異国の兄からの手紙 返信

   ✉


 (封筒表書き)


 〒○○○―○○○○

 栃木県○○〇市○○町

 温泉旅館『黒須リゾート ゆったり湯治館』御中


 【そちらに宿泊中の小烏つむぐ氏にこの手紙をお渡しください】


   ✉


 つむぐ兄へ


 こんな手紙書いている暇があったらさっさと帰って仕事してください。先ほどの手紙を涼月さんに見せたところカンカンに怒っていましたよ。締め切りはもう来週だそうじゃないですか。涼月さん、もう胃がボロボロだって胃薬飲みながら泣いてましたよ。女の人を泣かせるなんてサイテイです。


 ついでに言うと、嘘をつくならもう少し完璧にしてください。つむぐ兄はそれでなくとも作家なんだから、わたしや涼月さんが完璧にだまされるくらいの手紙を書くべきですよ。それならまだこっちも納得できるってもんです。なんかもういろいろ脇が甘くって、ほんとがっかりです。


 封筒の宛名を英語にしたまではよかったんです。あ、なんか外国から書いてるんだな、って、そんな雰囲気があったから。でもね、旅館の宿泊費をカードで精算したでしょ? 涼月さんは五秒でその場所をつきとめてましたよ。なんか隣にいたわたしはすごく恥ずかしかったです。この気持ちを少しは理解してくださいね。


 今はきっとスマホの電源切って、温泉にでもつかっていることでしょう。でもこの手紙が届いたら、すぐに電源を入れたほうがいいと思います。大量の着信履歴と涼月さんからの督促メールが届いているはずです。だからすぐに、すみやかに、涼月さんに連絡をいれてください。でないと涼月さん、何をするか分かりませんよ。かなり頭に来ていた様子だったし、なんかおもむろに包丁を研ぎだしたりしてたから。「こっちの胃がやられる前に、アイツを殺るしかねぇ」なんて言ってたし。


 伝書鳩が運べなかったという『書き上げたばかりの分厚い原稿』というのが本当に存在するのを、妹として願わずにいられません。うん。つむぐ兄、今回ばかりは本当にやばいからね。もし存在しないなら、さっさと取り掛かった方がいいよ。


 ま。この手紙が届くのと、涼月さんの到着とどちらが速いか分かりませんが、この手紙が先に届くことを期待して。


 それから温泉の効能に切創の癒しがあることを願いつつ。


 お兄ちゃん、お仕事頑張ってね!


 友香より


 追伸 今日は土曜日なので郵便局は休みです。それでは間に合わないかもしれないので、公園の鳩にこの手紙を託すことにしました。託した鳩が伝書鳩かどうかわかりませんが、たぶん違うと思うけど、ミラクルを信じて……


   ✉



「みらくる お 」

「……しん……」

「しん じて。ふぅぅ、読み終わりましたっ!」


 フヨウちゃんがオレの書いた手紙を読み終えた。

 たぶんまだ中身の方はよく分からないんだろうけど、文字が読めるってことは確かにうれしいことだ。そんな気持ち、ずっと昔に置いてきたんだけど、こうしてフヨウちゃんと一緒にいるとそれをなんとなく思い出す。


 そういえばオレは小さい頃は歳の離れた兄貴に本を読んでもらっていた。兄貴と一緒に開いた本の中から文字がオレと兄貴の目の中に入って、兄貴の口からたくさんの言葉がでてきて、キャラクターが飛び出し、世界がブワッと花開いて、ワクワクするストーリーがつむがれていった。

 別の本を開けば、そこにはまったく別の世界が広がって、新しい知らないキャラクターが登場し、別の世界へ、別の冒険へと連れだしてくれた。


 だからオレは自分でもっともっと文字が読めるようになりたかったし、たくさんの言葉を知りたいとおもった。もっともっとたくさんの本が読めるようになりたいと、たくさんの世界を旅して、たくさんの冒険をして、たくさんのキャラクターと友達になりたいと思った。


 

 

 


 そうだよな。そうだったよな。

 気づくとオレはなんか泣いていた。

 そうだった。

 オレはまがりなりに、そういう魔法を使っていた。

 それがどんなにすごいことか、すばらしいことかを忘れて。


「カラウリしゃん? 泣いてるの?」

「ああ、ちょっとな」


 それから指先で涙をぬぐった。


「オレはもっともっと良い魔法をつかえるようになりてぇな」

「カラウリしゃんは、すごいまほー使いれしゅ。たくさん読めて、たくさん書けるれしゅ!」


 うれしいことを言ってくれる。

 でもオレはちっともすごくない。まだまだ、だ。まだまだ足りない。


「カラウリしゃん、これ、食べてもいいれすか?」

「ああ。食べちゃってくれ」

「あい」


 フヨウちゃんはいつものように口をすぼめ、それから息を大きく吸い込む。それにつれて便箋から文字が剥がれ、フヨウちゃんの小さな口に吸い込まれてゆく。元の手紙はゆっくりと透明になり、空気に溶けて消えていった。どうやら今回もちゃんと郵界から解放されたようだ。


「おいしかったれすっ!」

「それはよかった」


 オレたちは仕事を終えて、ニッコリと笑いあう。


 いずれフヨウちゃんは漢字も言葉も覚えてちゃんと手紙が読めるようになるだろう。読めるようになったら、今度は自分でも返事を書けるようになるだろう。



 その時が来たら……






   ~かしこ~










 

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