過去からの手紙 返信

   ✉


母上、長々とご心配をおかけしたこと申し訳なく思います。


今は先の戦で受けた矢傷を癒すべく、湯治に来ております。傷の具合はよく、母上の心配には及びませぬ。これも父上、叔父上に幼少の砌より鍛錬された恩恵と、今も戦傷とともに心に刻んでおるところです。


なによりうれしいあなたの言葉の数々。それだけで万の軍勢にも勝る鼓舞となりました。ですがこちらの情勢もご心配は無用。まもなくこの戦も勝利のうちに終わりましょう。

菊池も数多の兵が黄泉の川を渡りましたが、残る家臣は一騎当千の兵ばかり。必ずや大友を退け、稲穂広がる肥前の大地を手に入れて見せましょうぞ。


長く戦の日々が続き、母上は無論のこと、家臣、民にも艱難の日々が続いていることも一切承知しております。武光自身だけでなく、菊池には不動明王様と観世音菩薩様の権限もあらたか。必ずや吉報を手に、菊池の旗を轟かせ、母上のもとに参上仕りますゆえ、今しばらくお待ちくださいますよう。


   ✉


「こんな感じかな……しかし言葉が出てこねぇ」


 なんとか書き上げてはみたものの、受け取った手紙とつり合いがとれたとは思えない。それに何とはなしにこの手紙に出てくる『武光』さんというのを調べたところ、実在の人物だというのもわかった。


 どうしてそんな手紙が迷い込んだのか皆目わからないが、まぁ少しリアリティーを出しつつ精一杯書いてみた。


「さて、フヨウちゃん、出番だよ」


 今回は書道で使うような縦長の和紙に筆でさらさらと書いてみた。それをフヨウちゃんの両手に掛ける。


「あい」


 フヨウちゃんはいつものように小さな口をすぼめ、それからスーッと息を吸い込んだ。半紙から書いたばかりの墨字がフワフワと剥がれ、フヨウちゃんの口の中に吸い込まれてゆく。

 さらに今回は、例の一反木綿が浮かび上がり、心配そうにフヨウちゃんの周りをぐるぐると回りだした。それはまるでわが子が心配でそわそわしている母親の様子でもある。


「とてもおいしかったれすっ!」


 フヨウちゃんは全部吸い込むと最後ににっこりと笑った。


「それはよかった……ぷっ」


 そういうオレはつい吹き出してしまう。

 フヨウちゃんが不思議そうにオレをみたので、オレはその答えの代わりに残った墨に指をつけて自分の前歯にさっと塗って笑った。


 それでフヨウちゃんにも分かったらしい。

 オレたちは真っ黒の歯をニッと見せて、二人でバカみたいに笑いあった。


 一反木綿は安心したのか疲れたのか、床に広がってままそのまま動かなくなった。



 ~かしこ~




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