七通目 『異国の兄からの手紙』
異国の兄からの手紙 往信
✉
(封筒表書き 英語)
この手紙を偶然見つけてくださった方へ
この手紙を、街の下記の住所へ届くように手配していただけませんか。
住所は私の仕事先です。ここへご連絡いただければ、後ほど十分に謝礼をさせていただきます。
あなたのご親切に感謝を。
✉️
「カラウリしゃん、これ読んでくらさい」
テテテとフヨウちゃんがやってきて、懐から封筒を取り出した。
几帳面な感じで書かれたアルファベットが並んでいる。
「知らない字ばかりれしゅ……読めないれしゅ」
フヨウちゃんは小さな唇を尖らせてうつむいている。というのも、最近はフヨウちゃんの勉強も進んで、ひらがなとカタカナの読み書きができるようになっていたのだ。でもこの封筒にはひらがなもカタカナも一文字も書かれていない。たぶんそれが悔しかったのだろう。
「ああ、これ英語だな……」
「エイゴ?」
「日本じゃない国の言葉だよ。文字も全然違うんだ」
それからザッと和訳して聞かせる。フヨウちゃんはおぉーという感嘆のため息を漏らし、なんだかキラキラした目でオレを見上げた。
「カラウリしゃん、すごいれすっ!」
「え? そう? そうかな、簡単な英語だからさ……」
と言いつつも、なんだか照れてしまった。なんか英語が出来るって妙な恥ずかしさがあるじゃないか。ま、中途半端な実力だけど。でも褒められるとなんかやっぱりうれしいなぁと。
ということで照れ隠しも含めて、さっさと封筒を開封する。そういえば……この文面からして、この手紙はやっぱり宛先の人物にはちゃんと届かなかったってことだ。だから郵界をいつまでもフワフワと漂っていたわけだ。
「なにが書いてあるですか?」
「お。中は日本語だな。フヨウちゃん、一緒に読んでみようか」
「あい!」
オレは机に手紙を広げ、フヨウちゃんを膝にのせて、指先で文字を追いかけながらゆっくりと手紙を読んでいった……
✉
友香へ。
元気でいるか? 連絡が遅くなってすまない。
俺は今、電気も満足に通っていない、遠い国の辺境の奥地にいる。
何故こんな所にいるのかというと。締め切りが近いので海外取材を終えて帰国しようという時に、ちょっとした犯罪トラブルに巻き込まれそうになったせいなんだ。その時力を貸してくれたのが、この村から来た青年だったんだ。
英語とジェスチャーで意気投合し、いつの間にか村まで一緒にやってきてしまった。
村の全員が英語を話すわけじゃないが、それでもみんな俺の話を楽しそうに聞いてくれる。みんなに俺の書いた物語を披露したり、寝食を共にしたりしているうちに、あっという間に数日が過ぎてしまった。
ここには電話もないし、もちろんネットもない。村の外への連絡手段といったら、週に一度か二度、街に働きに出る誰かに手紙を託すことぐらいだ。
その頼みの綱でさえ、大雨で川にかかったたった一本の連絡橋が落ちて、使えなくなってしまった。お決まり過ぎて笑っちゃうだろ?
街にある出張先のオフィスには、村に行く前に連絡しておいたから、友香にも連絡が行っていると思う。オフィスには村のことをよく知ってる人がいたから、そこまで心配はされなかったみたいだ。
橋が直るまで、もう少し、ここの穏やかな暮らしを味わっていようと思う。とっくに帰国しているはずだったのに、なんてのんきなんだ、締め切りはどうすんだ? って友香は呆れているだろうね。でもこの状況では編集の涼月女史にも連絡の取りようがないんだ。そこのところ、俺のかわりに説明しておいてほしい。
この村は、自分たちでこの暮らしを選択した人たちが集まってできている。電気のない暮らし、ネットも電話もファックスもつながらない暮らしがこんなにも心を落ち着かせてくれるなんて、俺はここに来るまで思いもしなかった。この世界で日々を生きるという、人間としての、いや、作家としての根幹を見つめ直している心境だ。
橋が直っていないのに、どうしてこの手紙を書いたのか。村の人が、伝書鳩を飛ばそうと言ってくれたからだ(本当は書き上げたばかりの分厚い原稿を届けたかったんだが、重すぎて伝書鳩が飛べないと却下されたんだ)。街まで飛んでくれれば、街にいる村の関係者がオフィスへと届けてくれる。その後、オフィスの知人が日本まで送ってくれるはずだ。でも、鳩は途中で力尽きるかもしれないし、動物に食べられてしまうかもしれない。期待はしないでくれ、って笑ってた。
帰国がいつになるかは、まだわからない。ひとまず、この手紙が無事に友香に届くことを願う。
心配しないで、もう少しだけ待っていてくれ。
あと涼月女史にくれぐれもよろしく伝えてくれ。
✉
「くれぐれ も よろ、し、く」
「……つた……」
「え、て、くれ。……ふぅぅ、読めましたっ!」
「よく頑張ったね。ひらがなもカタカナもばっちりだよ」
手紙を読み終えると、フヨウちゃんは額の汗をぬぐった。
うん。かなり漢字も多かったからね。でもひらがなとカタカナはちゃんと全部読めた。ずいぶんと勉強頑張ってるのが伝わってくる。
「カラウリしゃん、なんでしゅか、この手紙?」
「これね。なんか心当たりがあるんだよな、この感じは」
「カラウリしゃん、分かるですか? おへんじ書けますか?」
「まぁな」
オレは便箋と万年筆をとりだし、ちょっと腕組み。
ここは一つ友香さんになったつもりで返信を書くことにしよう。
それから万年筆のキャップを外して書き始める。
手紙の中身が英語じゃなかったことにホッとしながら……
※今回はお題パートに一部加筆修正をしました。
せっかくの熱い少年からの手紙だったのに、へんな方向にずれました。
出題者の黒須さんには笑って許していただけると幸いです。
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