第6話 Q界隈の生活~キッズの放課後~

 キッズの放課後は、夜10時過ぎの賄い飯から始まる。大皿に白飯が盛られ、その上に唐揚げや焼鳥やホルモン焼きが雑然と置かれている。バイト達の多くは貧しい家庭の出身で、例え毎日が同じ飯でもボリュームのある店の賄いはご馳走だった。希望すれば鶏出汁スープにネギの浮いたものも与えられた。野菜の類は食べられない。

 高校生はセクシー系居酒屋の嬢達も、裏方バイトの男の子も夜10時以降は職場に居場所はない。カラオケ屋やラブホにも入らせて貰えない。キッズはQ界隈だけでなく、他の街からもやって来る。キャバ嬢やホストは高校生には出来ないが、ウェイトレスやウェイター的な仕事をする、エスコートガールやエスコートボーイなら、合法的にギャバクラやホストクラブで働ける。もちろんガールズバーの嬢の仕事も。最近はメンズコンセプトカフェと呼ばれる、女性客がカウンター越しで男の給仕からサービスを受ける店で働く若者も増えた。とにかく水商売では若い者が好まれ、15歳なら中学生のガキがメンコンで働いている。そういう対人的な仕事が苦手な奴なら、隣のR街で5時から10時のライン工の仕事がある。今の仕事がイヤになれば「タイミー」のアプリで捜せばいい。

 バイトが終わってQ界隈で過ごす若者は、家に居場所のない者がほとんどだ。

 どういう理由で家出をしているのか、そんなことは週刊誌の記事やネットニュースを読めばすぐ分かることであろう。だから俺はいまさらそれを語ろうとは思わない。親からのバイト代の搾取や、暴行、性的な虐待。再婚に伴いちいさな子どもの守りを押し付けられた者も居るだろうし、俺のように完全に親からネグレクトされた者も居るだろう。

 この県の条例では、夜11時以降朝4時まで、18歳未満の者は街を歩くことを禁止している。Q界隈に居るキッズは全員が条例違反者になる。だがあまりにも多くのキッズが集まるので、警察も暴行や流血沙汰などの事件が起こらない限り、積極的に家出した若者を家に帰そうとはしない。もし一斉に補導をすれば、飲食店や工場の人手に困るだろう。

 見渡してみるとキッズの男女比は、女が7割ぐらいで男のキッズは若干少ない。それだけ家で聴くのもおぞましい性的虐待をうけた少女が多いのだろう。家での実父や継父、兄弟からの性的行為を受けた少女が、セクシー系居酒屋で露出の多いビキニを着て接客しているのが、俺にはその気持ちが理解できなかった。


 キッズ達は毎日違う仲間と遊ぶ。Q界隈の交差点や三叉路が俺達の遊び場だ。知らない者同士が車座になって酒を吞み、菓子を喰らい、おしゃべりをする。コンビニすら夜11時以降はキッズに物を売ってくれないので、バイト前に、放課後用にあらかじめ買って置く。Q界隈の隣のP町は物価が安く、特に酒類は自動販売機で買える。キッズ同士がしゃべる内容はバイト先の愚痴や学校への不満が中心で、家の話はしない。それが鉄則になっている。

 俺はQ界隈では「はじめ」と名乗った。特に「はじめ」の名には意味はない。「五百蔵」? そんな珍しい名前とはおさらばだ。Q界隈のキッズはお互い本名を名乗っていないように俺には思えた。

 俺は、Q界隈に来てからいろいろな遊びを知った。「山手線ゲーム」はキッズ達の遊びの王道だ。「山手線ゲーム」では本当は東京の山手線の駅名を言わなければならないが、ここは東京ではない。お題に出されるのは野菜や果物の名前だったり、都道府県の名前だったり、県内の高校の名前だったり、漫画やアニメのタイトルだったりいろいろある。

上手くお題を答えられなかった者は罰ゲームで、ちいさな缶チューハイの一気飲みをさせられたり、服を脱がなければならなかったりする。夏は着ている物が少ないのですぐに半裸状態になる。冬、これからの季節では脱ぐのは体調によくない。それでも面白い。本当に面白い。

 うぇいうぇいランドゲームも、楽しいゲームだ。アナログのすごろくゲームで、ドイツで開発されたらしい。20ml入りミニボトルのクライナーという酒が12本付いていて、その酒の小瓶を駒代わりにしてすごろくを行なう。サイコロは、専用のスマホアプリに表示されたサイコロをタップして回し、出た目の数だけマス目を進む。俺達は、使い終わったクライナーのミニボトルを大切に持ち、P町で買ったサイコロで同じうぇいうぇいランドゲームを繰り返しやった。ミニボトルには好みの酒やいろいろな色の炭酸飲料を詰めた。桃味のピンク、メロン風味の緑、グレープの紫などなどさまざまな色の飲み物が集まった。俺は酒には少し弱い体質らしく、ミニボトルの中身は炭酸飲料にしている。

