過去の男からの手紙 返信
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Dear (自称)愛しの王子・マサキへ
あれから三年たったのね。
あんなことがあったのに、まさかあなたから手紙が届くとは思わなかった。
もう怒りを通り越して、あきれてしまうわ。
あなたが究極のワインのためにブドウ畑を作るって、あたしのパパをそそのかして全財産を巻き上げた日のこと、昨日のことのように覚えているわ。たぶんあなたは忘れてるんでしょうけど。
それから「ビオディナミを実現するには手作業をおしまないことさ」なんて調子のいいこと言って、自分は草むしりひとつせず「ワインの研究のためだから」なんて言って昼間から一日中飲んだくれて、わたしだけ雑草駆除をやらされていた日々のこと、一日だって忘れたことはないわ。これもあなたは忘れてるんでしょうね。
それからなに? 愛の炎? 酔っぱらうたびに麦わら帽子をかぶって「ブドウ王にオレはなる!」なんて気炎ならあげていたわよね。あの時はステキ! なんて思っていたけど、今は当時のあたしをぶん殴ってやりたい気持ちよ。ちなみに愛の炎ならとっくに鎮火してるから。
それから両腕を骨折? あなた困るとすぐにそういう嘘ついていたわよね。あたしもあの頃の小娘じゃないの。そろそろ収穫の時期だからでしょ? またあたしにタダ働きさせるつもりなんでしょ? もう見え見えなのよね。その手にはもう乗らないから。アンタの畑の手伝いするつもりはないから。お金出すって言われても絶対いかないから。
それから最後に言わせて。会えない時間が育てたのは『愛』じゃなくて『雑草』。繰り返すようだけど、草むしりなら自分でおやりなさいな。
それにしてもどうしてあたしの住所まで突き止めたのかしら。そりゃ確かにクラファンには出資したわ。でも個人情報なんて流してなかったのに。ま、あなたのことだから、いろんな伝手を探ったんでしょうね。で、たぶん同じ手紙をたくさんの元ギャルたちに送ってるんでしょ。
でもまぁ、あなたが元気にしてるってことだけは分かってよかった。草むしりと収穫、頑張って。で、住所分かったんなら、出来上がったワイン送ってみてよ。美味しかったら遊びに行くかもしれないから!
でもその時はロデオの旦那も一緒だから、妙な期待はしないように!
by.綺衣良
✉
「はい、フヨウちゃん、書けたよ」
書いたばかりの手紙をフヨウに渡す。
「あい」
フヨウは受け取った手紙を眺め、それから大きく息を吸った。同時に手紙の中から文字だけが浮かび上がり、フヨウの小さな口にスルスルと吸いこまれてゆく。
「なんか酸っぱくて甘い……変なアジ」
「だろうな。ま、それが青春の味ってやつだよ」
フヨウちゃんは不思議そうに首を傾げた。
まぁそうだろう。フヨウちゃんにはまだまだ先の話だから。
「……それになんかフワフワするです」
「あー、アルコール入ったかもな。でもとにかく書いた奴の念は晴れたんじゃないかな?」
その証拠に手紙からウネウネとあふれていた触手が、朝日を浴びて消えてゆく。フヨウちゃんに絡みついた触手もしなびて溶けるように消えた。
「はぁ、もう朝になっちまったな」
「あい。カラウリしゃん、この手紙、知ってる人?」
「そういうわけじゃないけど……」
フヨウちゃんはなにかキョトンとした表情。で、オレは安心させるために、おかっぱ頭をくしゃっと撫でる。
「ま。知る人ぞ知る、ってね」
~かしこ~
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