第15話 朝が来た

 朝5時になると、15歳以上の者は再び働くことが出来る。俺は夜明け前の寒さが辛いので、早朝もバイトをすることにした。俺の夜バイト先のセクシー鶏料理店は、俺に朝6時までの後片付けのバイトを依頼してきた。ついでに店が始まる2時間前の鶏の仕込みの仕事も。

 だが俺は同じ店で働くことに飽きて、朝5時から8時までの時間を、P町の朝ラーメンや中華風の朝粥、そして肉饅頭を売る店に雇ってもらうことにした。

夜10時から朝5時までの時間を、路上で遊んだり寝袋でまどろんだりしていた俺にとって早朝のバイトはキツい。俺は喉に指を入れて胃の中の物を吐き出し、エナジードリンクかコーラを飲んで、朝飯のラーメン店へ向かった。P町は物価が安いが人件費も安い。県の定めた最低賃金分しか給与は出ない。店は大繁盛で忙しく、朝飯の賄いはない。それでも1日辺り200円の交通費が支給される。

  俺はバイトを終えるとリュックを抱えて銭湯へ行く。リュックには風呂上りに着る洗濯済みの着替えが入っている。俺はQ界隈を囲う緑地公園のトイレで着替え、脱いだ服は銭湯の隣のコインランドリーでバイト先のユニフォームも含めて洗濯機に入れる。服を洗ってもらっている間、俺は銭湯で身体を洗う。

 銭湯は大人400円だが、家出中の身、荷物を少しでも減らしたいので100円のリースのバスタオルを使う。シャンプーや石鹸は旅行用のシャンプーの小瓶に詰め替えたものがいい。残りのシャンプー類は、飲み終えたペットボトルの大瓶に入っている。

 銭湯へは毎日行くが、俺は湯舟に浸からない。湯舟の使い方を知らないからだ。俺は子どもの頃からシャワーだけで洗体を済ませる習慣が身に染みている。


 俺が幼児の頃は風俗業の保護者が多い無認可保育園で育った。そこでは風呂はなくシャワーだけで身体を洗った。俺は保育園で「お泊り」の日が多く、それだけシャワー浴の機会も多かった。保育園でのシャワー浴は学童保育に入ってからも続いた。

小学校3年で学童保育が利用できなくなり、俺はシャワーの習慣がなくなった。帰宅しても親父が帰って来ない夜が続いたからだ。俺は独りで家のシャワーを弄る勇気がなかった。

 現代の日本では7人に1人の子どもが「相対的貧困」にあるらしい。そういう家では親は仕事で忙しいか、自身が病気になって子どもの世話ができないかの、どちらかで自然、こどもは入浴の習慣が身に付かない。

小学校で貧困家庭の子どもが多い所では、保健室にシャワールームと乾燥機付き洗濯機を置いていた。もしくは保健室近くのプレハブにシャワーや洗濯のための施設が設けられることがほとんどだ。俺は小学校のシャワールームの世話になる常連の1人だった。小学校4年のとき、男性で若い家庭科教師から洗濯の仕方を習い、ついでにシャワー室の使い方を学んだ。以降、俺は家でシャワーと洗濯を出来るようになった。

公衆浴場にはいろいろな浴槽が―電気浴槽とか泡風呂とか—があり、使い方が分からない。そもそも入るのが怖い。シャワーだけの洗体なので、公衆浴場に居る時間は短い。

 風呂が終わるとコインランドリーで仕上がった洗濯物をリュックに詰める。それから安宿探しだ。

 P町には昔から安宿が多い。同じく安宿の多いことで知られる東京の山谷や大阪の西成と決定的に違うのは、安宿の利用者に若者が多いことだ。

 R街での夜勤明け労働者等も安宿を利用することが多く、P町の安宿は24時間開いている。大体の安宿が1時間500円で利用できるので、仕事中のサラリーマンが昼寝のために使うことも多い。安宿の中には外国人客を見込んで、外装内装ともに新しくした宿が多く、ドミトリー形式の宿も増えた。

