第14話 チアガール居酒屋の話

 俺がQ界隈に居た頃は、大人の女遊びの流行がセクシー居酒屋からチアガール居酒屋に替わり始めていた。チアガール居酒屋の女の子はパンティが見えるようなミニスカートとブラジャーの紐が見えるタンクトップを着て、臍をぎりぎりに見せながら食事や飲み物を運んだり下膳をしたりしているそうだ。セクシー居酒屋と決定的に違うのは、足元に白の靴下と揃いのスニーカーを履くのが許されていることで、裸足にヒールの高いサンダルから解放されることになる。

 しかしチアガール居酒屋の嬢達の世界は厳しい。まずラインダンスなどの踊りができなければならない。嬢達は客の求めに応じて即興の歌に合わせてダンスを踊って見せた。特別なドリンクを注文すれば、嬢がアイドルよろしくオリジナルの歌を歌うのを聴くことも出来た。

「♪○○部長 ○○部長 頑張って 頑張って」

 歌っている声が店から漏れて聞こえてくる。

 サパークラブは大人の社交場を印象付けるためにキッズが近寄るのを嫌がるが、チアガール居酒屋はキッズの店脇での見物を許してくれた。

「♪◎◎先生! ハッスル! ハッスル!」

 嬢達はなるべく高い声で歌う。そのほうがより若い女だと男達に印象づけることができたからだ。10時以降の嬢は県内の女子大生が多いらしい。深夜や早朝までバイトをしていて、いつ寝ていつ勉強するのだろう。

 嬢達は客の求めに応じて、「書道パフォーマンス」を行なうこともあった。箒ほどの大きさの筆で、大きな紙に音楽に合わせて揮毫する。

『○◎課長、頑張って!』

 色とりどりの絵具で書かれた大きな紙を、依頼した客はチアガール達と一緒に撮影してインスタやTⅰkTokに投稿する。帰るときには、励ましの言葉を書かれた紙を持って、嬢達は出入口まで見送りに来る。「●◎さま~お元気で!」。揮毫された紙を客達は持って帰らない。スマホの写真を見て自己満足するのだろう。

 俺は「男性天国」と書かれた看板を見つけた。通りにはリフレの店やメンズエステ、そして夜12時には閉店するソープランドなどが立ち並んでいた。

 Q界隈で夜を過ごす大人達は大きく分けて、夜遊びが大好きな者と、終電に間に合わず夜明けまで呑み尽くすグループと、深夜までの仕事をやり終えぱぁっと騒ぐグループと、キャバクラやホストクラブの関係者がいるという。それからブラジル人が経営するブラジル風飲み屋の客も。

 俺達は家にも学校にも居場所がなく、帰れる家もなく、こうしてQ界隈の路上で過ごしている。店の中の男達もまた、家に居場所がないのだろうか? そう思うとQ界隈は、みかけの賑やかさとは裏腹に、心寂しい街だという気がする。


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