 うぇいうぇいランドゲームを知ってから、俺達はサイコロとミニボトルを利用して新しいゲームを考えた。路上に白墨で変わった図形を書いて、そこに駒代わりのミニボトルを置いて、すごろくや石蹴りをやった。

 遊びは他にも沢山あった。飲み終えた500mlの空き缶を使ってボーリングのような遊びも楽しかった。その他、ペットボトルや空き箱は即興の玩具になる。コンビニのレジ袋も玩具の1つだ。1人が歌を歌う。その間、袋を畳んで結び、隣の者に袋を渡す。隣の者は袋の結び目を解き、そしてまた袋を畳んで結ぶ。歌がちょうど終わった頃に袋を持っていた者がまた歌を歌う。コンビニ袋をゆっくり解いて結ぶ者、次の人が解くのに困るほどキツく結ぶ者。歌う側もわざとゆっくりに、あるいは極端に速いスピードで歌う者。この遊びはカラオケよりも楽しい。

Q界隈は夜10時半で路線バスは最終を迎える。道路は俺達のものだ。車はときにラブホ行きのタクシーが通る程度だ。

 ダンスは「ズンバ」と呼ばれる、フィリピンで人気のダンスが流行していた。俺のようなフィリピンの血を引くキッズの1人がQ界隈の若者達の所へ持ち込んだらしい。車が来そうになれば道の隅に逃げる。これも慣れると結構面白いゲームになる。

 遊具も、誰かがどこかに隠し持っていたフラフープや自転車の車輪を工夫した「輪回し」というものもあり、俺達は路上でそれらを使って遊んだ。

 俺達は毎夜々々、なるべく違う遊び仲間を見つけた。特定の遊ぶグループはなかった。Q界隈のキッズは、常時だいたい100人ぐらい居ると、ネット記事で読んだことがある。友人になればライン交換をする。Q界隈では浅くて広い友人関係が好まれていた。家庭関係の話や悩み相談はNO! NO! NO! 楽しければいい。

 俺はつくづく思ったが、俺自身、こんなに遊んだのは、Q界隈での体験が初めてだ。小学校時代から、俺は放課後をバイトで過ごしたせいもある。だが他のキッズも、初めて大人の監視のない世界で自由に遊ぶ経験を、このQ界隈で知った。

 小学校時代は、2時間目と3時間目の間に20分程の休み時間があったが、自由に遊ばせて貰えるのは週2回だけ。週3回は、「業間体操」と称して、全員で決まった体操をさせられた。昼休みには掃除当番があった。放課後の遊びも、俺達の世代は友人宅でゲーム機で遊ぶ程度で、道路なんかで空き缶を蹴って遊んだ経験はない。キッズの中には「普通の家庭」で育った者も少数ながら居たが、そういう子は放課後を塾や習い事や部活で時間を過ごしていた。

 夜空の下、俺達は踊ったり歌ったり、いろいろなゲームをしたり、心ゆくまで楽しんだ。

遊びに疲れれば、Q界隈のお店の傍らに放置している段ボールを寝具代わりにして界隈のふちにある緑地で「昼寝」をした。少なくとも男子は野宿をしても、安全だった。

 時々、Q界隈で遊ぶためのルールみたいなものが、LINEで回って来る。酒等を呑みすぎて嘔吐したくなれば、エチケット袋を使うこと。空き缶・ペットボトル・ゴミ類は分別して専用の袋に捨て、ゴミステーションに持って行くこと。道路に白墨で落書きをしたなら、ペットボトルに水を汲んで、タワシも使って白墨の落書きを消すこと。それから路上でのSEXとそれに類似する行為の禁止、シンナーや大麻、脱法ドラッグの禁止など。俺達キッズは風邪薬を大量に一気飲みすることはあっても、法律に違反するようなクスリはやらない。

 誰が考えたルールか知らないが、俺達のほとんどはQ界隈で楽しく過ごすため、ルールを守った。そういう意味では俺達は「いい子」だと俺は自分を肯定した。実際、俺達は本当は「いい子」なのだと思う。

 もちろん時には女の子への行き過ぎたセクハラ騒ぎやグループ内での流血も伴いそうな喧嘩もあった。そういう時は、他のグループが沢山集まって、止めに入った。

 Q界隈には日系ブラジル人労働者の子ども達も集まっていたが、ブラジル人達は俺達と違うコミュニティを作っていた。俺達とブラジル人が喧嘩をすることはほぼない。

 ブラジル人には帰る家があるらしく夜の12時過ぎには帰宅する。あいつらには俺達にはない「家」がある。

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