 安宿は昔ながらの3畳間に押し入れ一つの狭い宿が殆どだが、テレビも見れるパソコンとエアコンが部屋についている。パソコン・テレビには利用料金を別途取られるので、俺は見ない。ニュースや情報ならスマホで充分だし、俺はパソコンを触った経験が少ない。安宿にもシャワールームやコインランドリーの設備があるが、大抵は誰かが使っている。シャワールームに関しては『男性利用中』『女性利用中』の札がかかっていて、ようするに男女共用なのだ。ついでにトイレも男女共用で、これは安宿が昔、男性の日雇い労働者が主な利用者だった頃の名残りだった。キッズの女の子達は、だから安宿よりもネットカフェのこたつ部屋に友人同士で泊まるのを好んでいる。安宿には狭いキッチンがあり、冷蔵庫とトースター機能付きの電子レンジとHIヒーターが置いてある。俺はキッチンはほぼ使ったことがない。

 ドミトリーは二段ベッドを並べた部屋で、男性用と女性用に部屋が別れている。シャワールームやコインランドリーが設置されているのは安宿と同じだが、シャワールームもトイレもコインランドリーも男女別になっている。キッチンには安宿と同じような設備の他に、洋式もしくは和室の共同で使うダイニングルームもある。

 ドミトリーでパーソナルな空間として使えるのは二段ベッドのベッド部分だ。ベッドには自由に使ええるパソコンがあり、もちろんテレビも見れる。ベッドスペースにお菓子や食べ物の持ち込みは自由で、寝転んだまま動画やテレビをヘッドホンを使って楽しめる。荷物を置くパーソナルスペースもある。

 和風の安宿も洋風のドミトリーも値段的には変わらない。大体が1時間500円位だ。俺は日によってドミトリーや安宿のデイユーズ6時間を利用した。安宿やドミトリーのシャワーを使わなかったのは、シャワーを使った分、時間代が取られるからだ。俺は銭湯でキレイにした身体で清潔な安宿やドミトリーの布団で眠った。眠るときにはパジャマに着替えない。ポロシャツそのままで眠る。着替える時間があれば少しでも眠りたかったからだ。

  安宿の方はマンスリー契約をすれば部屋の掃除は自分でする代わりに遥かに安い値段で利用できたが、未成年の俺達キッズには保護者の承諾なしに賃貸契約は出来ない。

 時々、安宿もドミトリーも満室で泊まる所がないとき、あるいはカネが苦しいとき、P町にある、道教の寺で休んだ。俺達の暮らす県には、第二次世界大戦の頃、出稼ぎや徴用でやって来た、「高砂さん」と仇名される台湾人の子孫が多い。そういう「高砂さん」のための寺だ。他にベトナム人の仏教の寺もあるが、そちらには俺は行かない。道教の寺で少しのお布施をすれば昼間は寝袋で畳の間で眠ることが出来た。

 家出中、思わぬカネがかかったのが、旅行用のカートも含んだ沢山の荷物の置き場だった。家出の身では着替えは最低限に抑えても結構荷物になる。特に冬服はかさばる。仕事をしている間、そして「キッズの放課後」夜のまどいの時間は、大きな荷物はコインロッカーに預ける必要があった。コインロッカーは大型荷物で6時間で400円。1日辺り1200円。風呂代・コインランドリー代・宿代そしてロッカー代全てで5千円を超える。目覚めてからの夕飯はP町の安い飯屋で軽いものを喰って済ませた。

 俺の場合はセクシー鶏料理店での時給が高いのと賄いが出るのとで、何とかやっていけた。が、工場などで最低賃金8時間働いている奴なら食費やケータイ代も含めてやっていくのが大変だろうと思う。女の子でセクシー居酒屋の嬢をやっている場合は美容費にも何かとカネがかかっただろう。

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