カラウリしゃん、お返事書けるれすか?」


「今回はなかなか難しそうだな」

 と、つい答えたのだが、それだけでフヨウちゃんはシュンとなってしまった。おっと、これはまずかったな。

「でも、大丈夫! なんたってオレは代筆屋だからな。どんな手紙にも返事を書いてやる。まぁ任せとけって」


 その言葉でフヨウちゃんの顔にまた花が咲いた。うん。子供を心配させるのは親がやっちゃいけないこと。まぁオレたちはホントの親子じゃないけど、まぁそんなようなものだからな。


 フヨウちゃんの頭にポンと手を載せて、サラサラのおかっぱ頭をなでてやる。フヨウちゃんは目を細めて嬉しそうにし、オレはそんな笑顔がみれて大満足だ。


「でもさ、今回はひとつフヨウちゃんに頼みたいことがあるんだ」

「何れすか? あたしにも出来るですか?」


「ああ。でも先に朝ごはんだ。今日はフヨウちゃんの大好きな甘い卵焼きを作ったんだ。あとネギ抜きの豆腐の味噌汁な、これも好きだったろ?」

「あい!」


 そう。まずは食事だ。

 あったかいもの食べて、頭と体に栄養が届いたら仕事の時間だ。





 ※一部 往信の内容を変えました。宛名も変えました。

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