強すぎる妻からの手紙 返信
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Dear 子猫ちゃん
ハァイ♪
メールちゃんと届いたよ、My honey。
……そう書きかけて、慌てて消した。
いかん。この前受け取った手紙の影響を引きずっている。この手のメールを書くのはどうも苦手だ。なにより『強さん』はこんなキャラじゃないはずだ。これではあの手紙も浄化されないだろう。
気を取り直して……手紙の中の
✉
件名 調査報告書
これは通常の仕事とは違うから、少し砕けた感じになったり、また調査対象が知人であることから、個人的な観点になることを許してほしい。
依頼は二つだったね。まず一つ目のトークスキルの伝授についての報告。
わたしはもてる限りの、想像しうる限りの、トークスキルを惜しげもなく彼に伝えようとした。だがなにぶん不器用なものだから、その語彙は極端に限られていた。最初に考えたのは、わたしがいつ君を口説き落としたのか、どんな言葉だったのか? ということだ。
だが振り返ってみるに、何一つ思い当たらないのだ。もともとキミとは仕事がきっかけで知り合ったわけで、探偵と依頼人という関係上、仕事中にわたしが君を口説き落とすことはありえないのだ。ということは、君がなにかの言葉を曲解して、口説かれていると判断したにちがいないという結論に達した。
そこでもういちど記憶を探ってみる。すると一つだけ思い当たるセリフがあったことを思い出した。君と一緒に事件現場に向かった時のことだ。君が最初に荒らされた室内の床に赤いシミを見つけたあの時だ。
「血痕(結婚)……探偵はん、どう思う?」
「実にいいね……ここから(捜査の)第一歩を始めよう」
「それって、ひょっとして……(プロポーズ)?」
「当然さ、君となら(事件解決も)うまくいく気がする、直観だけど」
この時かッ! 今謎は解けたッ! 今更謎が解けたッ!
もう子供も二人いるし、すっかり遅いけどなッ!
言葉足らずにもほどがあるっちゅうねんッ!
すまない、取り乱した。
それにしても関西弁というのは実に伝染しやすいものだね。
そうそう本題に戻ろう。彼には口説くなんて高等テクニックは伝えられなかった。もちろん私がそんなもの持ち合わせていないからだ。だから彼にはこう伝えた。
『なるようになる』
結局小手先だけの技術なんて結婚という大舞台ではなにひとつ通用しないものなのだ。それを教えてくれたのは君自身だ。君という存在の前では私はあまりに無力だ。小手先だけ、付け焼刃、わずかばかりの自尊心、そんなものは君の前ではバキバキに折られてしまう。もう私の翼はボロボロでどこにも飛び立つことは……
すまない。調査報告から脱線した。
それからデートの尾行とその結果について。
結論から言えばなるようになった。
デートは彼女がリードを握り、お会計もすべて彼女が払った。ホテルの鍵をテーブルに置いたのも彼女の方。この時点で彼は気づくべきだった。そんなうまい話があるわけないと。にやけた顔で部屋に入った彼を待ち受けていたのは、ガラの悪い四人の男たちだった。あとは報告するまでもないだろう。
たぶん君はこうなることを見越して、私に尾行を頼んだとすぐに分かったよ。
とりあえず私が間に入って今回のコトは穏便に済ませておいた。
ああ。彼女は悪い連中と付き合っている。君の後輩なんだろ? こういうことが表ざたになる前に手を打つ必要があるな、君が助けるつもりなら。もちろん証拠の写真も撮っておいた。
以上で調査報告を終わる。
追伸 少なくとも必殺のコークスクリュー・ブローは回避できたと思う。
✉
「ま、今回はこんなとこかな……」
と、書き上げたメールをフヨウちゃんにみせる。
ちなみに差出人のアドレスはちゃんとあるのだが、この返信メールが直接届くことはないだろう。というのも……
画面からフワフワと文字が剥がれるように浮かび上がって、それをフヨウちゃんが一息に吸い込んだ。画面の中にはブランクのメール画面が点滅している。
「あれ? なんか味がしないでしゅ……」
フヨウちゃんが不思議そうにしている。
「まぁそうだろうな。たぶんこの手紙にはちゃんと返信があったんだけど、それは消されて、存在しないことになったんだろうよ。でも書いた手紙はそのことに気づかずに、返事をもとめてここに迷い込んだんだろう」
「でも、なんか楽しい感じでしたっ! これはカラウリしゃんの味れすか?」
「そうかもな。ちょっと書くの楽しかったから。そういうのか味になるのかもな」
フフっと笑うフヨウちゃん。
「こんどあたしにもお手紙かいてくらしゃい」
「ああ、いいよ。約束する」
フヨウちゃん、まだ字も書けないし、読めないけど、その時がきたら書いてあげようと思う。
彼女がどんな手紙をくれるのかも楽しみだ。
~かしこ~
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