二通目『過去の男からの手紙』
過去の男からの手紙 往信
「カラウリしゃん、カラウリしゃん……た、たしけてくらさい……」
フヨウちゃんの声が脳内に直接聞こえてきた。煎餅布団からむくりと体を起こすと、まだ真夜中。月は煌々と輝いている。と、部屋の入口にそのフヨウちゃんが、もじもじとした様子で立っていた。
「なんだよフヨウ? トイレか?」
フヨウちゃんはブンブンとおかっぱ頭を横に振った。
「違いましゅ、お手紙が届いたでしゅ!」
「まじか、夜中だぜ、まったく……」
寝ぐせのついた髪をくしゃくしゃとやりながら、布団の上で胡坐をかく。この代筆屋という仕事の困ったところは、時間に関係なく仕事をしなけりゃならないことだ。
「どれ、見せてみ」
そういうと、フヨウちゃんはテテテと来て、手紙を渡して正面に正座した。
「こりゃ、やばいな」
手紙からイソギンチャクの触手のようなものがざわめいて、フヨウちゃんの手に絡みつこうとしている。これはやばい兆候だ。この手紙に込められた念が怪異に変じようとしている。
「……まずは手紙読んでからだな」
封を切ると同時に、触手がどばっとあふれ出した。
✉
Dear 子猫ちゃん
ハァイ♪
久しぶりだね、My honey。キミのことをこう呼ぶのは、3年ぶりカナ?
この手紙を読んで、キミはびっくりしているだろうネ。
キミと別れてから、僕がどんなに寂しかったか……キミにはきっとわからないと思う。キミを想ってどれほどの涙を流したことか、キミはきっと想像すらできないだろう。
もちろん、別れのきっかけが僕にあるってことは、わかってる。でもね、あれはほんの、気まぐれなんだ。いっときの戯れ。魔が差した、ってやつ。悪い魔女に魔法をかけられたんだと僕は思ってる。
僕は今でもキミを深く愛しているし、キミだって本当はそうだろう。たった3年じゃ、僕らの愛の炎は消えたりしない。それどころか、ますます深く熱く燃え滾っているよ。
本当なら今すぐにでも、真っ赤な薔薇の花束と甘いキスを携えてキミの元に駆けつけていきたい。でもね、あいにく僕は今、両腕を骨折して入院中の身なんだ。だからこの手紙だって、代筆してもらってるって有り様。我ながら情けないよ。今すぐにでもキミをこの両腕で抱きしめたいのに。。。
だから、キミの方からこっちに来て欲しい。薔薇の花束なんていらない。キミだけ来てくれれば、それでいい。(でも、甘いキスは欲しいカナ笑)
会えない時間が愛を育てるって、よく言うだろ? でももう、3年だよ。意地を張るのもいい加減にして、そろそろ素直になってもいい頃だ。電話番号を変えたり住民票やSNSをブロックしたり、そんな馬鹿げたことはもうやめて、また僕と元のように暮らそう。
3年経って、キミは少し老けたかもしれない。でもそんなこと、気にしないよ。恥ずかしがる必要なんてない。だって僕は、キミの心の美しさをわかっているからネ。
満天の星空を眺めながら、僕はひとり、味気ない病室でキミを待っています。(でも、早く来ないと看護婦さんとイイ感じになっちゃうかもよ? なんてネ笑)
永遠にキミだけの王子様、より。
P.S. もうすぐリンゴの美味しい季節だネ。キミの焼いたアップルパイが懐かしいよ。ぜひ一緒に食べたいな。
✉
「なんだよ、この軽薄な手紙……」
独り言のつもりだったのだが、フヨウちゃんも首を傾げた。
手紙から伸びたおびただしい触手が、オレとフヨウちゃんにまとわりつくように絡みついている。まだ変異前だから実害はないが、変異したらかなりやばいことになりそうだ。とにかくウネウネとして鬱陶しいし。
「……なのになんだ? この怨念と執着は」
「すごく、きもち悪いでしゅ……」
「だよな。まぁいい、書いてやるよ、返事」
「お願いしましゅっ!」
「まぁまかせとけ」
オレは万年筆と便箋を並べ、しばらく月を眺め、それから返信を書き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます