第8話 キッズの敵 ―― 雨

 キッズにとっての大いなる敵は「雨」だった。俺達の住む県は太平洋に面した晴天の日が多い地域だが、それでも雨は降る。雨が降れば俺達の行き場は無くなる。ラブホもカラオケ屋も安宿ですら、俺達は夜間は入らせて貰えない。一番辛いのは、雨天の日の昼間の安宿で、バイト先から「今日はお客が少ないと思うので休んで下さい」というメールが届くことだった。そういう日はバイトの時給はもちろん、賄い飯すら俺達に入って来ない。

 俺はそんな夜は、俺を最初にQ界隈に誘ったダット先パイのアパートに泊まらせて貰う。界隈のキッズ達、特に女子は、「先パイ」など、どこかに緊急のときの泊り場所を持っている。男子は「家」に帰る者も居る。帰れる「家」があるのならQ界隈のキッズ生活をしなければよさそうなものだが、どういう家庭の事情が「家」を仲間達との溜まり場にしていた。俺は「家」で親とどうやって生きているのか想像出来ない。

 女の子は帰る「家」がない。ちょっと以前ならSNSに「#家出 神待ち」と書けば、どこかの見知らぬ男が泊まらせてくれたが、今では泊まらせた男は「未成年者誘拐」の罪に問われる危険性もあり、なかなか難しくなっている。女の子の中には「パパ」を持っている者もいるが、雨の日に気を利かせて何か親切を施してくれる「パパ」は居ない。

 そんな女の子にとって、いい泊り先になっているのがP町に多くある、寺院だった。

 P町は江戸時代、処刑場があった。それゆえ寺院が沢山建っている。後継ぎがおらず、廃院となり、安宿や不法賃貸住宅に姿を変えた寺院もある。一方、経営がしっかりしている寺院もある。そういう寺院は雨の日は、行き場のない女の子を預かる。食事などは出ないが、時々、お菓子が振舞われるらしい。

 俺達の暮らす県では、子どもが事故や事件などで亡くなった現場に供えられるお菓子や飲み物は、道路の管理者を通じて寺院に寄贈されるらしい。その他、お寺にはお供えものの和菓子などが多い。県下の仏教団体がそのお供え物や和菓子を、貧しい家庭の子ども達に配布している。雨の日のお寺では家出少女達にも少しの菓子が与えられる。

「まるで修学旅行の夜みたいじゃん」

 と俺が言うと、女の子はきょとんとした表情になった。後で思えば、その女の子は家が貧しいので修学旅行にも行っていないのだろう。


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