一通目『異世界からの手紙』

異世界からの手紙 往信

「カラウリしゃん、カラウリしゃん……」

「なんだよフヨウ? 朝から騒々しいな」

「お手紙が届きましたでしゅ!」


 そのフヨウは、テテテと走ってきて俺の目の前でピタっと止まりシュッと両手で一通の封筒を捧げるように手渡してきた。

 ちなみにフヨウの見た目は五歳くらいの女の子、赤い木綿の着物に白いエプロンという格好だ。おかっぱの前髪は定規で引いたみたいにまっすぐで、くりくりとした目は愛嬌たっぷりだ。

 そして今は手紙の開封をワクワクして待っているという格好だ。

 

「はぁ、またかよ」


 癖で髪をわしゃわしゃする。いくら仕事とはいえ、めんどくさいことがとにかく嫌い。でも代筆屋なんて仕事は、面倒ごとしか入ってこないのだから手に負えない。


「まぁいいや」


 爪先でピッと封を切って中の手紙を引っ張り出す。なんとも粗雑な紙にインクで書かれた手紙だ。まだこんなのが売ってんのか? いつの時代の紙だこれ?


「まぁちょっとは楽しめそうかな」


 踵を返して書斎に向かう。

 テテテとフヨウが追いかけてくる。

 俺は板張りの長い廊下を歩きながら、その短い手紙にザっと目を通してゆく。


 ✉


 青木部長


 拝啓


 時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。突然のお手紙にて驚かれたことと思いますが、なにとぞご容赦ください。


 まずはこの度の無断欠勤と、返信が遅くなりましたこと、決算前の多忙な時期、なにより部長には大変なご迷惑をおかけしたこと、心より深くお詫び申し上げます。


 私の携帯電話に部長よりおびただしい着信があったことはもちろん承知しておりました。それに対して返信できなかったことは故意ではなく、ひとえに私のおかれている環境のせいです。


 信じられないかもしれませんが、私は今『異世界』というところに来ております。


 その日の夜、十日以上続いた深夜残業で終電を逃した私は、徒歩にて帰途についておりました。その途中、車道の真ん中で震えている子猫を見つけたのです。私はかつて猫と暮らしていたこともあり、どうしても見て見ぬふりはできませんでした。そしてその子猫を助けようとしたところを、トラックにはねられたようなのです。


 気づいたときには『異世界』にきておりました。そこは現代日本とはまるで違う、中世ヨーロッパのような世界です。


 剣と魔法の織り成す世界に、最初こそ戸惑いましたが、私には趣味のゲーム知識がありました。今では仲間も増え、魔王討伐に欠かせないメンバーの一人として、せわしなくも充実した日々を送っております。


 いつそちらの世界に戻れるのか分からないので、もうしばらくこちらの世界で頑張ってみようと思います。


 部長には大変お世話になりましたが、私の現状をご理解いただければ幸いです。無事に暮らしておりますので、これ以上の心配も御連絡も無用と存じます。


 またまことに勝手ながら、このまま会社にご迷惑をおかけするのも心苦しく、私のことは気にせず退職の手続きを進めてください。


 最後になりますが、部長と会社のますますのご発展を祈念し、お別れの御挨拶とさせていただきます。


 敬具


 ✉


「なにこれ?」

 と聞いてみたものの、フヨウは首をかしげるだけ。

 まぁそうだろう。まだ字が読めないのだ。


「とにかく返信だな」

「あい」


 オレが笑うとニコリとフヨウも笑ってくれる。

 

 さて。どんな返信を書いたものか。










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