五通目『過去からの手紙』

過去からの手紙 往信

「カラウリしゃん、カラウリしゃん、た、たしけてくらさいっ!」


 テテテとフヨウちゃんが廊下を走ってくる。そのフヨウちゃんの後ろを『一反木綿』みたいな手紙がフワフワと追いかけている。

 うん。フヨウちゃん慌てているみたいだけれど、なんだかのどかな光景に見えてしまう。妖怪同士の鬼ごっこみたいな?


「フヨウちゃん、どうした?」

 と声をかけたのだが、フヨウちゃんはオレの前をタタタっと走り過ぎてゆく。そのあとをフワフワと手紙が追いかけてゆく。やっぱりなんか微笑ましい。


 ちなみにこの屋敷は中庭があって、その庭をぐるりと廊下がかこっている。というわけで……あぁ、一周して戻ってきた。


「てがみが、追いかけて、くるれしゅー!」

 テテテとまた目の前を通り過ぎようとして、とりあえずオレはその手紙をサッと空中でキャッチした。


「た、た、たすかり、まし、た、れしゅ……はぁぁぁぁぁ」

 と、座りこむフヨウちゃん。

 おつかれさま、の代わりにおかっぱ頭をくしゃっと撫でる。


「どういたしまして」


 たまにこういう手紙がある。どうしてもだれかに読んでもらいたくて、読んでくれるまでフヨウちゃんを追いかけてくるのだ。でもフヨウちゃんはまだ字が読めないから、追いかけられても逃げることしかできないのだ。


「どれどれ、なにが書いてあるんだ?」




   ✉


可愛い千代丸 

いえ いまは菊池 四郎 武光殿でしたね


武光殿は今 どちらにおいでなのですか

もう元服を済ませ わらわではなくなったお前様が 

今さら神隠しに遭ったとは 母はどうしても思えぬのです


人攫ひとさらいに遭ったという者もおりますが

僅か十四とは言え 鬼神のごとく剣も弓も達者なお前様が 

人に遅れをとるはずがありませぬ


殿様ちちうえ 叔父上様 跡目様あにうえはじめ ご家臣の多くも大友氏に討たれたと聞きました

でもいくら初陣とはいえ お前様が討たれるはずはない 

お前様には不動明王様と 観世音菩薩様のご加護がついています

そう母は信じております


なにか事情があってのことならば 母は全てを飲み込みましょう

なにゆえ姿を見せぬのか 言えぬ理由わけなら聞きますまい 

しかし今こそ 殿様ちちうえの跡を継ぎ

お前様が おいえのために立つときではありませぬか


この文を かの地に詳しい間者しのびに託します


文のひとつ 便りのひとつでよいのです

お前様の無事を 母に知らせてくださいませ

さすればこの母が 万の援軍を差し向けましょう


妾腹そくしつの子と 軽んじられた日々もここまで

武光殿 いまこそ お前様の時なのです

殿様ちちうえ跡目様あにうえの無念をはらすのです


いま菊池のおいえは お前様の肩にかかっているのですよ


   ✉



「どうも、ずいぶんと昔に書かれた手紙らしいな。にしても、ずいぶんと達筆じゃないか、この母上は」


 ところどころ判読しづらい筆文字ではあるのだが、行間もそろって、文字もしっかりしていて、書き手の端正な性格がうかがえる。


「しっかし、これに返事を書くってか……」


「カラウリしゃん、おへんじ、かけましゅか?」


 フヨウちゃんが心配そうな顔でオレを見上げている。

 まぁ、本音を言えばオレも心配。

 だがまぁどんな代筆でもこなすのが、プロの代筆屋ってものだろう。

 それに完璧である必要もない。要は送り手の気持ちが昇華されればいいのだから。


「なに、それらしく書いてみるさ。フヨウちゃん、墨と筆を用意してくれるかい? 押し入れにしまってあるの、分かるかな?」


「あい」

 フヨウちゃんはコクリとうなずいて、廊下を走っていった。


「さて、筆で書く手紙なんてのは初めてだな。なんとかこの母上が安心するような手紙を書いてやらないとな……」



 

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